コード041 変化
ゼヴィを回収し、便利屋に戻ってから数時間後。
レクスとゼヴィ。二人のギアの修理が一段落したタイミングで、ニックさんから例のペット捕獲依頼が無効になったという連絡があった。
本当にあのアックスとかいう傭兵が言っていた通りになったなと思いつつも理由を問えば、依頼主の死亡による強制的なキャンセルだと言われ、驚く。
ニックさんは大口の取引先を失ったせいか、電話越しの声は忙しなく、どこか落ち着きがなかった。
『悪いな、埋め合わせはまた今度』
そう言って、通話は一方的に切られた。
プツリ、と短い音がして、受話器の向こうが静かになる。
私はその音を聞いたまま動けずにいたが、しばらくして、ゆっくりと受話器を置いた。
依頼主が殺されたのは……もしかしたら、アクシオンギア絡みかもしれない。
状況から考えるに、依頼主はアクシオンギアに関する何かを手に入れたかった。でも、あの傭兵たちに阻止もかねて口封じされたってところか。ならば、あの傭兵達がアクシオンギアに関わってる線がより濃くなってくるな。
奴等も利用されてる立場か、それとも本格的に関わってるのかは分からないが、少しは前進できそうだ。
そう結論付けたところで、ふと、ラグたちの事を思い出した。
トップスの人間ですら殺される状況で、奴等と直接あった私たちが不用意に近づくのは危険すぎる。
ラグたちと話したい気持ちはあるが、今はやめておこう。せっかくミドルズに引き上げてもらった意味がなくなってしまう。
「……安全が保証されるまでは、関われないな」
口にしてみて、すぐに自嘲が浮かぶ。
アクシオンギアに関わろうとしている時点で、一生そんな保証は得られないのかもしれない。
そんな諦めに似た気持ちを抱きながらも、今後はどう行動するべきかと思考を切り替える。
情報屋に当たるにしても、この状態では無理だ。
レクスもゼヴィも万全とは言いがたいし、私自身も胸を張れるほどの準備は整っていない。
何も考えずに進めば、取り返しのつかない事になってもおかしくはない。踏み込む前に備えを整えるべきだ。
脳裏に浮かんだのは、今日出会った傭兵を名乗る二人の姿。
奴等がどれぐらいの規模の組織か分からないし、レクスもゼヴィも常に側にいるとは限らない。もっと私自身が戦える装備を作っておこう。今のままじゃ心許ない。
私は自身の装備を見つめ、何が必要になるかを考えながら工具を握った。
◇ ◇ ◇
怪しい傭兵達と出会ってから数日。私は自分にあった装備を作りながらも、日々の修理依頼に取り組んでいた。
「ヴィク、ヴィク」
「…………なんだよ」
呼ばれて振り向くと、ゼヴィは私の周囲をぐるぐると回ったあと、すぐ後ろに腰を下ろした。そして、黙ったまま動かない。
何もないのかよと修理作業に戻ってしばらくすると、今度は腕の間に頭を突っ込んできた。
「ちょっ、邪魔!」
そう言いながら頭を押し返そうとするが、まるで動く気配がない。
「ゼヴィ!」
「…………」
強く名前を呼ぶと、ゼヴィは何も言わないまま、背中に額を押し当てるように丸まった。
──ゼヴィの様子がおかしい。
こうなったのは、あのペットの依頼が終わってからだった。
気絶したゼヴィを回収して修理したあと、ニックさんとの通話も終えて放置していたら、目を覚ましたゼヴィが私の名前を呼びながら駆け寄ってきた。
腹でも減ったのかと、適当に破棄予定の部品でも与えようかとしたところ、ゼヴィは私の周囲をぐるぐると回り出したのだ。
戸惑う私を他所に、ゼヴィは近くに座り込んで動かなくなった。けれど、その視線だけはずっと私を見ていた。
あの日から、頻繁に私の名前を呼んでは周囲を回るようになった。理由を聞いても、本人も分かってないのか首を傾げるだけで不明のままだ。
「マジでなんなんだよ……」
まぁ、気にはなるがそこまで実害はないし放置している。それよりも──
「おーい。レクスさんが帰ったぞー」
「……レクス」
「はい、今日の分な」
眠そうな目をしたレクスが、私の手にウォレットチップを乗せる。そのままシャワー室に入っていくレクスの背中を見つめながら、手元にあるチップを強く握った。
……あの日から、レクスは夜になると便利屋を空けるようになった。
帰ってくるのは朝か昼頃。そして、常に強い香水の香りと酒臭さを纏って帰ってくる。
何をしているのか、なんて。分からないほど子供じゃない。
でも、日に日にレクスの目の下の隈が酷くなっているし、香水も酒の臭いも強くなっている。明らかに普通じゃない。
けれど、ツケを返済するためのノルマの額より多めのクレジットは渡してくれるし、止める理由がない。
それに、私の前ではレクスはいつも通りなのだ。不自然なほどに。明らかに見た目は不調なくせに、声も、表情も、雰囲気もいつも通りすぎるのだ。
「……むかつく」
私の事情も、弱い部分も知ってるくせに、自身については何も話してくれない事にも、それを察する事ができない自分にも苛立った。
……まぁ、全く心当たりがないわけじゃないけど。
レクスがこうなったのは、恐らくはあのレクスと同じギアをつけたアックスという傭兵のせいだろう。
アックスと対峙していた時のレクスは、私にも分かるほどの殺気を放っていた。アックスが言葉を発するたびに重くなっていた空気。
やはり、あのギアが関係しているのだろうか?
