第38章 SE、英雄を探す。
レイナが英雄アレクスを迎えに行く――
その話は、瞬く間に街中へと広がった。
旅立ちの朝。
ギルドの冒険者たち、スタッフ、そして街の人々。
広場には、多くの見送りの人々が集まっていた。
レイナさんを港町オルビアまで送り届けるのは、
俺──レンジャーのマイト。
戦士レオ、魔法使いルナ。
そして、見習い僧侶のマルコ。
マルコは初陣のときとは見違えるほど成長していた。
今ではもう、リオンの代わりとして十分に戦えると言っていい。
俺たちの待つ馬車のもとに、レイナさんが現れた。
冒険者用の装備を身にまとい、手には一本の杖を携えている。
見慣れた受付嬢の制服姿ではなく、
まるで――物語の主人公のようだった。
街の人々が声をあげる。
「俺たちのレイナさんを、頼んだぞ!」
「寄り道すんなよー!」
「お土産、忘れんなー!」
「レイナさん、こっち向いてー!」
笑いと声援が入り混じる中、
レイナさんは少し照れくさそうに手を振った。
ミカも駆け寄り、まっすぐな声で言う。
「レイナさん、仕事のことは任せてください!」
「ルナさん、みんな、行ってらっしゃい! 気をつけて!」
その表情は明るく、頼もしかった。
ギルドの仲間として、レイナさんの旅立ちを誇らしげに見送っていた。
人々の声援に送られながら、
俺たちの馬車は、ゆっくりと街をあとにした。
馬車は街道を進む。
手綱を握るのはレオ。
真夏の空は青く、風は涼しく、遠くで鳥の声が響く。
向かいに座るレイナさんが、柔らかく微笑んだ。
その姿だけで、なぜか心が落ち着く。
「魔法の修行をしていたって、本当だったんですね。」
俺がそう尋ねると、レイナさんは苦笑した。
「ええ。けっこう頑張ったのよ。
でも、結局覚えられたのはひとつだけ。しかも、一日一回しか使えないの。」
「魔法使いは、向き不向きがはっきりしてるからな。」
隣でルナが嘯く。
俺は、そんな二人の会話を聞きながら、
“人には得手不得手があるものだな”と、しみじみ思った。
それにしても――レイナさん。
地味な冒険者装備を着ているのに、
どうしてこうも、存在そのものが輝いて見えるんだろう。
馬車の中には、ほんのりと優しい香りが漂っていた。
なんだろう。とても――楽しい。
こちらの世界に来てから、こんなに穏やかで心が満たされる旅は、はじめてかもしれない。
レイナさんの隣では、マルコが彼女に見とれていた。
「……女神様?」
レイナさん、年頃の男の子には、刺激が強すぎるようです。
昼には、街道沿いの草原に腰を下ろし、
レイナさん手作りのお弁当をみんなで囲んだ。
「いっぱい食べてね。」
レイナさんが微笑む。
手のひらの温もりがそのまま伝わるような、優しい味だった。
……おいしい。
それに、なんだか、胸の奥まであたたかくなる。
なんだろう。とても――楽しい。
俺たちは、レイナさんのことを考え、
安全性と快適性のバランスの取れた街道ルートを進んでいた。
旅の工程も終盤に差し掛かったころ。
このあたりは、崖と森に囲まれた小道で、ルートの中では比較的危険とされる区間だ。
そこで俺たちは、休まず夜を徹して駆け抜けることにした。
満月が、白く馬車を照らす。
――刹那。
馬の面前に、数本の矢が突き刺さった。
馬がいななき、立ち上がる。
レオが手綱を必死に引き、なんとか馬をなだめる。
闇の中に、十人ほどの人影。
山賊だ。
「命がほしければ、荷物を全部置いて立ち去れ。
着てるものも全部だ!」
真ん中の男が、下卑た笑いを浮かべながら叫んだ。
俺は素早く弓を手に取り、馬車から飛び降りる。
レオも前に出て構え、剣を抜いた。
月光の下、山賊たちがじりじりと距離を詰めてくる。
口元には不敵な笑み。獲物を見定めるような目。
だが――
俺たちは、今やギルドでも名の知れた冒険者パーティ。
山賊ごときに後れを取るつもりはない。
「レイナさんは馬車から出ないで! ルナとマルコはレイナさんの護衛を!」
俺が叫んだその瞬間――
「うちのパーティは強いわよ?」
落ち着いた声。
気がつくと、レイナさんが馬車の御者台に立っていた。
その両脇には、杖を構えたルナとマルコの姿。
「あなたたち、今なら見逃してあげる。
とっとと立ち去りなさい!」
満月が彼女の横顔を照らした。
風に髪がなびき、白い杖が光を反射する。
――絵になる、なんてもんじゃない。
あの光景は、もはや“カリスマ”だった。
まるで、歴戦のリーダーのような風格。
一瞬、山賊たちがたじろぐ。
だが、すぐに下卑た笑いが広がった。
「へっ、いい女じゃねえか……! 生け捕りにしろ!」
雄叫びとともに、山賊たちが一斉に襲いかかってくる。
レオが前に出て剣を振るい、俺は矢を番える。
飛び出した矢が、先頭の山賊の肩を正確に射抜いた。
レオの剣閃が月光を弾き、血しぶきが夜気に散る。
ルナが杖を掲げ、小さな光弾を放った。
その隙に、マルコはしっかりとレイナさんの前に立ち、
防御呪文を高らかに唱える。
レイナさんが一瞬、誇らしげに彼を見つめた。
やがて、地面には呻き声を上げる山賊が数人、
他はすでに動かなくなっていた。
「……終わり、か。」
俺が息を吐いた瞬間、レオが剣を下ろす。
「たわいもない。」
その言葉に、夜の静けさが戻る――が。
その時――
崖の上で、無数の影が動いた。
月明かりに照らされ、弓を構える数十の山賊たち。
しまった……!
前に出た奴らはおとりだったのか。
「残念だったな!」
崖上の男が叫ぶ。
「女は生け捕り、男は皆殺しだ!」
――万事休す。
その刹那、レイナさんが杖を掲げた。
その声は、月下に響く。
「極大爆裂魔法!!!」
次の瞬間、
崖の上で、轟音と閃光が爆ぜた。
空が白く光り、爆風が山を揺らす。
山賊たちは、崖ごと吹き飛ばされた。
俺「……え?」
レオ「……え?」
ルナ「……え?」
呆然と見上げる俺たちの前で、
レイナさんは、杖を下ろし、ふっと微笑んだ。
その直後、崖の残骸で再び火薬が引火したのか、
炎が天へと昇る。
その光を背に、微笑むレイナさん。
――その瞬間、俺は思った。
彼女こそ、
本物の英雄なのかもしれない、と。




