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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第1章 起動編

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コード007 命を削るギア

 ミナの案内で辿り着いたのは、瓦礫と鉄屑に囲まれた廃ビルの一角だった。壁は崩れ、屋根はほとんど抜け落ちている。かろうじて雨風をしのげるだけの空間に、ぼろ布や段ボールを積み重ねて即席の「家」にしてあった。


 私はバイクから降りると、後部シートに掛けた布カバーを乱暴に被せる。内部の制御ラインに手を伸ばし、配線を二本だけ外してショート防止の細工を施した。見た目はただのカバー付きジャンク。だが、下手にセルを回せば即座に逆流で火花を噴く仕様だ。盗もうなんて思えば、指ごと吹き飛ばされる。


「……これでよし。お前のお兄ちゃんは?」


 ミナは崩れた階段の影に駆け寄り、しゃがみ込んで声を掛けた。


「お兄ちゃん!」

「うっ……ミ、ナ……?」


 奥の薄闇から、痩せ細った少年が布団代わりのボロにくるまって姿を現した。額には汗が滲み、呼吸は浅い。見るからに熱にうなされている。


 妹とは対照的に、その体は傷だらけで骨ばっていた。皮膚のあちこちには、ギアに蝕まれた痕まで刻まれている。アンダーズの子供ならではの痛々しさ……いや、それ以上に酷い有様だ。


 私はしゃがみ込み、少年の腕に視線を落とした。そこに装着されたフレームは子供用に無理やり縮められたものであり、接合部は黒く焦げ、ところどころから煙が上がっていた。


「……こりゃ、薬でどうにかなる代物じゃないな」


 呟きと同時に、私は工具バッグを肩から降ろした。


「……っ、だれ、だ!」


 すると、その音で私の存在に気づいたのか、少年が私を睨む。


「……修理屋だ。悪いようにしない」

「信じられるか!」


 少年は無理やり体を起こし、ミナを自身に引き寄せて私を威嚇するように殺気を向ける。


「出て行け!」


 かすれた怒声。だが、その腕は震え、妹を庇う仕草すら覚束ない。


「警戒心が強いのは良い事だが……」


 私は一歩だけ近づき、焦げ付いたフレームに伸びる煙を見やった。指先で触れれば崩れ落ちそうなほど脆くなっている。


「それ、放っときゃ死ぬぞ」


 少年の目が揺れる。強がりと恐怖がせめぎ合っているのが見て取れた。


「お前がくたばったら、その子は一人で生き残れるのか?」

「……でも……」

「お兄ちゃん!」


 ミナが「お願い」と縋るように声を上げた。私は工具バッグを開き、ジャンクを並べていく。


「別に信じて欲しい訳じゃない。が、どうせ死ぬなら、最後くらい、この街で一番割に合わない博打を打ってみろよ」


 そう言い捨て、私は整備用のグローブをつけてから煙を上げるギアに触れた。


 少年は動かなかった。拒む力が残っていないのだろう。それでも、不審そうな視線だけは私から外さなかった。


「……お前、裸身(ネイキッド)のくせに修理できんのかよ」

「食い扶持に困らない程度にならな」


 私はフレームの留め具を外し、焼け爛れた中身を覗き込んだ。……そして、思わず舌打ちが漏れる。


「……なんだ、このマジもんのスクラップは」


 背中のユニットから四肢へと伸びるフレームが、痩せた体を無理やり締め上げている。内部の配線は規格無視で、出力ラインがむき出しの神経に直結していた。冷却系は形だけで、むしろ熱を利用して筋肉を焼き切り、無理やり瞬発力を引き出す仕組みだ。さらに、快楽物質を噴出するカートリッジまで組み込まれ、痛みと中毒で依存させる設計になっている。


「……設計思想から狂ってる。ただの自殺兵器じゃねぇか」


 私は焦げ付いた基盤を引き抜き、焼けた端子を削りながら吐き捨てた。


「誰に売りつけられた? ディスポから拾って来たほうが、まだマシだぞ」


 少年は顔を歪めながらも、何も答えなかった。


 ……やはり、訳ありか。まぁ、ここじゃ訳ありじゃない奴を探す方が難しいけど。


 私はジャンクから代用品を選び出し、最低限の保護処理を加えながら組み替えていく。まだ煙を上げる配線を焼き直し、流出しかけた冷却材を無理やり押し込む。


 だが、ここで限界があった。神経ラインは生身に直接つながっている。迂闊に弄れば痛みどころか、神経そのものを焼き切って二度と動かなくなる。専用の医療設備とリソースが揃っていなきゃ、手出しはできない。


「……とりあえず、延命処置はしてやる」


 金属と肉の境界に手を突っ込む。焦げた匂いが鼻を刺し、苛立ちが胸の奥で湧き上がってきたが、無理やり押し込んだ。


 指先はわずかに震える配線を一つひとつ探り、焼けた端子を削っては繋ぎ直していく。最後のラインを処理し、私は工具を弾いた。乾いた音が狭い部屋に響く。


「……これで、多少はマシだろ」


 少年はおそるおそる腕を曲げ、ぎこちなく拳を握ってみせた。煙も止まり、熱もだいぶ引いているようだった。ミナがぱっと顔を輝かせ、少年の手をぎゅっと握る。


 ……良かったな、と喉まで出かかった言葉を飲み込み、私は工具をバッグに突っ込んだ。


「お前、なんでギアにしないんだ?」


 その一言に、腕が止まる。


 少年の言い分は、このヘイローシティじゃ至極普通の考えだ。バイオギアが当たり前の世界で、ギアを装備してない人間は裸身(ネイキッド)と揶揄される。


 特にバイオギアを扱う職人は、基本的に全身をギアにしている。そうすることで、技術力を示すのだ。実際、修理屋を始めた当初は裸身(ネイキッド)である事で信用が得られず、客が来なかった。


