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寮生活のはじまり

 あのあと急いで教室へ向かい、学園長に捕まっていた話をすると、いとも容易く遅刻は帳消しとなった。




アルティメットコース以外の通常の専門コースの生徒は、1~3限を普通科目、4~6限が専門科目となっている。


一限目は普通科目なのでコースが変わることもなく、移動教室もない。クラスの生徒が誰も入れ替わらないため、せっかくだからと自己紹介をすることになった。




「えっと、桐ヶ谷葵です」




教師Aが前に立ち、クラスへと告げる。




「桐ヶ谷は家庭の事情により転校することになった。慣れない学校への転入だ。分からないことも多いだろうから、お前らなるべく気にかけてやるように」




「皆さん宜しくお願いします」




「何か桐ヶ谷に聞きたいことあるかー」




「質問コーナー!?」




教室がざわつく。




「桐ヶ谷君はどんな音楽をするんですかー?」


「あ、僕は実は音楽とかそんなに出来る訳じゃなくて、学園長がここに入れたというか……」


「学園長お墨付きの実力!?」


「いや、あの人そんな大した人じゃないでしょうよ」


「学園長以上の実力者だと言うの!?」


「学園長とはどんな関係なの!?」




質問が多すぎるし、脱線気味だ。


答えなくてもいい気がしてきた。




と、困っていたら、窓際の一番後ろの席に彩音の姿を見つけた。


助け舟を出してくれるかと思ったが、目が合った瞬間、凄い爽やかな笑顔で全力で手を振ってきた。




「……」




幸い教室の一番後ろなので、気付いているのは僕と……先生だけ……。って、先生、何で今窓磨いてんだよ!?




