最終話 やっと、見つけた
あの日から、それぞれの時間が動き始めた。
◇
ルナ――橘 月は、美香を迎えに行った。
目を覚ました美香は、以前よりもずっと大人びた表情をしており、
家族はその変化に思わず息をのんだという。
反抗期まっただ中で、いつも両親とぶつかっていた少女が、
その日には、まっすぐに感謝の言葉を伝えたのだ。
まるで――長い時間をどこかで生き、経験を積んできたかのように。
そして、ルナが病室に姿を見せたとき――
「もう会えないかもって、思ってた。」
と、涙をあふれさせたという。
涙がおさまる頃には、
ミカの周りには少しずつ穏やかな日常が戻っていった。
季節がひとつ巡る間に、ミカは高校を卒業し、この街へ移り住んだ。
今ではルナのアパートで、笑い声の絶えない毎日を送っている。
◇
リオン――久遠莉温。
彼はサオリ……こちらの世界では「華」を迎えに行った。
十数年ぶりに目を覚ました華は、
泣きながらすがりつく家族を前に、
ただしばらくの間、ぼんやりと天井を見つめていたという。
やがて、現実が少しずつ輪郭を取り戻していくように、
華はゆっくりと視線を家族へ向け、静かに口を開いた。
「そうか。私は……夢を見ていたのか。――長い夢だった。
父さん、母さん、あなたたちのことは、おぼろげだが覚えている。
長い間、心配をかけたようだ。すまなかった。」
その口から出たのは、
六歳の少女ではあり得ない、落ち着いた大人の言葉。
家族は戸惑うしかなかった。
もっとも――現実世界の知識は、当然ながらほとんどゼロである。
「ちょっと!病室で素振りをしては、いけません!!」
看護師さんにしょっちゅう叱られたという。
◇
家族をさらに戸惑わせたのは、リオンが病室を訪れた時だった。
リオンが病室に姿を現した瞬間、
華の顔がぱっと花開くように明るくなる。
ふたりは、初対面のはずなのに――
自然と手を取り合い、冗談を交わし、
ずっと昔から知っていたかのように寄り添った。
その光景は、まるで“記憶の残り香”が導き合わせたようだった。
家族は混乱したが、やがて理解した。
このふたりは、どこか別の場所で、
確かに心を通わせていたのだと。
そして今――
こちらの世界で改めて結婚式を挙げ、
ふたりは静かに寄り添うように幸せを育んでいる。
◇
そして――
キララは、相変わらず朝倉麻衣子先生のところへ“棲みこんで”いる。
「今は居候だけど、就職したらルームシェアするの。
だって家賃もったいないし!」
そう言うキララに朝倉先生は肩をすくめ、
「それまでに私、結婚して出ていくかもよ?」
「えっ!? 麻衣子さん、彼氏できたの!?」
「ふふっ、秘密。」
ふたりの軽妙な掛け合いを見ていると、
ギルドでのレイナさんとミカのやり取りを思い出し、
胸の奥に懐かしさが灯る。
そして――葵くん。
彼は相変わらず、キララのそばにいてくれていた。
研究でも生活でも、さりげなく支えてくれる、とても誠実な青年だ。
「末永く面倒を見てもらいたいものだな。」
と俺が言うと、キララはすぐに口をとがらせた。
「もう! 大人ってすぐそういうこと言うんだから!」
そう言いつつ、まんざらでもなさそうに笑う。
ふたりの距離は、俺たちの長い眠りの時間にも似て、
ゆっくりと――けれど確実に近づいていっている。
◇
そして俺たち4人――
山中真翔、
神谷獅子、
久遠莉温、
橘月。
自然な流れで一つの答えに行き着いた。
「……なぁ、俺たち、こっちでも同じパーティでよくないか?」
「だな。結局それが一番強い気がするわ」
話し合うまでもなく、全員の意見が揃った。
そして、俺たちは4人で起業した。
事業内容は、
脳科学や意識研究の分野で必要とされるシステム開発――
まさに、俺たちと深く関わった世界そのものだ。
エンジニア:俺とルナ。
営業:レオ。
