第11話 「初の退学者」
――あの日から数日後。
アカデミア・ルミアの朝は、いつになくざわついていた。
廊下を歩く生徒たちの声は小さく、緊張が空気に混ざっている。
原因は分かりきっていた。
第3回・序列ランキング発表。
クラス再編の前に公開される最後のランキング。
次のテスト後には本格的な組み替えが行われるため、これが実質的に“現時点の位置”を示す重要な指標となる。
蒼はカフェテリアの隅で、タブレットにログインした。
画面に青白いウィンドウが広がり、ランキングが表示される。
天城蒼 順位:92位(前回:100位)
Rank Node:740
「……92位、か」
驚くほど大きな変動ではない。
εクラスの中では真ん中あたり――特別目立つほどの上昇ではない。
ただ、胸の奥に重たい感覚が残った。
(それでも……なぜだろう。何かが噛み合ってない)
日々の生活でNodeは上下する。
怒られれば減るし、課題をこなせば上がる。
数値が揺らぐのは自然だ。
けれど、今回のランキングには“自然”とは言い難いものが混ざっていた。
――空白。
98位、99位、100位。
その3人の枠がぽっかりと抜けている。
名前だけでなく、記録そのものが消えていた。
その異様な表示に蒼が眉を寄せたとき、後ろから声がした。
「お、蒼。見たか? ランキング」
湊だった。
蒼の肩越しに画面を覗き込み、すぐに顔を引きつらせる。
「……おい。なんで空白あんの?」
蒼は息を飲みながら答えた。
「……退学、だと思う」
「っ……マジかよ……」
湊は信じられないといった目で順位表を見つめた。
いつもの能天気な表情は、微塵もない。
「つーか、退学って……Nodeが0になったってことだよな?
こんなの初めてじゃね?」
「……うん。今回が初めてだと思う」
湊は黙って天井を見上げた。
深呼吸をしているのがわかる。
「……なんかさ、普通に怖ぇよ。
昨日までいた奴がいなくなって、記録まで消えて……そんなの、ある?」
湊の声は震えていた。
そこには“裏を知っている疑い”などまったくない。
湊はただ、目の前の現実が理解できず、不安を吐き出すことしかできなかった。
蒼は思い返す。
――そういえば。
クラスに、一週間ほど前から来なくなった生徒がいた。
体調不良かと思っていたが……もしかすると。
「……二人、うちのクラスの生徒だ」
「は……? マジで……?」
湊の顔色が、ほんの少し青くなった。
「じゃ、じゃあ……本当にNodeが0になったってことじゃん……
気づかなかった……っつーか、急すぎね……?」
明らかに困惑している。
しかし“疑ってはいけない何かに気づいた”わけではない。
純粋に、ただ怖いだけなのだ。
「……俺らも、ちゃんとやらねぇとな。
Node減ったら……普通にやばいだろ、これ」
湊は無理に笑った。
その笑顔は弱く、張りついたようで、まったく明るさを感じなかった。
蒼は、ゆっくりと画面を閉じた。
――この学園の序列は、公正だと教えられてきた。
努力すれば上がり、怠れば落ちる。
誰もがそれを疑いなく受け入れている。
けれど。
消えた名。
空白になった枠。
ざわつく胸の奥。
日常の皮の下で、何かが確実に蠢いている。
「……湊。今日の予習、早めにやっとこう」
「お、おう。そうだな……」
湊の返事は力なく、それでも前へ進もうとする意志だけはあった。
蒼は歩き出しながら、タブレットを握りしめた。
Rank Node【740】。
一瞬、画面にざらつくノイズが走る。
――この“揺らぎ”は、まだ序章に過ぎない。
そのことを理解できるのは、蒼だけだった。




