第36章 受付嬢の願い
夏の陽射しが、窓の外でじりじりと石畳を焼いていた。
昼を過ぎても空気は重く、汗ばむほどの熱気が街を包んでいる。
そんな午後、
ギルドの受付で帳簿を確認していた俺のもとに、ミカが駆け寄ってきた。
いつもの軽い調子ではなく、少しだけ真剣な顔だ。
「ねえマイト、ちょっといい?
レイナさんが、人探しの相談したいんだって」
「レイナさんが?人探し?」
「ううん、仕事っていうより……個人的なお願いみたい。
でもね、あたし思ったの。
マイトなら、見つけられるかもしれないって」
ミカはそう言って、いつものようにニッと笑った。
その笑顔の奥に、少しだけ期待の色が見えた。
――レイナさん直々の依頼、か。
ギルドの誰もが一目置く女性。
その人から頼られるなんて、正直ちょっと、悪い気はしない。
胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなった。
翌日。
俺たちは改めてギルドを訪れ、レイナさんの案内で応接室へ通された。
そこには、
いつもの快活な受付嬢の姿ではなく、
どこか寂しげな女性の横顔があった。
「ミカがね。
マイトなら、私の探している人を見つけられるかもしれないって言うの」
俺が頷くと、
ミカが「うん、だってマイトの《リンク》、すごいじゃん」
と胸を張った。
レイナさんは小さく息をつき、語り始めた。
「私には、この街に、アレクスという幼馴染がいるの。
小さいころから、いつも一緒だった。
私が男の子に混ざって木剣を振っていたころもね」
ミカがじっと聞いている。
その表情には、どこか切なさが滲んでいた。
「子どものころ、
アレクスと“いつか一緒に冒険者になろう”って話していたの。
私は本気だった。
魔法の修行までしたのよ。
でも才能がなくて……。
そんな時、アレクスに言われたの。
『お前を危険な冒険者にはさせない』って」
レイナさんの声が少しだけ震えた。
「それで私は、冒険者を支える側になったの。
ギルドのスタッフとして。
彼のそばにいたくて、それしか思いつかなかった。」
レオが腕を組みながらうなずいた。
「……英雄アレクスか。冒険者なら、知らないやつはいない名前だ。」
レイナさんが続ける。
「そう、アレクスは、冒険者になった。
そして、多くの街や人々を救い、
いつしか、『英雄アレクス』と呼ばれるようになったの。」
「でもね、
私はアレクスに英雄になってほしかったわけじゃないの」
レイナさんが視線を落とす。
「ただ、そばにいてほしかった。
でも彼は、使命感に駆られて、いつも遠くへ行ってしまったの。」
沈黙。蝉の声が、窓の外から聞こえる。
レイナさんは、まるで昔を懐かしむように微笑んだ。
「でも、三年前、彼が街に戻ってきたとき、こう言ったの。
『これが最後の冒険になる。
この冒険が終わったらこの街に骨を埋める。
そして……レイナ、一緒になろう』
って。」
ルナが小さく息をのむ。
「……それ、プロポーズじゃないですか。」
レイナさんは、かすかに微笑んだ。
その笑みには、懐かしさと痛みが同居していた。
「ええ。あのときは、本当に嬉しかったの。
夢みたいだった。
ずっと胸の奥で願っていたことが、ようやく届いた気がして……。
彼の背中を見送ったあの日、私は本気で信じていたの。
“今度こそ帰ってくる”って。
だから、
それからの毎日、冒険者たちが街へ戻るたびに、
扉の向こうから彼の声が聞こえる気がして……。
気がつけば、季節がひとつ、またひとつ過ぎていったの。」
指先が膝の上で小さく震えていた。
その横顔には、笑みとも涙ともつかない表情が浮かんでいる。
喜びの記憶と、その後に訪れた静かな喪失――
その両方が、今も彼女の中で混ざり合っているのが分かった。
「……それでも、いつか、きっと帰ってくるって。
そう思って、今までここにいるの。」
――なるほどな。
今まで、どれほど多くの男たちが言い寄っても、
レイナさんが振り向かなかった理由がようやく分かった。
彼女はずっと、
たったひとりの男を想い続けていたのだ。
それを知った瞬間、
胸の奥がじんわりと熱くなった。
そのとき、
隣にいたミカが小さく息を吸って、そっと口を開いた。
「それでね、あたし、レイナさんの話を聞いてて思ったの。
マイトなら、《リンク》を使えば、
何か手がかりが見つかるかもしれないって。」
レイナさんが小さくうなずく。
「そうなの。ミカに背中を押されて、こうしてお願いしているの。」
あのレイナさんが、俺を頼ってくれている。
「わかりました。考えてみます。」
気が付けば、俺は、大きな声で、そう答えていた。
さて
――とはいうものの、
どうやって英雄アレクスの居場所を見つけるか。
《リンク》を使うにしても、対象となる情報が少なすぎる。
与えられたデータと手持ちのツールを組み合わせ、最適解を導く。
まさに、SEとしての腕の見せどころだ。
「アレクスさんって、どんな人だったんですか?
見た目とか、雰囲気とか。」
レイナさんは少し考え込むようにしてから、静かに答えた。
「背はとても高いわ。
レオよりも、もうひとまわり大きいくらい。
それに、よく日に焼けているの。剣を握る手も逞しくて……」
彼女の目が、遠い記憶をなぞるように細められた。
そのとき――ふと、俺の脳裏にある光景がよぎった。
どこかで、似たような話を聞いたことがある。
少し記憶をたどり、思い至る。
そうだ。ジョーの森で、ジョーに出会った時だ。
ジョーの言葉が甦る。
「一年くらい前だったな。
若い戦士みたいな男が、ひとりで森に現れた。
やけにでかくて、肌が真っ黒に焼けてた。
方向感覚はあやしかったが、妙に落ち着いててな。
この“世界”を調べてるって言って、
すぐにどこかへ行っちまったよ。」
そのときの“若い戦士”――
特徴が、レイナさんの語ったアレクスに似ていた。
もし、あの人物がアレクスだとしたら。
彼は、この世界のどこかでまだ生きている。
だが、ジョーが言っていた「一年ほど前」という時期を考えると、
――何かの理由で、そこで“時を止めた”のかもしれない。
「……おそらく、アレクスはどこかで眠っている。」




