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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード042 資格のない隣ーsideレクスー


 あぁ、消えねぇ。


 酒に溺れても。女に溺れても。血を洗っても。夜を使い潰しても。


 何をやっても、あの光景がこびりついて離れない。


 忘れたくとも、目を閉じれば勝手に再生される。


「……くそっ」


 ここまで酷くなるのは久しぶりだ。


 床に広がる血溜まりの中に立ち、割れたガラス越しに自分の顔を見る。目の下は落ち込み、口元は歪んでいた。


「……酷ぇ面」


 全身が赤く染まり、鉄臭い匂いが鼻につく。


「これじゃ、帰れねぇな……」

「随分と荒れているな」


 思考を断ち切るような声に顔を上げる。すると、ローガンが腕を組み、壁に寄りかかりながら俺を見ていた。


「いや、昔に戻ったと言うべきか」

「なんの用だ」


 俺の言葉に答える代わりに、ローガンは無言でチップを投げてよこす。


「報酬だ」


 俺は無表情のまま、それを受け取った。


「他に依頼は?」

「ない」


 即答だった。


「当分バカンスでもできそうなくらい暇になったところだ」

「随分と平和なもんだな」

「あぁ。働き者の誰かさんのお陰でな……何があった?」

「……」


 ローガンの問いに、俺は答えなかった。


「急にクレジット回りのいい仕事を寄越せなんて、今の(・・)貴様らしくない」

「……いい加減、ツケを返そうと思っただけだ」

「ならば、もう少し慎ましくした方がいいんじゃないか?」


 ストーカーかよ。


 俺の行動を把握してるコイツに、内心で舌打ちする。


「どう使おうが俺の勝手だろ」

「正論だな」


 それ以上、何も言われなかった。


 どうやら踏み込む気はないらしい。ローガンはそのまま背中を向ける。


「……暇になった礼だ。俺の力が必要になったら言え。格安で引き受けてやる」


 そう、去って行こうとする背を見ながら、ふと思う。


「待て」


 気にくわない野郎だが鼻はいい。もしかしたら奴のことも──


「ちょっと、調べて欲しい事がある」


 無言で振り替えるローガン。その視線に促されるように、俺は続けた。


「元レギオンの、アックスという人物についてだ」

「……レギオン?」


 俺の言葉に、ローガンは眉を潜めた。


「歴は貴様の方が長いだろ」

「それでも知らねぇからお前に頼んでんだよ」


 もう二度と掘り返すことはないと思っていた過去に、こんな形で向き合う羽目になるとはな。


「ソイツ……隊長と同じギアをつけてたんだよ」

「何……?」


 ズキリと、自身の右腕のギアが痛む。


「世界でひとつしかない。あの人だけのギアをつけてたんだ」


 あの時の事は、今でも覚えている。


 隊長が、奮発してカスタマイズしたんだと嬉しそうに話していた。



『見ろよエリオン! かっこいいだろ! いやぁ、隊長になってよかったわぁ。ほら、ここをこうすると──』

『へぇ、よかったですね。決裁お願いします』

『興味なしかよ!! でも話すもんね!』

『仕事してください』



 俺が抗議しても、そんなの関係ねぇとギアの自慢話を聞かされた。お陰さまで、残業するはめになったけな……。


 当時の事を思い出し、少しだけ笑みがこぼれる。


 ……だから、奴が持っているのはおかしい。


 似たようなギアならあってもおかしくはない。でも、アレは似てるだけじゃない。このギアそのものだった。


「そんなこと、あるわけねぇのに……」


 隊長が依頼していた技術屋も既に死んでいる。だからこそ、全く同じものがあるなんてありえない。


「……貴様が荒れてたのは、そのアックスとかいう奴が隊長と同じギアをつけていたからか?」

「それだけじゃねぇ……」


 それだけだったら、まだよかったのに。


「似てたんだよ」


 声も顔も、体型も分からないようにしていたのに。


 ずっとあの人を……彼女(・・)を見ていたから分かってしまう。


「戦い方も、余裕ぶって人をからかうみたいな言い方も……ちょっとした仕草の癖も……全部、同じだったんだ」


 ずっと追いかけていた。


 彼女の視線の先が、何処を向いているのかも知っていた。


 歳も離れていたし、ガキだと相手にされていないのも分かっていた。それでも、追わずにはいられなかった。


 奴と戦っている時も隊長の影がチラついた。奴が話すたびに、その影が濃くなっていって感情が抑えられなくなった。


