第4章 眠れる兄2
兄さんが倒れてから、1週間が経過した。
兄さんは依然として意識不明ではあるものの、病状は安定しており、ICUから一般病棟に移った。
静かに横たわる兄さんの姿を見ると、酸素マスクや点滴、モニターの波は残っているが、ICUほどの緊迫感はない。
声を出して呼びかけたいが、喉が詰まって言葉にならない。
病院での生活は、想像以上に現実的で、厳しかった。
意識不明の患者を家族が見守る場合、やらなければならないことは多い。
病棟での面会時間を調整し、医師や看護師から説明を受ける。
入院費や治療費の支払い、保険手続き、必要な書類の提出……。
兄さんの容態や治療方針については、家族が情報の窓口となる。
時には、細かい説明を受け、判断を迫られる場面もある。
どんな薬を使うのか、検査や処置の予定、今後の予後――。
自分の知識の無さが、苛立ちと不安を増幅させる。
経済面も大きな負担だった。
長期入院で医療費は膨らむ。
私のバイト代だけでは到底足りず、兄さんの給与や貯金を含めてやりくりする必要がある。
生活費の確保、病院までの交通費、必要な衣類や日用品……。
さらに、家族とは絶縁状態にあるため、兄さんの世話を頼ることもできない。
兄さんの身近にいるのは、私だけだった。
だからこそ、孤独は深く、心の重さも増していく。
幸い、兄さんには、会社から一定の保障や支援が行われるとのことであった。
労災認定や休業補償、健康保険による傷病手当金などで、給与の一部が補填される。
ただ、実際の手続きや条件は複雑で、会社の人事や総務と連絡を取りながら進めなければならない。
兄さんの場合も、上司や同僚が手続きを進めてくれていたが、細かい調整は私の役割になっていた。
それでも、現実の厳しさを痛感しながら、私は兄さんのそばにいるしかなかった。
呼吸のリズムを確かめ、心拍の波を見つめながら、ただ無事を願う。
ふと、胸の奥に重く沈む感情が湧き上がった。
孤独、恐怖、無力感――。
もし、私がここで倒れたら、兄さんはどうなるのか。
もし、治療がうまくいかなかったら、私はどうやって生きていくのか。
それでも、絶望だけではない。
少しの希望が心を支えていた。
目を閉じ、兄さんの手の温もりを想像する。
その微かなぬくもりが、私の心をなんとか落ち着かせる。
「どうか、目を覚まして……」
小さく、心の中で何度もつぶやいた。
胸の奥で、不安と希望が絡み合い、まるで生き物のように蠢く。
現実は冷たく重いが、それでも私は、希望の灯を手放さない。




