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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード044 コブラの区画と情報屋

 瓦礫の海を裂くようにライドくん2号改が滑空する。背後ではゼヴィの背部スラスターが白熱し、排気が蒼い尾を引いていた。


 私達は今、コブラの区画に向かって、崩れた高架と鉄骨の森を常識外れの速度で突き抜けている。


 アンダーズの道は荒いが、法はない。死ななきゃいくらでも出せる。


「ゼヴィ! もう一段階あげるぞ!」

「ヒャハッ!」

「ちょちょちょちょちょっ! どわっ!」


 推力が跳ね上がると同時に後輪が浮く。一瞬だけ路面の感覚がなくなり、背後でレクスがシートから弾かれる気配がした。


 景色が線になり、配管が白い刃のように横へ流れていく。


 風が気持ちいい。徒歩なら数日はかかる距離を二時間で潰す暴挙。死神をも振り切れる速度だ。


「私、風になってるぅ!」

「通り越して光になってっから! ナノレベルで分解されかけてっから!」


 ゼヴィのスラスターがさらに唸りを上げ、推力計の数値が危険域へ触れた。音が遅れてやってくる。


「落ちるなよ、レクス!」

「じゃあ安全運転してくれ!」


 笑いながらさらにアクセルを捻る。


 そのままメーターが赤域を踏み越えた時、周囲に微細な電子音のざわめきが交じり始めた。高周波の囁きが空気の奥で揺れている。


 目の前の錆色の壁面に、青緑のグリッチが走る。半透明のUIが重なり、見えないフィルターを通りすぎた。


「……着いた」


 ナイトコブラの区画。


 踏み込んだ瞬間、視界の端でノイズが弾けた。


 私は盛大なブレーキ音を立てながら停止させる。


 辺りを見渡すと、空中に展開された仮想キーボード。人の群れがそれを叩き、触れるたびに淡い光が波紋のように広がる。


 壁を這うケーブル。蜘蛛の巣のように張り巡らされた光ファイバー。上空には静止するドローン。そのレンズが、わずかにこちらを追った。


 ……生体スキャンか。


 蛇の目のホログラムが壁面いっぱいに浮かび上がる。そのまま赤い線が私達の体を上から下へと這い、消える。


 役目を終えたドローンが去っていくのを見送りながら、ゆっくりと車体から降りた。


 やっぱり、ここのネットワーク密度は濃いな。まるでトップスにいるようだ。有線電話で細々とやり取りしている他の区画とは別物だ。


 空気そのものがデータで満ちていて、不用意に接続すれば、逆にこちらの思考まで吸い上げられかねない。さっきのドローンもそうだが、街がこの区画全てを観測している。


 まぁ、コブラの連中は荒事を好まない。現実よりもモニターの中の方が忙しい連中だ。こちらが騒がなければ、視界にも入らないから比較的安全ではある。……ネットワークにさえ繋がなければ。


「おえっ」

「耐久値低いな。帰ったら整備してやろうか?」

「ヴィク! 俺は? 俺は?」

「お前は昨日やっただろ」

「……帰りは俺が運転する」

「やだ」


 口元を押さえているレクスの提案を無視しつつ、紹介状データを確認する。


「場所は……あっちだな」


 私は再度、端末がネットワークに繋がらないよう設定しなおした。


「行くぞ」


 端末をポケットに戻し、ライドくんを押して歩き出す。


 変に詐偽られないうちに、さっさと終わらせたい。



   ◇ ◇ ◇



「ここら辺の筈だけど……」


 頭上を飛び回るドローンの下を歩き続けること数十分。紹介状に書かれた住所の前に立つ。けれど、そこにはただの錆びた壁しかなかった。


「何も、ないな……」

「おいおい。ニックのやつ、またガセでも掴まされたのかよ」

「ぶっ壊すか?」

「ゼヴィ、やめろ」


 ニックさんは自分のお得意様の一人だと言っていたし、そんな筈はないと何度も住所を確認する。けれど、桁も合ってる。区画も合ってる。どうみても住所はここを指していた。壁しかないのがおかしい。