つまり僕しかいない。




仕方ないので苦笑いを浮かべながら力なく手を振り返す。




「~~~~っ!」




そんな僕を見て、更に全力で手を振る幼馴染。


なぜそこまで全力なんだよ。




「彩音、もう休んでいいぞ」




つい声が出てしまった。


その瞬間、クラス中の視線が彩音に集まる。




「!?」


「あ……」




「水島さんって桐ヶ谷君と知り合いなの?」


「えっと……幼馴染というか」


「学園長のお墨付きの実力者で、アルティメットコースにも引けを取らない水島さんの幼馴染!?」




なぜこんなに説明口調なんだ。




「まぁ、質問タイムはこれくらいにしておけー」




教師Aが場を収め、僕はようやく解放された。




「はぁ……」





---




放課後、校門前。




「……疲れた」




単純に慣れない学校生活に対しての一言ではなかった。


慣れない、というか、よく分からないまま音楽科の授業を受けたのだが、聞いたこともない単語の羅列にしか聞こえず、もう苦行の連続だった。




「葵くーん!」




「彩音、おつかれさん。そういえば彩音はどこ住んでんだ? ここら辺?」


「え、聞いてないの?」


「何が?」


「葵君、今日からうちの学校の寮に住むことなるって」


「……」


「聞いてなかったんだね」


「なぁ、そこの寮長ってまさか」


「学園長だよ?」


「だよな」




さよなら、僕の高校生活。




「ほら、そこ。ぼけっとしない。通行の邪魔だよー」




「あ、希崎さん。危ないですよ、そんなロボ乗って下校なんて。道路交通法みたいなの引っ掛かったら大変だし」


「いや、この市全体が学校の所有してるものというか、敷地内だし」


「は?」


「まぁ、最初は驚くよね。この私でもその考えには至らなかったもの。流石学園長よ」


「もう頭痛い」


「ま、まぁ、この学園の魅力の一つが“市全体が芸術を応援してくれてる”ってところだからね。プラスに捉えて? ね?」




「で、もしかしなくても希崎さんも同じ寮だったりするんですよね」


「勿の論」


「デスヨネー」




「ちなみに――私は他人と違う思考をしているという自覚はある。つまり自分がある程度おかしいという自覚がある」


「はい。ある程度というのは置いときますが」


「そんな私が言うのもあれだが、私から見ても飛び抜けて頭のおかしい人間があと二人いる」


「え、もうそんなの変態じゃないか」


「葵君、心の声が漏れてるよ」


「しかし、先に心構えは必要だろう」


「そうですね」




「一人は先ほど学園長からも説明があったが、調理科アルティメット紅茶マスターコースの桜庭咲良。こいつは頭が涌いてるだけで害はない。そして、もう一人が――」




「ブーブー!! 危険信号!! 危険信号!!」




先輩のロボから物凄い音がしたかと思えば、突如首元に冷たい感触が走った。




「危ない!!」




――ガキィィィン!!




強い金属音が響く。


まるで刀と刀がぶつかるような音。




目の前には日本刀を持った黒髪の女子高生と、何故かさっきまで生えていなかったのに両腕から刀を展開させたロボがいた。




明らかにさっきの金属音はこの二人によるものだと直ぐに理解した。


ただ、それ以上は理解できない。




「こいつが、そのもう一人。体育科アルティメット暗殺コース、暁樹あかつき いつきだ」




「……」




「しかし桐ヶ谷。危なかったな」


「いや、僕死ぬとこでしたよね」


「否定はできない」


「否定して!!!」




「転入生に挨拶した」




「もう、その挨拶は終わったよね? そうだよね?」




「今日からよろしく」




暁はペコリと頭を下げた。


日本刀を抱えたままの黒髪美少女。




「道路交通法は大丈夫でも、あれは銃刀法違反なのでは?」


「あれは、とてもよく研いだ逆刃刀だ。ギリセーフらしい」


「よく研いだらもう、それは不味くないですかね」




「また、寮で遊ぼう」




それだけ言うと、暁樹は風のように姿を消した。




もうやだ。この学校。転校したい。




やはり僕は再度思う。




――さよなら、僕の高校生活。








その日の夕暮れ、僕はついに学園の寮へと足を踏み入れた。


外観は白壁と赤屋根のモダンな洋館。大きなステンドグラスから夕陽が差し込み、廊下に虹色の光を落としている。中庭の噴水には小鳥が集い、水面にオレンジ色の揺らめきが広がっていた。


(いや待て、本当に高校の寮かこれ。テーマパークのホテルだろ……)


「おかえりにゃ!」


玄関で迎えたのは、銀色の宇宙服。


学園長――ここあ。


酸素マスクの「シューシュー」という音が反響し、夕暮れのホールに無駄に迫力を与えていた。


「……学園長、どうしてここに」


「当たり前にゃ! 私は寮長でもあるのにゃ!」


「……そうでしたね」


バイザーをカツンと叩きながらドヤ顔(見えないけど声色で分かる)を決める宇宙服。


いや、ドヤ顔する宇宙服って何だよ。


「ほら、鍵は無いにゃ! この寮は芸術を育む家族にゃ! みんな心を開き合うから、部屋のドアには鍵を付けない主義にゃ!」


「いやいやいや、それ致命的に問題あるでしょ!? プライバシーのかけらもないじゃん!」


「大丈夫にゃ! 宇宙にも鍵は無いのにゃ!」


「だから宇宙基準やめてって!!」


彩音が「ふふっ」と笑い、僕の肩を軽く叩いた。


「大丈夫だよ葵君。慣れればすっごく快適だよ」


「慣れる気がしないんだけどなぁ……」




案内された部屋は、木製のベッドと机、窓から中庭の噴水を見下ろせる広々とした一室だった。


陽の光が差し込み、壁紙の白が柔らかく輝いている。


「ここが葵たんのお部屋にゃ!」


宇宙服のアームがガシャンとドアを押し開ける。


(いやその仕草、完全にロボット……)


