転校生、波乱の幕開け
ここは才能溢れる学生達が集まる――「私立アーツ芸術学園」。
音楽、絵画、ポエム、小説、料理、格闘技……。
何かしらの才能に突飛した人間達がひしめき合う学園だ。
僕、桐ヶ谷葵は、高校2年生まで普通科の進学校に通っていた。
そんな僕がひょんなことからこの学校に転入になった理由はというと、元々通っていた高校が負債を抱えすぎて廃校になった為だ。
他のクラスメイト達は救済措置のような形で近くの高校へと振り分けられたが、僕は不幸にも家庭の事情にて引っ越し……。
引っ越し直後にピアニストの父は世界公演が決まり、さらに世界的な画家である母親に至っては「少し旅に出るわ」とぷらり散歩気分でシドニーへ行ってしまった。
残された僕は両親の知り合いである「あの人」が学園長を務める、私立アーツ芸術学園へと転入させられることになった。
芸術なんて、僕はちょろっとギターを弾いたりするくらいで、それ以外は何の取り柄もない、本当に普通の高校生だ。正直上手くもないし。
こんな僕が今後、この学園で上手くやっていけるのだろうか……。
というか、何科へ転入するかすら決まっていない……。
普通科がいい。
僕はため息を吐いた。
――ドンッ!!!!
「!?」
転校初日に、いきなり何者かによって吹っ飛ばされた。
しかも結構飛んだ。
運動神経に乏しい僕は無様に着地する。
「いててて……」
「ごめんなさい!」
響いた。
それは紛れもなく人間の声なのに、僕の脳に音程としてしっかり響き、そして――懐かしくも感じた。
(……懐かしく?)
「……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。大丈夫」
僕を吹っ飛ばしたのは、美声の美少女だった。
「……彩音?」
「葵……君?」
目元と髪の癖でなんとか分かったが、これは紛れもなく僕の幼馴染の水島彩音だ。
もっとも、もう5年以上も会っていないのだから、直ぐに分からなかったのも無理はない。
「久しぶりだな。彩音もここの生徒なのか?」
「うん! 音楽科だよ。葵君は何でここに……って、あれ?? この制服……?」
「今日から転入することになったんだ」
「そうだったんだ! じゃあ、また一緒に学校行けるね♪」
彩音は嬉しそうに笑った。
けれど――。
「喜んでくれるのは嬉しいけど、どうして俺にぶつかったんだ?」
「それはね……」
彩音は神妙な顔で語り出す。
「朝、歌いながら歩いていたら小鳥さん達が集まってきて……でも私、鳥が苦手だから走って逃げていたら」
「それで俺にぶつかったわけか」
「違うの」
「え?」
「小鳥さん達から逃げていたら、目の前のマンホールが突然、水流と共にぱっかーん!って打ち上げられて、それが近所のおじさんの頭に直撃してね。きっと私のせいだって思われたみたいで、そのおじさんに追いかけられていたの。そして、葵君にぶつかったの」
「……すげぇ丈夫なおじさんに追いかけられてたんだな」
「なんとか振りきれてよかったよ。でも……ごめんね? 痛かったよね?」
「おじさんよりはマシだよ」
「いけない! 遅刻しちゃう!」
「あぁ、俺も職員室へ行くんだった」
「急ご!」
彩音に連れられるまま、僕は学園の中へと入って行った。
---
職員室前。
彩音がここまで連れて来てくれたのはいいが、ここから先どうすればいいのか分からない。
そのとき――。
「久しぶり! 葵君!」
「……」
俺、絶句。
全身を覆う銀色の宇宙服。
ヘルメットのバイザー越しにのぞく人影。
(……やっぱり宇宙服かよ!)
数年ぶりに会うが、オーラがやばい。
この人が学園長をやっているなんて、本当に事件だろ。存在自体が。
「お久しぶりです」
「いやぁ、久しぶり過ぎてもう興奮しちゃうにゃあ!」
酸素マスク越しの声は妙にエコーがかかっていて耳に残る。
「僕はもう会えなくてもいいと思っていたんですけどね」
「それでも忠犬ハチ公の如く待ち続けるにゃ!」
「キャラ設定ブレブレなんで、まず整えてから会話してください」
そう、彼女――いや、宇宙服の中の人「ここあ」は、昔からずっと宇宙服だった。理由は一切明かされない。説明を求めても無駄。
「まぁ、真面目な話をすると、さっき偶然にも彩音ちゃんとすれ違って、葵君がここにいることを教えてもらったのにゃ。だから、先に校内を私自らが案内しようと思って参上したのにゃ!」
「それはまた、大層な……」
「じゃあ、行くにゃ!」
そのとき、職員室のドアが開いた。
「学園長!? 朝の会議にいらっしゃらなかったのでどこにいるかと思いきや――」
「私は忠犬ハチ公だにゃ!」
「だからブレてるって」
「行きますよ! 朝礼くらいまともにしてください!」
「いやぁにゃぁあ~、校内デートするのにゃあ!!!!」
……宇宙服ごと引きずられていく学園長。
俺はこの先、大丈夫なのだろうか。
そう思った時、再度職員室のドアが開いた。
「今日転入の桐ヶ谷だな」
「はい」
「もうすぐここに水島彩音が来る。彼女に教室まで連れて行ってもらってくれ」
「え、俺彩音と同じクラスなんですか?」
「あぁ。学園長が知っている人間と一緒の方がいいだろうと気を使ってくれたんだ。その点だけは感謝するといい」
「そ……そうですね」
「では私は学園長を連れて朝のミーティングをしているから、そこで待っていなさい」
「は……はい……」
数分後。
「お待たせー!」
「早かったな」
「私の席のPCにDMが来てたからすぐ分かったよ」
「……ハイテクな学校なんだな」
「最初はそう思うよね。でもやっぱ毎日のことだと、パソコン広げて授業受けるのにも慣れちゃうんだよね」
「お、おう。そうか」
――ドン!