「つまり、なんだ? 貴様は隊長が生きていたとでも言いたいのか?」

「それだけはありえねぇ」


 そうだ。それだけは絶対にありえない。


 あの日、あの場所で、彼女を殺したのは俺だ。


 心臓が止まる瞬間も、目の奥の光が消えていくのも、全部この目で見た。


 あの時の罪を忘れないために奪ったギア。この右腕が、その事実を否定する余地を残さない。


「だから、調べて欲しいんだよ」


 ローガンは視線を外し、しばらく何も言わなかった。


「あんな女、そうそういるとも思えんが──偶然にしては出来すぎているな」


 それが答えだった。


 ローガンは「分かった」とも「引き受ける」とも言わず、ただ一度だけ頷いて、その場を去っていった。



   ◇ ◇ ◇



「……少し、匂うか?」


 俺は自身の服の匂いを嗅ぎながら確認する。


 血の匂いが残らないよう洗ったが、感覚が麻痺して分からない。


 本当は、今日も適当なところで時間を潰そうと思っていたが、ヴィクに言われているノルマを考えると、少し足りない。


 最近は多めに渡してるし、今日ぐらいはいいかとも思ったが……元々は俺のツケだ。さすがに決まりが悪い。


 もっと稼ぎたかったが、ないものはどうしようもない。


「……帰るか」


 今日の夢見を思うと気分が沈むが、考えるだけ無駄だと歩みを進める。



 ……ヴィクには、バレないようにしねぇとな。






 一度、息を整える。いつもの顔を思い出してから、ゆっくりと扉を開けた。


「たでーま」

「レクス、か?」


 最近にしては珍しく早めに帰ってきたからか、ヴィクは目を丸くしながら俺を出迎えた。


「そんなに驚いてどうした? まさか男でも連れ込んでたか? おいおい。そういうのは事前に言っといてくれや。俺だって空気ぐらいは読める」

「はいはい。寒いから閉めて」


 俺の軽口に、ヴィクは呆れたようにため息をついたかと思えば、「飯は?」と端的に聞いてきた。


「……あー、まだ食ってねぇな」

「じゃあさっき作ったの温め直すから待ってろ」


 そう言って、ヴィクは「ゼヴィ!」と猟犬を呼びながら台所の方へと歩いていった。


 俺はその背中を見送りながら、静かに席に着く。


 ヴィクがスープを温め直す横で、猟犬が慣れない手付きで食器を用意している。


 改めて見ると、不思議な光景だった。


 親の仇と普通に接しているヴィクに、どうしてそんな風に振る舞えるのか疑問がつきない。


 内心じゃあ、どす黒い感情が渦巻いてる癖に、どうしてそんなに強くあれる?


 実の親があんな物を作っていたと知って……それを勝手に頭ん中に埋められてたなんて知って……それのせいで変な奴等に目をつけられて、大事なものも奪われて……、普通の女の子として生きることができなくなったというのに……どうしてそんなにも綺麗でいられる?


 俺は、こんなにも汚ねぇのに──


 あの人を殺した後の自分がどれほど酷かったのかなんて……そんなの、俺が一番分かっている。今みたいに落ち着けるまでに数年もかかった。そして、その数年経った今でも、些細なことでこんなにも感情が抑えられなくなってしまう。


 だと言うのに、アイツは……ヴィクはすぐに自分のやるべき事を見つけた。たまに暴走することもあるが、かわいいもんだ。


 まだ十七の少女が、こんなにも前を向いているっていうのに。俺はずっと、あの時から立ち止まったままだ。


 机に頬杖をついて、ヴィクに行儀が悪いと注意されながら笑う。


 なぁ、ヴィク。知ってるか?


 俺がその猟犬よりも汚いことをたくさんしてきたってことを。


 なぁ、知ってるか?


 それを隠したまま、善人面してお前の隣に立ってるってことを。


 知るわけないよな……言ってないんだから……。


 目の前に合成パンとスープが置かれ、軽くお礼を言う。


 ……俺は今、ちゃんと笑えているだろうか。


 ヴィクの前で平然としていられること自体が、もう奇跡みたいなもんだった。その奇跡がいつまで続くかも分からない。


 俺は何も考えないふりをして、用意された食事に手をつけた。






 そして、夜になる。


 俺は自室に戻り、重たい身体をベッドに沈めた。


 またあの悪夢を見るんだろうなと覚悟しながら目を閉じると、案の定だった。


 アクシオンギアに侵された仲間たちが、変わり果てた姿で向かってくる。


 ひたすらに撃って、斬って、殺した。


 考える暇もなかった。止まることも。


 何度も、何度も。動くものは全部殺した。


 最後に残るのは──いつも隊長だった。


 やめろ! 来るな! 違う!!


