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SE転職。~妹よ。兄さん、しばらく、出張先(異世界)から帰れそうにない~  作者: しばたろう


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第27章 模試の帰り道

秋の模試の帰り道、

私は葵くんと、駅前のスタバでお茶を飲んでいた。


葵くんとは、模試の会場で偶然再会した――

いや、正確に言えば、私もけっこう探していたし、

どうやら葵くんも、同じだったらしい。


試験の手応えや、志望校の話。

勉強の進み具合、苦手科目の愚痴。

そんな他愛もない話をしながら、

カップの湯気越しに、秋の夕暮れが滲んでいた。


やがて、話の流れで、

私は兄のことを話した。


倒れた日のこと。

そのあと、どんな治療を受けてきたか。

そして、いまも意識が戻らないままであること。


葵くんは、途中で言葉を挟まず、

ただ静かにうなずいて聞いてくれた。

カップの中のラテが、少し冷めていく音まで聞こえるような、

そんな静けさだった。


「兄の見ている夢の内容が分かればいいんだけどね。」


ふと、そんな言葉がこぼれた。

葵くんはカップを持つ手を止めて、少し考えるような表情をした。


「……それ、実は、最近けっこう本気で研究されてるんだよ。」


「え?」


「“夢の可視化”って聞いたことある?」


「ううん。」


葵くんは少し身を乗り出して、

穏やかながら熱を帯びた声で話し始めた。


「脳が夢を見てるときの活動って、

 実はけっこう“再現性”があるんだ。


 fMRIっていう脳の活動を画像化する装置で、

 人が起きているときに

 “リンゴ”とか“人の顔”みたいな映像を見せて、

 そのときの脳の反応パターンをAIに学習させる。


 で、あとで睡眠中の脳活動を読み取って、


 “このパターンはあの映像に似てる”

 って推定することで、

 夢の中で見ているイメージを再構築するんだ。」


「……そんなこと、もうできるの?」


「完全じゃないけど、かなり進んでるよ。

 京都の研究チームが、

 実際にそれで“夢の映像”を再現しててさ。

 精度はまだ六割くらいだけど、

 色とか形、輪郭の特徴はけっこう一致してるらしい。

 要は、“脳の中で見えてる世界”をAIが読み取るわけ。」


私は、息を呑んだ。


「つまり……頭の中の“夢の映像”を、外に取り出せるってこと?」


「そう。

 脳が発してる電気信号や血流パターンを、

 “言葉”や“画像”に翻訳する感じ。


 神経活動っていうのは、

 いわば“内側の映画のフィルム”みたいなものなんだ。


 AIは、

 それを一コマずつ“外側から再生する”技術を学んでる。」


葵くんの目は、まっすぐに光っていた。

その語り口に、単なる理屈以上の“情熱”が宿っていた。


「もちろん、まだ完全じゃない。

 夢って論理よりも感情とか記憶の断片が混ざってるから、

 AIにとってはノイズの塊みたいなものでね。

 でも――」


葵くんは、少し間を置いて続けた。


「意識が戻らない人の“夢の中”を可視化できたら、

 そこに“生きている証拠”を見つけられるかもしれない。

 たとえば、誰かと話してる映像とか、

 光を追っている瞳の動きとか。」


私は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


「……兄さんの夢も、そんなふうに見られたらいいのに。」


外の風が、カフェのガラスをかすかに揺らした。

秋の光が淡く差し込み、

葵くんの横顔を、静かに照らしていた。


夜。

リビングの明かりは柔らかく、机の上の湯気がゆらいでいた。

私はテスト用紙の束をカバンに押し込みながら、

麻衣子さんの向かいに座った。


「模試、どうだった?」


「うーん……英語、数学はまあまあ。物理化学は壊滅。」


麻衣子さんは、少し顎に手を当てて考えるように頷いた。

「ふむ、理科が厳しいか。

 ……でもね、現役生は理科が一番伸びしろがあるのよ。」


「え?」


「理科って、

 “積み重ね型”じゃなくて、“仕組み理解型”の科目なの。

 一度、筋道が通ると一気に点数が伸びる。

 逆に浪人生は、そこで頭打ちになりやすいの。

 現役生はまだ柔軟だから、今からでも十分間に合うわ。」


「……そうなの?」


「そうよ。英数で基礎体力をつけて、

 秋から冬にかけて理科で一気に追い上げる

 ――これが王道パターン。

 医学部受験なら、なおさら理科で差がつくからね。」


麻衣子さんは、にこっと笑って続けた。

「焦らず、でも攻めの姿勢でいきなさい。」


私はその笑顔に、胸の奥が少し温かくなった。

ああ、この人、

やっぱり本気で“支えてくれてる”んだなって思った。


「……帰りにね、友達とカフェ寄ったんだ。」


「……男?」


即答。

もはや反射レベル。

この人の嗅覚、恐るべし。


「ち、違うって。……まぁ、同じ受験生の男の子だけど。」


麻衣子さんは、にやりと笑う。

「やっぱりね。」


私は観念して、葵くんのことを話した。

同じ医学部志望で、理系の話が好きで、

今日カフェで“夢の可視化”の研究を教えてくれたこと――。


麻衣子さんは、少し目を見開き、

「その子、よく勉強してるわね。」と感心したように言った。


「脳の活動をAIで再構築するって、最近の神経工学の分野でしょう。

 確か、ATRとか京大でも進んでるはずよ。

 睡眠時の脳血流パターンを、

 覚醒時の視覚刺激と照らし合わせて――」


さらりと専門的な補足を入れてくるあたり、

さすが現役の医師だ。

知識の正確さも、話の切れ味も、やっぱりすごい。


そして少しだけ笑って、

「その葵くん、

 将来、あなたのお兄さんの回復の手がかりを見つける仲間に

 なるかもしれないわね。」


その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。

麻衣子さんの言葉には、いつも“根拠のある希望”がある。

だから、信じたくなる。


「……うん。私もそう思う。」


しばらく沈黙が流れたあと、麻衣子さんが湯飲みを置いて、

にっこり笑った。


「で、その葵くん。今度うちに連れてきなさいよ。」


「……はい?」


前言撤回。

やっぱりこの人、噂話と恋バナには目がない。


私はため息をつきながら、

それでも、どこか安心して笑っていた。

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