そのとき、彩音がにっこり笑って告げた。


「ねえ葵君。お隣の部屋、紅茶マスターの咲良ちゃんだよ」


「……紅茶マスター?」


ドアが静かに開いた。


ふわり、と芳しい香りが漂ってくる。


ベルガモットの柑橘香と、茶葉の甘い渋みが混ざった、まるで高級ホテルのティーラウンジのような匂いだ。


「初めまして。桜庭咲良です。今日からよろしくね」


長い黒髪を後ろでまとめ、清楚な白いワンピースを纏った少女が立っていた。


手には湯気を立てるティーポット。


「……いや、自己紹介より先にティーポットっておかしくない!?」


「今ちょうど、新しい茶葉をブレンドしていたの。よかったら後で飲みにいらしてね」


清楚なお嬢様かと思ったら、紅茶狂だった。


「ちなみに私、アルティメット紅茶マスターコースで学んでいるの。茶葉の研究から、新しい品種の開発まで挑戦しているのよ」


「……いや、もう大学院生みたいなこと言ってるじゃん」


「紅茶は奥深いの。葉の発酵度、水質、蒸らし時間、茶器の材質……一つ変えるだけで全然違う味になるのよ」


「すごーい!」


彩音が素直に目を輝かせる。


「私でも分かるくらい香りが違うもん!」


「え、彩音には分かるのか……俺にはただ“お茶の匂い”としか……」


咲良は柔らかく笑って、さらに言葉を続ける。


「今日のテーマはアールグレイ。だから夕食もそれに合わせて用意したわ」




食堂に入った瞬間、思わず息をのんだ。


長いテーブルの上に、料理がずらりと並んでいる。


低温調理されたローストビーフのサンドイッチ、バターの香り高いクロワッサン、カラフルな野菜マリネ。


そして、輝く紅茶プリン。


「……え、これ本当に寮の食事?」


「そうよ。ベルガモットの香りは油分が強いと消えてしまうから、脂身を控えた料理で揃えたの」


「料理理論ガチすぎんだろ!!!」


「紅茶の香りを中心に献立を組むって……さすがアルティメットコースだな」


視乗が感心している……と思ったら、すぐにロボのアームを伸ばした。


「見よ! ロボ・サンドイッチキャッチ!!」


ガシャアアアン!!


「音がうるさいんだよ!!!」


「芸術は爆音と隣り合わせなの!」


「爆音ロボで食堂荒らすな!!!」


その横で、暁は黙々と紅茶プリンを食べていた。


その動きはまるで刀の型。


フォークの一突きが、妙に鋭い。


「暁ちゃん、どう? プリンの出来」


咲良が微笑むと、暁は一言。


「……斬れる」


「味の感想言えよ!!!!」


「食感、鋭利。舌を斬る感覚」


「だから武器として評価すんなっての!!!」




「待つにゃ!」


ガチャリとドアが開き、宇宙服ここあが紅茶ポットを抱えて登場する。


「今日の紅茶セレモニーは寮長である私が仕切るにゃ!」


「宇宙服でポットって絶対やばいじゃん!」


「安心するにゃ! 耐熱仕様にゃ!」


(どの耐熱基準だよ……)


案の定――。


ドボドボドボ……。


「こぼれてるこぼれてる!!」


彩音が慌ててナプキンで拭く。


「くっ……重力にゃ……」


「宇宙のせいにするなぁ!!!」




彩音はクロワッサンを頬張りながら、幸せそうに目を細めた。


「ねぇねぇ、みんなで一緒に食べられるって、すっごく楽しいね!」


「そ、そうかな……」


僕はサンドイッチをかじりながら答える。


確かに料理は美味い。香りも雰囲気も最高だ。


ただ……。


(周りのキャラが濃すぎて全然落ち着かねぇんだよな……)


ここあはバイザーをピカッと光らせて言い切った。


「これこそがアーツ学園の寮生活にゃ! 食卓は芸術の実験場にゃ! だから葵たん、全身で味わって吸収するにゃ!」


「いやもう吸収しすぎて胃も頭もパンクしそうなんですけど……」


紅茶の香りと騒音と笑い声に包まれながら、僕は悟った。


――この寮生活。絶対に普通じゃ終わらない。

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