 声にならない叫びは何ひとつ届かない。


 自分の意思に反して手が動き、引き金を引く。


 倒れる隊長を抱き上げ、泣きながら止めを刺す。そして、右腕を奪った。


 まただ。また、これだ。


 何度殺しても終わらない。


 何度奪っても終わらない。


 ──忘れるな。


 そう、言われている気がした。


 ……こんなにも辛いなら、感情なんて知らないままでいたかった。


 隊長に拾われる前の、命令に従うことしかできなかった、あの頃のままでいられたら──




 そう思った時だった。左手に、温かさを感じた。


 最初は錯覚だと思った。血の温度か、幻覚か。


 けれど、その温もりは消えない。強くもなく、縋るようでもなく、ただただ温かい。


 引き金を引く左手が、誰かに包まれている。


 銃声が遠のく。血の匂いが薄れる。隊長の姿が、霧に溶ける。


『……レクス』


 優しい声に呼ばれ、意識が沈んでいく。


 あぁ……今なら、穏やかに眠れそうだ──。








 目を覚ました時、最初に感じたのは驚きだった。


 何の力も借りず、こんなに熟睡したのは初めてだった。


 次に感じたのは重み。左手が、少し引っ張られている。


 ぼんやりとした頭のまま視線を向けると、そこに小さな手があった。


 ……なんだ、これ。


 指先まで伝わる体温。離れないように、軽く握られていた。


 そのまま視線を上げて、ようやく気づく。


 ヴィクだった。


 椅子を寄せ、ベッドに突っ伏したまま眠っている。俺の左手を握ったまま。


 ──やっちまった。


 見られたくなかった。ヴィクにだけは、こんな姿を。


 俺が必死に隠してきたものを。ヴィクの前では出さないと決めていた、いちばん情けない部分を。


 どんな顔で眠っていたのか、どんな声を漏らしていたのか。考えるほど喉が詰まる。


 そして、夢の中の温もりの正体に気づくと同時に、沸いたのは激しい罪悪感。


 気づいてはいけない事に、気づいてしまった。


「っ、どんだけクズなんだよ……俺ぁ……」


 ヴィクに、仲間の影を重ねていた事には気づいていた。だから、もう二度と失わないように守ろうとしていた。


 でも違った。そんなお綺麗な理由なんかじゃなかった。俺がお前を必死に守りたかったのは──


「お前を守ることで、許されようとしてたなんざ……」


 ヴィクを守ることで、守れなかった過去をなかったことにしようとしていたんだ。


 今思い返せば、俺が平静を保てるようになったのも、ヴィクを拾ってからだった。


 隊長が、あの時そうしてくれたから。俺も同じ立場に立てば、同じように救われると……そんな勘違いをしていたんだ。


「そんなことしたって……なんの意味もないのにな……」


 それでも救われたくて、俺はコイツに執着してたんだ。コイツを守る事で、許された気になっていたんだ。


「滑稽すぎんだろ……」


 そう思うのに、この温もりを手放せない。


『……そうだな。俺はお前がいねぇとやってけねぇよ』


 前に、冗談混じりに言った言葉を思い出す。まさか、本当にコイツがいなきゃダメになってたなんて思わなかった。


 ヴィクの前で平然と出来ていたんじゃない。ヴィクの前だから、俺は平然を保てていたんだ。


 情けねぇ。本当に情けねぇ。


 こんな俺が、ヴィクの側にいる資格なんかねぇ。そんなこと、許されちゃいけねぇ……。


 ……それでも。


 俺はゆっくりと右手を持ち上げた。けれど、ヴィクの頭に触れようとして、途中で止まる。


 この手はダメだ。


 血を奪って、命を奪って、罪を抱え込んだ右手だ。触れていいはずがない。


 結局、動かせたのは左手だった。すでに握られている指先をそっと包む。


 逃げない程度に。眠りを妨げない程度に。ただ、軽く返すだけ。



 これは懺悔でも、優しさでもない。ただの俺のエゴだ。



 なぁ、ヴィク。


 お前が俺から離れようとしてるのは分かってる。そのために、準備してることも気づいてる。


 でもさ、お前はアクシオンギアを壊すつもりなんだろ?


 だったら、きっと綺麗なままじゃいられない。汚い選択を選ばなきゃいけない時が来る。


 目を背けたくなる惨状も、反吐が出るような現実も否応なく突きつけられる。


 ……俺は、そういうのには慣れてるからさ。


 血も、恨みも、後悔も。全部俺が引き受ける。汚れるのは、俺が全部やるから。だから──


 アクシオンギアを壊す、その日まで。


 何でもするから。邪魔はしないから。……隣にいることを、許してくれ……。



 そう祈りながら、左手を握り返したまま目を閉じた。


 情けないことに、その後も悪夢は見なかった。


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