廊下のホラー宇宙服
湯上がり。
体の芯まで熱が残り、頬は火照り、浴衣の布地が心地よく張り付いている。
湯気を吸いこんだ肺がまだ膨らんでいるようで、歩くたびに呼吸が深い。
けれど、その快さを打ち消すように、背中を流れる汗がじわりと重い。
「……ふぅ」
静かな廊下。
裸電球の光が琥珀色に灯り、天井の梁が長い影を床へ落とす。
板張りは歩くたびにきしみ、木の香りと湿った熱気が入り混じる。
(旅館かよ……いや、それ以上に“古風な美術館”感ある)
僕はタオルで髪を拭きながら、階段を曲がる。
――シュー……シュー……。
耳の奥を打つ、不規則な機械音。
吐き出す音は長く、吸い込む音は短い。
規則的でありながら、不気味に胸をざわつかせるリズム。
「……え?」
角を曲がった先――。
廊下の中央に、銀色の影。
月明かりを背に立つ宇宙服が、動かずこちらを見ていた。
バイザーの奥は真っ暗で、何も映らない。
ただ、白い吐息のように酸素の霧が揺らめき、壁に淡い光を投げている。
「……ひっ」
思わず声が漏れ、背筋が凍りつく。
(やばいやばいやばい!! これ深夜に見るビジュアルじゃないだろ!! 完全にホラー!!)
「……安心するにゃ」
バイザー越しに響く、のんきな声。
「私は寮を見回っているだけにゃ」
「いやその姿で廊下パトロールやめて!? 心臓止まるから!!」
酸素供給音が「シュー」と強まり、宇宙服の肩が揺れる。
どうやら「笑っている」らしい。
「暗い廊下にはお化けが出るって言うにゃ? でも大丈夫、私がいるから。宇宙服は最強にゃ!」
「いやいやいや! お化け以前にあなたが最大のホラーなんですけど!? 演出過剰にも程がある!」
宇宙服のグローブがぐいっと僕の肩に置かれる。
冷たさはなく、意外と柔らかい。
それでも全身に鳥肌が走った。
「巡回は大事にゃ。寮生の安全、宇宙規模で保証するにゃ」
「スケール広げすぎだろ!? 俺たちまだ地球高校生なんだよ!!」
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すれ違う他の寮生たち
ふいに、後ろから足音。
振り返れば彩音が小走りでやってきた。髪をタオルでまとめ、まだ湯気が残っている。
「あ、葵君! どうしたの? 顔真っ青だよ」
「いや……見ろよ」
「……あ、学園長。こんばんは」
彩音は全く動じずに手を振る。
「彩音ちゃん! お風呂あがり? お肌つやつやにゃ!」
「ありがとうございます」
(なにその日常会話!? 彩音、慣れすぎだろ!!)
さらに、ロボの金属音が廊下に響いた。
「見回り補助、開始」
「補助しなくていいから!! 深夜の廊下をメカ+宇宙服で埋め尽くすな!!!」
咲良も姿を見せる。
両手にティーカップを持ち、落ち着いた声で。
「夜の廊下にはセイロンが合うの。香りで不安を中和してくれる」
「いや、紅茶で廊下の治安守ろうとするな!!!」
暁は背後から現れ、すっと刀の鞘を構えた。
「……異常なし」
「異常ありまくりだよ!? むしろ一番の異常源がそこに固まってるんだよ!!!」
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ホラー宇宙服の暴走理論
ここあは堂々と胸を張る(宇宙服なので伝わりにくいが)。
「私はこうして毎晩、寮を守っているにゃ。
暗闇で一人歩きする子がいても安心。
侵入者がいても安心。
もし宇宙人が攻めてきても安心!」
「最後のだけ不要!! 攻めてこねぇよ!!!」
「いいや、備えあれば憂いなしにゃ」
グローブの指先がきらりと月光を反射する。
「それに、この姿は芸術でもあるにゃ。恐怖と安心の狭間に立つ存在――宇宙服ホラーの美学!」
「そんなジャンル聞いたことねぇよ!!!」
「だから葵たん。驚かずに、この美学を理解するにゃ」
「できるかぁぁぁぁぁ!!!」
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小事件:本気で怖い
そのとき――。
窓の外を風が走り、古い木枠がガタリと鳴った。
「うわっ!?」
思わず飛び退く僕の腕を、宇宙服がぐっと掴む。
「大丈夫にゃ。私がいるにゃ」
バイザー越しに月明かりが反射し、一瞬だけ真っ黒な空洞に吸い込まれたように見えた。
心臓が喉に突き上がり、足がすくむ。
「……やっぱりホラーだろこれぇぇぇぇ!!!!」
彩音が肩を震わせながら笑う。
「ごめんね葵君。最初は誰でもそうなるんだよ」
「最初は!? これ毎晩!? 勘弁してくれよぉぉぉ!!!」
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締め
結局、僕はここあの「安全パトロール」に半ば強制的に付き合わされる羽目になった。
背後には彩音の笑い声、前にはロボの金属音、横には紅茶の香り、時折暁の「異常なし」。
(いや異常しかねぇからな!?!?)
月光に照らされた宇宙服は、最後までシューシューと呼吸音を響かせていた。
そして僕は、その音を聞くたびに――。
(さよなら、俺の安らぎ……)
そう心の中で呟かずにはいられなかった。