 いや、まぁ……ね? 私もちゃんとギアにしようと思ってたんだよ? アンダーズ(ここ)で生きてくなら、生身よりもギアの方が生活しやすいのも分かっていた。だけど──


「…………怖いから」

「…………は?」

「いや、だって……こんな鉄の塊を体に入れるって……なんか嫌じゃん」


 そう! そうなのだ! 前世の記憶のある私にとって、五体満足な体にわざわざメスを入れて機械をねじ込むなんて恐怖でしかない。


 トップスでならまだ考えた。けど、アンダーズで? 冗談じゃない。碌な設備もないこの場所で四肢をギアに改造するなんて、普通に考えて無理。他人にする分には抵抗はないけど、私は絶対に嫌だ。


 それに、日々のメンテや整備費もかかるのだ。結局、生身の方がコスパがいいで落ち着いた。


「はあああああ!? おまっ、これ、本当に大丈夫なんだろうな!? 爆発したりしねぇよな!」

「失礼な。俺の腕はアンダーズじゃ上澄みだぞ」

「嘘くせぇ!! それ根拠あんのかよ!」

「自信ならある」

「誰か助けてええええええ!!」

「うるさい」


 叫ぶ少年の頭をスパナで軽く殴り、立ち上がる。


「……で、クレジットの話だが──」

「取んのかよ!」

「当たり前だろ。うちはボランティアじゃないんだ」


 私は少年を見下ろしながら口を開く。


「お前、当てはあんのか?」

「……っ!」


 少年はまた黙りを決め込んだ。


 頼る場所はなし、と。……ま、ミナがクレジットもなくディナの店に来た時点で分かってた事だけど。


「お前の事情は知らないが……」


 私は工具バッグを肩に掛け直し、少年の焦げた腕を顎で示す。


「そのガラクタ抱えたままじゃ、遅かれ早かれ死ぬぞ。……もちろん、ミナもな」


 少年の顔が僅かに歪む。唇を噛み、声にならない呻きだけが漏れた。


「だから条件を出してやる。うちに来い。回収屋としてジャンクを拾ってくるなら、代わりにもっといいギアをつけてやるよ。ついでに、雨風凌げる寝床も提供してやる」

「はぁ!? 勝手に決めんな! 大体、俺はまだお前を──」

「お前の意見は聞いてない」


 我ながら驚くほど冷えた声が出た。けれど、ここで甘さを見せたら、誰のためにもならない。


「クレジットが払えないのなら、選択肢は二つだ」


 ……レクスも私を拾ったとき、こんな気持ちだったのかな……いや、今さら考えたって仕方ない。


「ここで朽ちるか、俺の元で働くかだ」

「……っ、くそ……」


 少年は苦悶の表情を浮かべ、視線を逸らした。代わりにミナが縋りつくように兄の手を握りしめる。


「お兄ちゃん……お願い。このままじゃ、本当に死んじゃうよ……」

「ミナ……っ、でも俺は……二度と!」

「大丈夫」


 ミナはふわりと笑った。


「だって、この人は……私たちを助けてくれたから」


 しばしの沈黙。やがて少年は、力なく吐き捨てるように言った。


「……ラグだ」

「ん?」

「……俺の名前。ラグ」


 私は口角をわずかに上げた。


「よし。じゃあ契約成立だな。ラグ、ミナ。俺はヴィクだ……これからよろしくな」


 私は二人の頭を雑に撫でた。すると、ミナは嬉しそうに笑い、ラグは触んなと顔を逸らした。


 そのまま二人を促してバイクの方へ戻る。ミナが小走りで後を追い、ラグもゆっくりとついて来た。


 視線の先で、バイクを覆っていたカバーがわずかにずれているのに気づく。近づくと、セルの部分にべったりと黒い油がこびりついていた。


「……馬鹿が一人じゃ済まなかったな」


 どうせ細工に気づかずセルを回そうとしたんだろう。火花で制御ラインが逆流し、指先のギアが吹っ飛んだに違いない。


 私は慣れた手つきで汚れた布を取り出し、油を拭き上げる。細工を解除していく横で、ラグが何か言いたそうにこちらを見ていた。


「……どうした?」

「あ、いや……」


 ラグは口篭らせ、誤魔化すように視線を逸らした。


「……言いたいことがあるなら言え。後出しされても面倒はみないぞ」

「…………実は、俺たち──」


 その言葉は最後まで続かなかった。



 耳を劈く轟音。瓦礫の隙間を舐めるように、灰赤の影が走り抜ける。狂った笑い声が廃墟に反響した。


「ヒャッハハァ! 見ぃつけたぁ!」


 次の瞬間、背後の廃ビルが爆ぜるように崩れ落ちた。壁も屋根も、ミナとラグが「家」としていた場所が、一瞬で瓦礫と化す。


 そして、舞い上がる粉塵の中から歩み出てきたのは、灰赤の髪を獣のように逆立たせた男。


 ……なっ!? あいつは、ディスポで噛みついてきたイカれ野郎じゃないか! なんでここに!? というか、1日で復活できるレベルの負傷じゃないはずなのに!!


 奴は赤黒い瞳を爛々と光らせ、涎を垂らしながら、狂気の笑みをこちらに向けていた。


「会いたかったぜぇ? 裸身(ネイキッド)ぉおぉぉ!!」



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