レクスが使い続けている右手のコンバットギア。アックスはただの支給品だと言っていたが、レクスは確信を持った声色で否定していた。
私もてっきりトップスの量産型コンバットギアの一つだと思っていたのだが、違うのだろうか?
トップス製というだけでもとんでもないクレジットがかかる。ましてや個人に最適化された仕様となれば、装備というより投資に近い。
そんなものが使えるのはトップスの中でも上位層か、あるいは大企業がお抱えする特殊部隊の中でも、将来性があると判断された隊員くらいだ。
……レクスのギアの性能を見る限り、トップスにいたのは間違いない。それも、表に出せない戦闘任務を請け負う側だった可能性が高い。もしかしたら、あのアックスという傭兵と同じ元レギオンだったのかもしれない。
極め付けは、アックスが支給品だと言ったレクスと同じギア。
……もしも……もしもの話だが。
優秀で、使い潰すには惜しくて。将来性があって、失うにはコストが高い。
そういう判断とは別に、個人的な裁量で特別な装備が回されることもある。
公式な記録には残らない。けれど確かに、選ばれたことだけは分かるギア。
レクスもそうやって誰かに選ばれ、あのギアを与えられていたのだとしたら。
そしてアックスも同じ人に、同じように扱われていたとしたら。
それを突きつけられる形になった事実に、レクスが不快感を覚えたとしても不思議じゃない。
……きっと、右腕のギアを与えてくれた人はレクスにとって、とても大事な人なのだろう。
そう考えれば、レクスの執着も、あんな風になる理由も、少しだけ分かる気がした。
なのに……胸の奥に、言葉にできない何かが引っかかる。
「……なんだろう」
胸に残る、この感じ。
「なんか、いやだな……」
私は唇を噛みながら視線を落とす。
……いやいや。何が嫌なんだ。レクスが誰に評価されていようが、誰に気に入られていようが私には関係ない。
私に言いたくない過去があるように、レクスにも言いたくない過去がある。
それでいい。きっと、それでいいんだ。
そう自分に言い聞かせ、私は作業に戻った。
部品を組み立てていく音で心を上書きしていると、時間がかかりそうな作業だったのに、あっという間に終わってしまった。
かなり集中してしまっていたようで、時計を確認すると短い針が左上の方を指していた。
もうこんな時間が。
周囲を見渡しても、もちろんのことレクスはいない。また、夜の店にでも行ったのだろう。
「……寝る時ぐらい、家にいればいいのに」
思わずそんな不満を漏らしていると、ゼヴィにヴィクと名前を呼ばれた。
適当に返事をしながら汚れた工具を手入れしていると、ゼヴィに軽く服を引っ張られる。
「なんだよ」
「メンテはしないのか?」
ゼヴィは自身のギアを見て欲しいのか、腕を広げながらアピールしてくる。
「日点は朝しただろ」
「もっとしないのか?」
「軽整備のこと言ってるのか? 一昨日したばっかだろ。次は再来週だ」
「……」
ゼヴィは不満そうに口を尖らせている。
ゼヴィは整備されることを好むのは知っていたが、ここまで食い下がるのは珍しいなと口を開く。
「追加機能でも欲しいのか?」
「ザイラスをぶち壊したい」
「ザイラス?」
初めて聞く名前に首を傾げていると、ゼヴィは構わず続けた。
「あん時ぶっ壊せなかったから、次は壊す」
「あの時? ……あぁ、ペットの時か」
一瞬なんのことか分からなかったが、壊せなかったという言葉からもしかしてと当たりをつけた。
「必要ないだろ。お前のギアは十分イカれてるよ」
「でも壊せなかった」
「急ぐ必要もないだろ」
「いや、すぐ壊してぇ」
「……ゼヴィ?」
空気がひりつき、思わず名前を呼ぶ。
「粉々にぶち壊す」
「……」
ゼヴィが壊すことに対して、怒りに近い感情を表したのは初めてだった。
レクスといい、コイツといい本当になんなんだと眉を顰める。
「そんなに壊したいのか?」
「あぁ」
「なんで?」
「なんで……なんで?」
私の疑問に、ゼヴィは首を傾げながら珍しくも深刻そうな顔をした。
「ザイラスとの壊し合いがそんなに楽しかったってことか?」
「たのしい……」
なんだ? いつもなら即答するのに、ゼヴィは何度も言い方を変えながらたのしいと復唱している。
「……楽しくなかったのか?」
「いや、楽しかった……でも、楽しくなかった。……なんでだ?」
いや、それは私が聞きたいんだが。
「壊すのは楽しい。壊れるのも楽しい。だから壊し合いは楽しい。ザイラスはうまそうな匂いがした。壊し合いも楽しかった。でも、楽しくなくなった……なんでだ?」
ゼヴィは、自分の中の感情が処理しきれないのか、何度も楽しい、楽しくないと繰り返している。
これは終わりそうにないなと、適当にあしらうかと思ったタイミングでゼヴィが顔を上げた。
「ヴィクは、壊れるのか?」
「いや、壊れないけど」
「壊していいのか?」
「だめに決まってんだろ」
「……そうか」
ゼヴィは「壊したらだめ」と呟いたかと思うと、私の足元に腰を下ろした。さっきよりも近い距離で動かない。
「……変なやつだな」
それ以上は何も言わず、私は工具の手入れに戻った。




