第2章 眠れる兄
兄さんが倒れた。
会社で作業中に突然意識を失い、救急搬送されたと聞いたのは、昨日の夜のことだった。
電話の向こうで上司らしき男性が言った言葉は、耳の奥で何度も反響していた。
「原因は、くも膜下出血……。とにかく、今は集中治療室にいます」
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
兄さんが倒れるなんて、そんなこと、あるわけがない。
いつだって無理して、いつだって笑っていたのに。
私は、高校2年生。
兄さんのアパートで、二人暮らしをしている。
親のことは……もう、思い出したくもない。
兄さんが高校を卒業して就職したとき、私をあの家から連れ出してくれた。
「一緒に来い」って。
だから、兄さんは私の全てだ。
近頃の兄は、ずっと仕事が大変そうだった。
会社でトラブルが続いているらしく、毎日、終電で帰ってきては、
早朝にトラブル対応の電話で叩き起こされ、また出かけていった。
顔色も悪く、食事もろくにとらない日が続いていた。
兄の会社は小さな下請け企業で、今のプロジェクトでは三次受け。
業界では「孫請け」っていうらしい。
責任だけが重く、給料は決して高くない。
それでも兄は「大丈夫だよ」と笑っていた。
私もバイトをしながら、兄と二人で、なんとか生活をつないでいた。
大学病院のICU。
ガラス越しに見る兄さんは、まるで別人みたいだった。
酸素マスク、モニターの線、点滴の針。
白いシーツの上に静かに横たわっている。
「……兄さん」
手を握りたくても、ガラスの向こうで触れられない。
看護師さんが「面会は5分だけです」と優しく告げる。
モニターの電子音だけが、静かに部屋に響いていた。




