第16章 SE、LINEを交換する。
俺たちは、街に戻る馬車に揺られていた。
外はようやく夜が明け、東の空がかすかに朱色に染まり始めている。
すっかり落ち着きを取り戻したミカは、リラックスした様子で腰掛に座っていた。
その両隣に、俺とルナ。向かい側には、レオとリオンが座っている。
「マイトって、強いんだね。レオさんやリオンさんや……それに、ルナさんも。」
ミカの俺たちに対する印象は、どうやら“怪しいおじさんたち”から、“頼れるお兄さん方”に昇格したらしい。
うん。
……しかし、なぜ俺だけ呼び捨てなんだ?
この世界では、ミカは俺に続く、二人目の“スマホ使い”ということになる。
まず最初に、どうしても試しておきたいことがあった。
――お互いのスマホは、通信できるのだろうか?
こちらの世界に来た当初、俺は試しに妹へLINEを送ろうとしたことがある。
しかし、アプリ自体は起動するものの、登録されていた「友達」はすべて消えていた。
まるで最初から、誰ともつながっていなかったかのように。
今度こそ、確認のチャンスだ。
俺はミカのスマホを受け取り、LINEのQRコードを読み込む。
ピッという音とともに、「お友達登録が完了しました!」と表示された。
「……おお。成功だ。」
このメッセージを見るのは久しぶりだ。妙に胸にくる。
試しにメッセージを送ってみる。
俺:お世話になります。これからよろしくお願いします。
ミカ:よろ。
送信成功。
画面の中に文字が現れた瞬間、なぜか少し感動した。
少なくとも、この世界でもスマホ同士で通信ができることが確認できた。
これで、もし離れた場所にいても、連絡を取り合うことができる。
「よし。じゃあ次は、機能の説明だな。」
俺はミカに、スマホ――いや、“この世界での魔道具”としての能力について説明を始めた。
「撮った写真から、その物体のステータスを見ることができるんだ。生き物の場合は、体力や属性も――」
隣で、ルナが目を輝かせて口を挟む。
「特に動物を撮影した場合は、魔素の流れまで可視化できるんだ! あれは本当に便利で……」
いまやルナは、俺に次ぐ“スマホ魔道具の専門家”になりつつあった。
だが、当のミカはというと――まったく興味がなさそうだった。
俺が説明を続けるたびに、
「なんか、よくわかんねーし」
「つーか、マイト、近い。キモい」
と、顔をしかめて俺をにらみつける。
……ひどい。
かたや、ルナが説明を始めると、ミカはスマホから目を離さないまま、
「はい....はい.....」と消え入りそうな声で返答している。
なんだこの反応のギャップは。
しかも、横目で見ると、ミカの頬がほんのり赤くなっているように見える。
正面を見ると、レオとリオンが、二人そろってニヤニヤしていた。
……まさか。
俺の心に、ひとつの疑念が浮かんだ。
街に着いた俺たちは、ミカをギルドに送り届けた。
今晩は、ギルドの寄宿舎に泊まってもらうことにする。
あんなことがあったばかりだ。警戒を怠るわけにはいかない。
幸い、ギルドなら警備も行き届いており、この街で最も安全な場所のひとつだ。
ミカには今日はゆっくり休んでもらい、
今後の身の振り方については、明日改めて相談することになった。
夜。
俺は一人、宿の部屋でくつろいでいた。
戦いの疲れと、ようやく戻ってきた平穏が、じわじわと体に沁みてくる。
――シュポッ。
おや。
ミカからLINEメッセージが届いたようだ。
画面を開くと、そこには短い一文が表示されていた。
ミカ:ねえ、ルナさんって、彼女とか、いるのかな?
……俺の疑念は、確信に変わった。
結局、ミカはギルドで受付嬢として働くことになった。
今までも、受付嬢オブ受付嬢――あのレイナさんの存在により、
十分すぎるほど華やかだったギルドだが、
そこに若く元気な女の子が加わったことで、
ギルドの雰囲気はさらに明るく、一段と活気づいた。
冒険者たちのテンションも、まさに爆上がりである。
数日のうちに仕事にも慣れ、
てきぱきと受付業務をこなすミカ。
最初こそ、レイナさんの放つ“圧倒的オーラ”にたじろいでいたものの、
すぐに打ち解け、今では完全に懐いている。
「レイナさん、マジでパネェっす!」
憧れと尊敬のまなざしでそう言うミカを見て、
レイナさんは苦笑いを浮かべていた。
俺たちは、クエストの報告でギルドに立ち寄るたび、
カウンター越しにミカと軽口を交わすのが恒例となった。
「おいマイト。お前、ちょっと臭い。キモい。」
……あいかわらず俺だけディスられている。
なんなんだこの扱い。
一方、ルナとは妙に話がはずんでいるようだ――いや、違う。
正確には、ルナが“ミカのスマホ”に夢中なのだ。
以前からルナのスマホ愛は異常だった。
俺のPixelを渡した時も、
何時間も機能の解説を求められ、
最後には寝落ちするまで質問攻めにあった。
そして今度は、ミカのiPhoneである。
その洗練されたデザイン、独自の機能。
ルナは目を輝かせ、質問を浴びせては、ひとりで感嘆の声をあげている。
「なんて滑らかなスクロールなんだ……!
しかも指紋認証が……すごい……!」
ミカはといえば、それを嫌がる様子もなく、
それでも、相変わらずルナと目を合わせることはできずに、
小さな声で返答を繰り返していた。
なんだろう、この不器用な空気。
なんだか、とても、甘酸っぱい。
遠くのテーブル席では、
そんなふたりを眺めて、
レオとリオンがニヤニヤしていた。
カウンターの奥で、レイナさんが書類をめくりながら、
俺に小声でつぶやく。
「……あの子、本当に、乙女なのよね。」
俺は苦笑しつつ、事後処理の報告書にサインをした。
ギルドのざわめきが、どこか心地よく響いていた。




