コード040 取引
「取引をしないか?」
取引、だって?
「そういうのは、立場が上か同等の方から提案するもんだろ」
私は改造スタンガン銃を構えたまま、相手を睨みつける。
「人質もいない。腕も故障している。数もこちらが上。なにを材料にするってんだ?」
「そうかっかしなさんな。血生臭いのは嫌いなんだ」
「仕掛けたのはそっちだろ」
「まぁ聞けよ。アンタら、あのペットの捕獲依頼を受けたんだろ?」
相手は機械的な声質とは対照的に、飄々とした態度で言葉を続ける。
「その依頼、取り消されんぜ」
「何を根拠に?」
「うちに正式な依頼が入った。あのペットを殺せってな」
「捕獲ではなく?」
「あぁ。色々あって殺処分することが確定したんだ。優先順位はこっちが上だ」
不審人物は「振り回されるこっちの身にもなってほしいよな」と肩をすくめる。
「だから、遅かれ早かれアンタらの依頼はなくなる。無駄骨は嫌だろ?」
……なるほどね。
ホログラム規制と捕獲からの殺傷処分への変更。そして、決定的なのはゼヴィの旨そうという発言。
間違いない。この依頼、当たりだ。
「アンタらの事は見なかった事にする。だからこっちの邪魔をしない。どうだ?」
「その話は──」
「そのギア、どこで手に入れた?」
私の言葉を遮るようにレクスが言葉を発した。
私が話してたのにと不満の視線を送ったが、レクスの見たことのない怒りの表情に、思わず口を噤んでしまう。
「どこでって言われてもな。ただ支給品だ」
「嘘が下手にもほどがある」
レクスの視線は、相手の右腕のギアから動かない。
「正直に言え」
レクスは自身の右腕のギアに触れながら、睨み続けている。
「さもなくば殺す」
……レクス?
「おいおい。血生臭いのは嫌いっつってんのに」
あの不審人物が言葉を発するたび、レクスがピリピリしてるのが伝わってくる。
レクスが右腕のギアに執着しているのは知ってたけど、それが関係しているのだろうか?
「お嬢さんも同意見なのか?」
でも、不審人物に話を振られ、すぐさま思考を切り替える。
レクスの事は気になるがコイツの情報も欲しい。やっと出会えた情報源だ。このまま逃がしたくはない。
「……そもそも、本当に私たちの依頼は取り消されるのか?」
どうせレクスは話してくれない。なら、私は私のやるべきことをやろうと、真っ直ぐに相手を見る。
「あからさまな時間稼ぎに付き合う気はないんだ」
せめて、コイツが何と関係しているかだけでも知りたかった。
「これは修理屋としての経験談なんだけどさ……壊れかけのギアって饒舌になるんだよね」
「……怖いお嬢さんだ」
怖いと言いながらも、不審人物の余裕そうな態度は崩れない。
「どうしたら信用してくれる?」
「自己紹介の一つぐらいは欲しいね。はじめましての基本だろ?」
「そりゃそうだ」
不審人物は面白そうに肩を揺らしながら言葉を発する。
「ただのしがない傭兵だ。この街じゃ珍しくないだろ?」
「の、割にはいいギアしてんな」
「商売が繁盛してんだ。売り込みは得意なもんでね」
私は不審人物──傭兵を睨みながら銃を握る手に力を込める。
当たり前だけど徹底しているな。
アイツの腕が動かないうちに引き出したいのに、なかなか隙をみせない。
「へぇ、羨ましい限りだな。是非ともご教授賜りたいもんだ」
「お嬢さんみたいな別嬪さんになら教えてあげてもよかったが──」
傭兵はそこで言葉を区切ると、私たちの頭上を見た。
「残念。時間だ」
「!」
私が振り向くより早く、何かが通り過ぎていく。
そして、その何かは瞬く間に走り去っていき、同時に激しい轟音が鳴った。
「ギャハハハハハハッ! 俺様の勝ちぃ!!」
そう、第三者の声が聞こえたかと思うと、ペットが姿を現した。
現れたペットは全く動かない。倒れたままで、完全に息絶えているようだった。
「元レギオンもたいしたことねぇな! アックス!」
「……おいおい。せっかく名乗らなかったってのに」
荒々しい雰囲気を持った人物にアックスと呼ばれた傭兵はため息をついた。
元レギオン? じゃあイクリプス社が関係しているのか? いや、元ならばまだ確定はできない。
「ま、そういう生い立ちなもんでね。商売が上手くいってんだ」
「……なるほど。元トップスのお抱えならあり得そうだ」
あの荒々しい奴はレクスが来た方向から現れた。そして未だに追い付かないゼヴィ。
……遭遇しなかったのだろうか? それとも……まさかやられたのか?