 試しに錆びた壁に手のひらを当ててみる。ヒヤリとした感触。


 ……本物の、壁か? 区画に入るときの壁面と似てるけど、感触はちゃんとあるな。


 一通り確かめ、離そうとした瞬間。ポケットの端末が勝手に震えた。


「……は?」


 画面が強制的に立ち上がり、紹介状のデータが展開される。暗号化された文字列が流れ、壁面に青緑のグリッチが走った。


 壁の奥に半透明のUIが浮かび上がり、それに映し出された蛇の目がゆっくりと開く。


「え」


 目の前の壁が粒子のように剥がれ落ち、景色が変わった。奥に光が露出する。薄暗い空間。無数の光だけが浮いている。


 空中に展開された電子モニター。指が触れるたびに波紋のように揺れる光電子キーボード。床すら半透明で、下をデータの流れが走っている。


 その中央で、一人の男が椅子に沈み込むように座っていた。


 目元を隠す長い前髪。細い指が高速で空中を叩いている。


「あぁ、ニックさん。今ちょっと立て込んでて。依頼なら後で──」


 男の指は止まらない。そのままの状態で、男はこちらを確認するように頭を動かした。


「……誰?」


 声が一段、低くなる。今度は指も止まった。


「あ、私たちは」

「あー、いい。いい。そういうのいらない」


 ……なんだコイツ。


 男は面倒そうに言葉を遮ったかと思えば、すぐに顔の向きをモニターへ戻した。


「……あのー」

「……」

「依頼しにきたんですけどー」

「……」

「聞こえてますかー?」

「……」


 呼び掛けても、キー操作の音だけが続く。


「おい聞こえてんだろ。無視してんじゃねぇぞ目隠れスクラップ」


 私が暴言を吐くと、男は椅子をきしませ、苛立ったように私達の方を向いた。


「見て分かんない? 今忙しいんだけど」

「いや、そもそもこっちは客なんだけど」

「はぁ、やだやだ。こういう常識ないのを相手にしないといけないから客商売ってホント面倒」

「常識ないのはお前だろ。聞こえるように言うな。茶くらいだせや」


「まー、まー。落ち着け、ヴィク」


 レクスが私の頭に左手を軽く載せてから、一歩前に出る。私は唇を尖らせたままそっぽを向いた。


「そちらさんも、忙しいときに悪いね。でも、こっちも急ぎの案件なんだ。紹介状は通ってるはずだろ?」

「……通ってるよ」


 男は面倒そうに指を動かしたまま、吐き捨てるように言う。


「でも今は無理。別件で手一杯なんだ。後にして」

「どれくらいだ?」

「分かんない。終わるまで」


 苛立ちは隠していないどころか、むしろ隠す気もない。


 そんな男の様子に、レクスはやれやれと肩をすくめた。


「じゃあ手伝おうか」

「……は?」


 レクスの言葉に、男の動きが止まった。


「俺らは便利屋だ。荒事だけじゃねぇ。雑務でも警護でも、使えるもんは使えばいい……ニックの紹介なら信用問題もクリアだろ?」


 男の指が、迷うように動いている。


「報酬は差し引きでいい。そっちの急ぎが片付くなら、俺らの依頼も早くなる」


 男はしばらく無言でこちらを見た。


 そして、背後のモニターに走るコードの速度が上がった。空中に走るウィンドウが一枚、二枚と増えている。


 ……スキャンしてるな。


「戦闘ログは?」

「ある」

「違法改造は?」

「状況次第」


 キー操作が再開する。


 やがて、男の顔がゆっくりとこちらへ向いた。


 目元は隠れたままだが、確実に見られていると分かった。


「……そこの裸身(ネイキッド)よりは、話が分かりそうだな」



   ◇ ◇ ◇



「……ログは見させて貰った」


 目隠れ男はそう言って、ようやく椅子から降りてきた。ずっと座ったままかと思っていたが、ちゃんと足はあるらしい。


「お眼鏡には叶ったって事で?」

「及第点だね」


 レクスの軽口にも声色一つ変わらない。面白みはないが、嘘もなさそうだ。


「それで、ご要望は?」

「今、ウルフの戦術AIとデータ戦になってる」

「それを止めろって訳か。元凶は?」

「親父」


 男の言葉に、今度は此方が固まる番だった。空中のモニターだけが静かに流れている。


「親父は今、ウルフの区画にいる」

「……は?」

「だから、大事になる前に止めに行かなきゃなんないんだよ」


 男は自身の頭をぐしゃぐしゃにしながら、盛大なため息を吐いた。


「仮想空間にリンクしてる可能性が高ぇし、そうなら俺が直接行く必要がある。でも俺は戦闘はからっきしだ。そこでアンタ等の出番ってわけ」

「……えーっと、親父さんは何でそんな事を?」

「趣味」

「……は?」


 男は忌々しいと言わんばかりに親指の爪を咬み、貧乏ゆすりを始める。


「くそが……マジでふざけんなよ。何が最適化だ毎回毎回面倒事持ち込みやがってどんだけ俺が尻拭いするはめになってると思ってんだあの糞親父。本当にいなくなってくんねぇかな。もういっそのことウルフの区画で野垂れ死んでればいいのに。あーあー本当に──」

「おーけぃ。事情は分かった。落ち着け」


 男の悪態が終わりそうになかったので、レクスが割って入った。


「兎に角、俺らはお前の護衛をすればいいって訳だな?」


 男がこくりと頷くのを見ると、レクスは迷いなく手を差し出した。


「俺はレクスだ。アンタは?」

「……カムイ。別に覚えなくていい」


 男──カムイはぶっきらぼうに名乗ると、握手を拒むようにレクスの手を叩き落としていた。



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