経営・財務:リオン。
まるであの世界の役割をそのまま持ち込んだような布陣だ。
会社の名前は、
英雄アレクスの精神と理念を現実世界でも受け継ぎたい――
そんな思いを込めて、
「アレクス・メディカル・アナリティクス株式会社
(ALEX MEDICAL ANALYTICS)」
と名づけることにした。
朝倉先生は、複数の研究室を紹介してくれ、
立ち上げ時は文字通り命綱のような存在だった。
「君たちなら絶対にうまくいくわよ」
その言葉に、どれほど支えられたか分からない。
◇
そして、1年が過ぎた。
起業は激務だったが、
ブラック企業のSE時代とは比べものにならないほど楽しかった。
あの世界のように、
仲間と一緒に“クエスト”を一つずつクリアしていく日々。
しかし――ふとした瞬間、
あの世界で見たハルカの笑顔を思い出すことがあった。
俺は仕事の合間を縫っては全国の病院を飛び回り、
ハルカの手がかりを探し続けた。
だが――見つからなかった。
(……どこにいるんだ、ハルカ)
胸がきゅっと締めつけられる。
◇
そんなある日のことだった。
小さな俺たちの事務所の呼び鈴が鳴った。
「はいはーい」
俺は椅子から立ち上がり、
普段通りに玄関へ向かった。
ドアノブを回し、扉を開ける。
――その瞬間。
時間が止まった。
そこに立っていたのは、
忘れるはずもない、あの微笑み。
「……」
声が出ない。
夢でも見ているのか。
彼女は、俺をまっすぐ見つめて言った。
「やっと……見つけた」
その言葉は、
どんな呪文よりも強く、
胸に響いた。
目の前の彼女は、
あの世界で見た姿より少し背が伸び、
少し大人びて、
けれど、まっすぐな瞳だけは何も変わらなかった。
呼吸を整える余裕なんてなかった。
「……ハルカ……?」
自分の声が、驚くほどかすれていた。
ハルカは小さく笑い、
その笑みは、あの世界で見せてくれた表情と同じだった。
「うん。私だよ」
その瞬間だった。
ハルカは一歩、ゆっくりと近づいてきて――
俺の胸に、そっと額を預けた。
その動作があまりに自然で、
体温が触れた瞬間、
俺の中で張りつめていた何かが一気に崩れた。
「……どこに、いたんだよ……」
気づけば、両腕が彼女の肩を抱き寄せていた。
強く、でも壊してしまわないように、慎重に。
ハルカは小さく震えていた。
怒っているのでも、悲しんでいるのでもなく――
“たどりついた安堵”そのものの震えだった。
俺の胸に額を預けたまま、ハルカはゆっくりと言葉を紡いだ。
「……わたし、カナダにいたの」
「カナダ……?」
思わず聞き返す。
ハルカは小さく頷いた。
「うん。そこで倒れて、そのまま……ずっと眠ってたの」
胸が締めつけられる。
「日本で開発された《オーロラパルス》……」
ハルカは少し震える声で続けた。
「海外にもすぐ伝わって……カナダにも届いたの。
それで、目を覚ますことができたの」
俺は息を飲んだ。
――届いていたんだ。
俺たちの作った光が、海の向こうの彼女にも。
「でも、目覚めても……すぐに日本に帰ってくることはできなくて。
手続きとか、治療とか……いっぱい時間がかかったの」
「……そうだったのか」
「うん。それで……帰国してから、あなたを探したの。
どこにいるのかも分からなくて……
でも、ある日ね、ネットであなたたちの会社のことを知って」
そこで、ふっと柔らかい笑みを浮かべる。
「“アレクス”って名前を見た瞬間、分かったの。
――あ、これはきっと、あなたたちだって。」
その笑顔は、あの世界で見た笑顔と
少しも変わっていなかった。
胸の奥が、ゆっくり温かくなる。
あの日々が、この瞬間につながっていたのだと分かって。
そんな二人を――
レオが、
リオンが、
ルナが、
後ろから、そっと見守っていた。
まるで、長い旅路の終わりを静かに祝福するように。