また吹っ飛ばされた。
今度はラグビー部かと思いきや、違った。
「大丈夫?」
ロボだ。
僕の身長プラス1メートルくらいのロボ。
しかも喋った。
「あれ? 返事がない。目は開いてるのに。どこか頭でも打ったかなぁ。ねぇ、大丈夫ですかー?」
このロボは僕を心配しているようだ。
一応軽くぶつかっただけで怪我はしていない。ピンピンしている。
……でも状況が掴めない。
「葵君……大丈夫?」
「なんか、体以外が色々大丈夫じゃないんだが」
「体以外? ……あー」
彩音は何かを察したようでロボに話しかける。
「希崎視乗先輩? 降りてきてくれなきゃ、ここにいる男の子が混乱したままですよー」
「あ、そっか」
プシュー、ガシャンガシャン、ウィーン。
天井スレスレを動くロボから、ひょいっと影が飛び降りる。
「よっと」
現れたのは――。
長い金髪。
ミニスカート。
つり目。
どう見てもただの女子高生。
「とお!」
ロボからジャンプ、そしてキメ顔。
……身長低っ!!
「さっきぶつかったの君だよね? ごめんね。試運転してて」
「試運転……」
「あのね、この人は」
「いえ、自己紹介は自分でするわ! っていうか、私を知らないなんていい度胸してるわね!!」
「すみません、僕今日から転校してきたんで」
「そうね、なら仕方ないかもしれない。でも、そんなの知らん!!」
「!?」
「いーい? 耳の穴全力でこじ開けて聞きなさい! 私の名前は希崎視乗!!2年A組、造形学科アルティメットコースの天才よ!」
「アルティメットコース? おい彩音、この人なんか妄言吐いてるぞ」
「葵君、アルティメットコースは本当にあるの……」
「……嘘?」
「……本当」
「説明するにゃ!!」
「うぉお!?」
いつ現れた!?
宇宙服。
ここあが再登場してきらきらとバイザーを光らせる。
「通常の学科12学科に合わせて、さらにそこから自分の追い求めるコースを選んでもらうにゃ! 通常ならば普通科目に加えてカリキュラムに沿った授業を受けてもらうにゃ」
「はぁ」
「アルティメットコースは特待生専用コース! その筋の専門家達が講師となり、普通科目の50%の単位を免除!! さらにコースの授業を自由に選択出来るにゃ! でも特待生の中でも入学試験で特に優秀な成績を取った超特待生はアルティメットコース以外にも在学中、自分の好きなコースを作ることが出来るにゃ!」
「好きなコース?」
「そうにゃ! 例えば最近だと調理科の桜庭咲良ちゃんかにゃ。あの子は紅茶が好きだから、アルティメット紅茶マスターコースってのを作ったのにゃ」
「紅茶専門のコースですか?」
「そうにゃ! 確か今は新しい植物の開発から始めているらしいにゃ。ちなみに、超特待生は普通科目は90%免除なのにゃ! 自分の好きなことを好きなように、学ぶ。これが我がアーツ学園にゃ!」
「だ……大体把握しましたが……」
この学園、ヤバ過ぎる。
っていうか、さっきの希崎視乗先輩ってのもアルティメットコースで、これ以上がいるっていうのかよ。
「学科の変更、コース増設試験は半年に一度やってるから葵たんも頑張ってにゃ? ちなみに、葵たんはとりあえず彩音ちゃんのいる音楽科声楽コースに入ってはいるけれど、初回は特別に学科コース変更は自由やはしておくから、決まったら教えるのにゃ」
「は、はい……」
「で、君は自己紹介しないの?」
あ、忘れてた。
「すみません、さっきも伝えましたがまだ学科も何も決まってないんですが、今日転校してきました2年の桐ヶ谷葵です。宜しくお願いします」
「あら、意外と礼儀正しいじゃない」
「いえ、どうも」
キーンコーンカーンコーン。
僕ら全員――。
「あ」
転校初日。
僕は朝礼に遅刻をした。