第12話 「静かな午後と、小さな勉強会」
放課後の教室には、やわらかな夕陽が差し込み、
机のひとつひとつを淡い色に染めていた。
ランキング発表のざわつきはいつのまにか消え、
どこか緩んだ空気が、静かに漂っている。
「天城くん、よろしくね」
黒髪を耳にかけながら控えめに笑う三条美琴が、
そっと手元のノートを持って近づいてくる。
上品で落ち着いた雰囲気だが、話してみると柔らかい。
「やっと会えたって感じだね〜。同じクラスなのに話す機会なかったし」
反対側から明るい茶髪の有村怜奈がひょいっと机を寄せる。
距離感が近くて、蒼は少し面食らう。
「よ、よろしく。あんまりこういうの慣れてないけどさ」
スポーツバッグを足元に置きながら、真壁透も挨拶した。
体育会系の雰囲気があって、気さくな印象だ。
「蒼、こういうときに断らないのがえらいよな。
俺だったら絶対一人で帰ってたわ」
湊が笑いながら肩を叩いてくる。
その軽さに、蒼もつられて笑った。
「いや、ただ声かけてもらったから来ただけだよ」
「天城くん、そういうとこ素直でいいと思うけどね」
「むしろ可愛いっていうか」
「怜奈、それ本人の前で言うなよ……」
教室にちいさな笑いが広がる。
その空気に包まれながら、蒼の肩からは緊張がすっと抜けていった。
「よし、じゃあ始めよっか。今日勉強するんでしょ?」
怜奈が机を並べながら言う。
「うん。テスト前だからね。誰かの家だと絶対話して終わるし」
「湊の家だと特にね」
「え、俺だけのせい?」
湊の抗議に、また笑いが起こる。
「で、どの教科からやる?」
「私は数学……苦手すぎて死にそう」
「わかる。証明とか無理だよね」
「美琴は?」
「えっと……英語の長文。読むのは好きだけど、設問が全然解けなくて……」
「透は?」
「んー、俺は体育以外なら全部やばい」
「いやそれはもう諦めじゃない?」
「否定できねぇ……」
そんなやり取りをしながら、
自然と机の上に教科書やノートが広がっていく。
「天城くん、これ教えてもらってもいい?」
美琴がそっとノートを差し出す。
「いいよ。どこがわからない?」
「ここ……関係詞のところ。なんで that じゃダメなの?」
「ああ、それはね――」
蒼がペン先で文を示しながら説明すると、
「ずるーい! 美琴だけ教えてもらってる!」
怜奈が机から身を乗り出す。
「いや、美琴が聞いてきただけだろ……」
「じゃあ私にもあとでお願い!」
「わかったよ……」
「天城、意外と教え方うまいな」
透が頷きながら問題を解いている。
「蒼、先生向いてるかも」
湊までそんなことを言うので、蒼は思わず苦笑した。
気づけば窓の外はオレンジ色に染まり、
教室はしんと静まり返って、
ページをめくる音やペンの走る音だけが響いていた。
蒼はふと、その穏やかさに気づく。
――あ、こういう時間、すごく久しぶりだ。
最近は、序列だのノードの変動だの、
妙に神経をすり減らす出来事ばかりで、
“普通の放課後”を味わった記憶がほとんどない。
ただ同級生と机を囲んで、
明日のために勉強する。
そんな当たり前みたいな時間が、心に沁みていく。
「……あ、もうこんな時間」
怜奈が時計を見て声を上げる。
「集中してたね、私たち」
美琴がそっと髪を直した。
「テスト前だし、いい感じじゃない?」
湊が伸びをしながら微笑む。
「俺、久しぶりにこんなに勉強した……」
透が頭をかいた。
そして――蒼も、小さく息を吐く。
「……なんか、よかったな。今日」
そのつぶやきは小さかったが、
透が「だよな」と笑って頷いた。
「じゃあ、明日もがんばろ」
怜奈が手を振り、
「うん。またね」
美琴が柔らかく微笑む。
夕焼けの残る廊下を歩きながら、
蒼は胸の奥が少し軽くなったのを感じていた。
――こういう日が、もう少し増えたらいいな。
ゆっくりと、そんなことを思いながら教室を後にした。