新たに現れた人物を見る。全くの無傷だった。
ゼヴィと戦闘して傷一つ負ってないならば、相当な実力の持ち主だ。私みたいなお荷物がいたら、レクスも上手く戦えないだろう。
……タイムリミットか。
まだ聞き出したい事はあったが、改造スタンガン銃をゆくっりと下ろした。
「捕獲対象が殺されたなら、これ以上争うのは私も本意じゃない」
私は視線だけで後ろを確認してから、荒々しい人物の方へ顔を向ける。
「ねぇ、そこの人」
「……んあ? 俺様か?」
「あっちに私たちの連れがいたと思うんだけど、思い当たるのいなかった?」
そう問うと、その人物は少しだけ考えてから思い出したように頭を動かした。
「あぁ! あのおもしれぇのか!」
「殺した?」
「いいや」
その否定の言葉に、少しだけ息を吐く。
「久しぶりに骨のある奴だったからな。殺るならもっと育った後だ」
「その趣味。本当理解できねぇな」
「てめぇでもいいが?」
「そりゃ勘弁」
傭兵は懐から何かを取りだしかと思うと、流れるような動作で横たわっているペットに向かって投げた。
あれは、回収ユニットか?
「ま、これで取引成立ってことで仕舞いにしようや」
傭兵が投げた回収ユニットは、ペットの手前で転がる。
あんな小さい体でどう回収するつもりなんだと見守っていると、回収ユニットの底面が割れた。
中から伸びてきたのは六歩の細い脚。
昆虫めいた動きで地面を掴み、ユニットは自らの体を持ち上げた。そのまま軽い足取りで歩き出す。
向かう先は横たわったまま動かない巨大なペットの腹部だった。そして、その途中で脚の形状が変わる。
先端が裂け、鋭利な刃になると同時に、回収ユニットが跳ねて腹部に取りついた。ペットの分厚い皮膚をまるで布のように切り裂いていく。
回収ユニットは脚を食い込ませ、ペットの内部へと潜り込んでいったかと思うと、数秒後にぬるりと赤黒いものを纏いながら回収ユニットが腹部から出てきた。
その脚の間に挟まれていたのは──
「っ! 目がっ……」
「レクス!」
回収ユニットが出てくるとともに、レクスが左目を押さえながら背中を丸めた。
ギアの目が反応している……? まさか、ホログラム規制か!? でも、こんなに痛がるなんて何か別の干渉も……っ!
「お嬢さん」
傭兵は語りかけるように私を呼んだ。
「長生きはしたいよな? お互いに」
直接言われなくても、何を言いたいのかは伝わった。
私はレクスの背中を支えながら、ペットの腹部から引きずり出された物体を見る。
出てきたのは大きなカプセルだった。
大型の冷蔵庫を横倒しにしたほどの寸法で、私ぐらいの身長なら容易に入れそうな大きさだった。
恐らく、アレが上が隠したかった物で、アクシオンギアに関係している何かなのだろう。
回収ユニットはカプセルを抱えたまま、今度は脚の本数を増やす。
六脚だったものが、八、十と増殖するように展開され、カプセルをしっかり固定すると、地面から完全に浮いた。
回収ユニットはそのまま上へ上へと上昇していく。
私はカプセルの行き先が気になったが、痛がるレクスが心配ですぐに視線を戻した。
あの傭兵もレクスを見ている。まだ警戒は解けないと、ぎゅっとレクスの服を強く握った。
「仕舞いじゃなかったのか?」
「何もしてねぇよ。アンタのツレは見ちゃいけねぇもんに反応しただけだ。深追いしなけりゃ後遺症も残らんよ」
傭兵が言った事は本当だったのか、カプセルが見えなくなると同時に、レクスの状態も落ち着いていった。
レクスの様子に安堵していると、傭兵──アックスは右腕を軽く振った。
「じゃあな。次に会う時は商売敵じゃないといいな、お嬢さん」
アイツ、演技だったのかよ。
アックスの平気そうな姿に、出そうになる舌打ちを飲み込む。
もう用はないと背を向けたアックスに続くように、荒々しい方も笑いながら付いていく。
だんだんと遠ざかる二人の背中。あの二人の気配が闇に溶けていく中、私はその背中を追わなかった。
本音としては追いかけたい。でも、追いかけても何も出来ないことは分かっているからこそ、ぐっと堪えた。
そのままレクスの体重を支え直していると、レクスがか細い声で私を呼んだ。
「……ヴィク」
「なんだ?」
「悪ぃ……」
その謝罪が何を示しているのか。それを察しながらも私はいつも通りを装う。
「本当だよ。お前のツケのせいで家計は火の車ってのに、とんだ無駄骨だったな」
「……」
「ニックさんにもちゃんと言っといてくれないか? もっときちんとと裏どりしてから回してくれってな」
「……そぉだな」
私の軽口に、レクスの空気が少しずつ戻っていく。
そんなレクスの様子にホッとしながらも、自然と傭兵たちが消えた方へ向く意識。
ゼヴィが反応していたのはあのカプセルだろう。そして、アックスのギアにも。
ゼヴィがアックスに向かってうまいのと言っていた光景を思い出しながら目を閉じる。
全く掴めなかったアクシオンギアについて近づけた。まずはその事に喜ぼう。
そして、次に調べるべきは──元レギオン所属のアックスという人物。
コイツの動向、レギオンでの様子。今の所属や住居について徹底的に調べよう。
ホログラム規制が全くかかっていなかったのをみれば、奴等もアクシオンギアに関わってる可能性が高い。
名前と元レギオンという事が分かっていれば、ナイトコブラで情報を買うにしても何もないよりかは安くなる筈だ。
そう、その名前を胸に刻みながら、ゼヴィを回収するためレクスと共に来た道を引き返した。




