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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード043 左手の温もり

 レクスが朝帰りをやめた。


 ゼヴィは相変わらずだが、レクスは元の雰囲気に戻っている。無理をしている様子もない。


 ……やっぱり、レクスが夜に帰らなかったのは、あの魘されていた事と関係があるのだろうか。



   ◆ ◆ ◆



 レクスが連日で朝帰りを続けていたとき、どうせまた朝まで戻らないと思っていたから、珍しく夕方に便利屋の扉が開き、少しだけ驚いた。


 いつものレクスの軽口を流しながら夕食を用意し、そのまま整備部屋へ戻る。


 仕事に集中しているうちに、気づけば夜中になっていた。そろそろ寝るかとシャワーを浴び、自室へ向かおうとして──足が止まる。


 すぐ横にはレクスの部屋。


 ……理由はない。ただ、顔を見ておきたくなった。


 流石にいきなり開けるのはよくないから、三回ノックする。けれど、返事はない。


 もう寝てしまったかと自室の方に足を向けて、やめる。


 今、レクスを一人にしてはいけない。


 そんな気がして、ダメだと分かっていながらドアノブを回した。


 小声で名前を呼びながら部屋を覗くと、レクスはベッドに横たわり、静かな寝息を立てていた。


 ……なんだ。私の杞憂か。


 そのまま扉を閉めようとして、レクスが布団も掛けずに寝ていることに気づく。


 仕方がないな、と呟きながらそっと足を踏み入れる。布団を掛けようと身をかがめた、そのとき……。


「う……あ……」


 ビクリ、と肩が揺れた。


 何事かと顔を覗き込む。


 レクスの額には汗が浮かび、呼吸が荒くなっていた。眉は苦しそうに歪んでいて、何かに縋るように呻いている。


 夢見が悪い、どころじゃない。


「レクス!」


 私は揺さぶりながらレクスの名前を呼ぶ。


 でも、呼び掛けても、呼び掛けても、レクスは目を開けてくれない。


「い、くな……」

「レクス! 起きろ!! レクス!」

「……いか、ないでくれ……」

「レクス!」

「あれっ……くす……」

「……レクス?」


 思わず、動きが止まった。


 レクスは魘されながらも、何度も何度も同じ名前を呼んでいる。


 懇願するように。切望するように。


「……レクス」


 ──アレックスって、だれ?


 とっさに出そうになった言葉を飲み込んだ。


 男でも、女でも使われる名前。その人がレクスにとって、どんな相手なのかを私は知らない。


 でも、こんなに必死に呼ぶということは、きっと──


 ……いや。


 その人とレクスがどんな関係だったとか、私には関係ない。今は、魘されているレクスを落ち着かせる方が先だ。


 私はレクスの手に触れようとして……それが右手だったから、すぐさま左手に変えた。


 レクスは、修理以外で右手に触れられるのを嫌う。


 いつも安心をくれるように撫でてくれる手も左手だった。きっと、私が触れていいのは左手なのだろう。


 右手は、私が簡単に踏み込めないレクスとの境界線だ。


 私は、レクスの左手を優しく包み込む。


 レクスが悪夢から解放されるように、祈るように握る。


「……レクス」


 ねぇ、レクス。私、レクスに恩返しがしたい。


 私をどん底から拾い上げてくれたのは、レクスだ。


 アンダーズに落ちてきた私を見つけて、リゼ婆に会わせてくれた。


 私が辛いとき、いつも支えてくれた。


 だから──


「私は、ここにいるよ」


 そのアレックスとかいう人の代わりにはなれなくても。


「レクスの側に、いるから……」


 全部は無理でもいい。


「私にも、その重荷を背負わせてよ」


 半分くらいなら私にだって持てるから。


 どうか、レクスが悪夢から解放されますように。


 そう、祈るように手を握り続ける。


 やがて、レクスの表情がゆっくりとほどけていった。呼吸も少しずつ穏やかになる。


 レクスの額に張り付いた前髪をはらいながら、よかった、と。音もなく呟いた。


「離れようとしているのにな……」


 また一つ。離れられない理由ができてしまった。


 そんな自分に呆れつつ、もう手を握っていなくてもいいだろうと、この部屋から離れるために立ち上がろうとした……が、できなかった。


「……」


 レクスの手が、思いの外強く私を掴んでいる。


 無理に外せば外せるだろう。でも、せっかく穏やかに眠っているのに、それを壊すのは気が引けた。


 仕方ない、と足先で椅子を引き寄せる。近くに腰を下ろし、そのまま様子を見ることにした。


 しばらく眺めていると、今度は私の瞼が重くなってくる。抗おうとしても、どうにも逆らえない。


 ……レクスが目を覚ます前に起きればいいか。


「……少し、だけ」


 ベッドに腕を預け、上半身をそっと乗せる。


 火薬と機械油の残り香に混じる、わずかな体温。それがどうしようもなく落ち着く。


 微睡みのなか、安心する匂いに包まれながら、ゆっくりと目を閉じた。



   ◆ ◆ ◆



 あの日を境に、レクスはちゃんと夜に帰ってくるようになった。


 酒も、強い香水の香りもしない。


 目の下の隈もなくなり、ちゃんと眠れているようで、隠すように安堵の息をつく。


 あの日は思った以上に寝てしまったが、一応、レクスが起きる前には部屋を出た。だからバレていない……はずだ。


 もし勝手に入ったことが知られていたら、と暫く様子を見ていた。けれど、レクスは何事もなかったように接してくる。


 ……うん。多分、大丈夫。


 ま、まぁ。レクスの様子は戻ったみたいだし、ゼヴィの意味の分からない態度も今のところ実害はない。なら、切り出すなら今だろう。


 そう判断した私は、いつも通りレクスが大きなあくびをしながら起きてきたタイミングで口を開いた。


「レクス!」

「……んあ?」


 腰に手を当てながら、手に持っていた端末を掲げる。


「見ろ! お前のツケ、残り半分を切った!」

「おー」


 自分の事だというのに、どこか他人事のような声だ。眠気眼を擦りながら、半目でこちらを見る。


「このままなら、予定より早くお前のツケはなくなりそうだ」

「おー」

「短期間でここまで返せたなら、多少の信用も戻るだろう」

「おー」

「返済とは別に貯金していたクレジットも結構たまった」

「おー」

「と、いう事で。今日はコブラの情報屋のところに行ってくる」


「……ん?」


 それまで気の抜けた声だったのに、そこで初めて、半目だった瞳から眠気が消えた。


「アクシオンギアに関わってそうなやつらと接触できたからな。2人の名前も分かってるし、ソイツらについて調べてくる。今日は帰りが遅くなるかもしれないから、先に夕飯食べてていいからな。じゃ」

「待て待て待て」


 背中を向けた瞬間、制止が飛んだ。


「え、なに? お前一人で行くつもりなの?」

「一人じゃないよ。ゼヴィがいる」

「実質一人みてぇなもんだろ。詐欺られんぞ」

「そこは大丈夫!」


 直ぐ様端末を操作し、再び画面を突きつける。


「ニックさんの紹介で行くから。この前の依頼の穴埋めで、ただで紹介状もらえたんだよ」

「……いつの間にだ」

「お前が朝帰りばっかしてたとき」


 レクスは気まずそうに目を細めた。そして、ボソリと一言。


「……俺も行く」

「別に今日は依頼してくるだけだよ」

「ダメだ。すぐ準備する。待ってろ」


 念を押すようにそう言うと、レクスは素早く身支度を整え始めた。




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