コード039 擬態する殺意
「うわっ!」
飛んできた瓦礫をかわしながら、私は端末に表示される位置情報と、レクスの現在位置を素早く照らし合わせた。
私の目には、レクスが何もない空間に向かって銃を構え、空振りを繰り返しているようにしか映らない。だが、レクスの動きに合わせて崩れる瓦礫の山。遅れて響く衝撃音。
それらが、透明化した違法ペットの位置を断片的に示していた。
「ゼヴィ。周囲に他の気配はする?」
「……しねぇ」
暴れたいからか、敵がいないことを残念そうに呟くゼヴィ。
「分かった。そのまま索敵を続けてくれ」
「俺も壊してぇ」
「ダメ」
ゼヴィのお願いを即座に却下しつつ、私はライドくんを操ってレクスとの距離を一定に保った。
……やりづらそうだな。
先ほどから、レクスは銃しか使っていない。それも非殺傷弾に限定されている。
本来なら他の武器も使える。けれど、レクスのギアは基本的に殺傷力が高い。殺してしまう可能性が頭をよぎり、どうしても踏み切れないのだろう。
やはり、「生きたまま」という条件が足を引っ張っている。
違法個体だとは分かっていたのに……リスク見積もりが甘かった。
あの、手のひらサイズの回収ユニット。
普通なら、小型か中型。多少暴れても、レクスとゼヴィのギアがあれば、武器なしで押さえ込めると見積もっていた。
トップスのペットなら最悪でも抑制機構が入っている。その前提を疑おうともしなかったのだ。
結果、クレジットも気にして準備は最低限で済ませてしまった。
拘束用のネットもない。視認できない相手を可視化する粉塵も、粘着剤も持っていない。非殺で捕らえるための装備が、決定的に足りていなかった。
探知機があれば十分だと、そう、高を括っていた。
なのに、実際の標的は分厚い皮膚。異常な耐久力。擬態能力まで備えている。捕獲前提で相手をする個体じゃない。
これは、最初から殺すことを目的として作られた生き物だ。
こんなのを生かして捕まえろ、なんて。依頼主は正気じゃない。明らかに死人が出る前提だ。番犬にしては殺意が高すぎる。
──あぁ、だからアンダーズの住人に回ってきたのか。
「……つくづく嫌になるな」
この街も。……それに順応していく自分も。
思考を戦闘に戻し、レクスに何か渡せるものはないかと手持ちの武器を確認した。
私のEMP手榴弾は対ギア用。生物相手には効かない。せいぜい目眩まし程度だ。
現実的な選択肢としては改造スタンガン銃くらいか。これもあくまでも対人用だが、非殺傷弾よりはマシだろう。
レクスに渡す武器を決めた私は、片手でハンドル操作をしながら端末の無線装置を起動させた。
ったく。ペットって言うなら、もっと大人しくて愛嬌のある個体にしろよな。こんなのを可愛がるなんて相当趣味が──。
……そこで、ふと引っかかる。
待てよ。このペット、擬態できるんだよな?
最初は周囲の景色に溶け込み、完全に姿を消していた。実際に姿を見せたのは、ゼヴィが本気で殺しにいった攻撃を受けた時だけだった。捕獲前提の攻撃程度じゃまるで反応しない。
今だって肉眼では分からないのは勿論のこと、この探知機の補助がなければレクスの目でも見つけられない。
それなら……なんでこのICチップにホログラム規制まで噛ませてる?
見えない前提なら、ここまで使用者の視覚を誤認させる必要はないはずだ。
しかも、範囲は分からないが、周囲のギアにまで影響する干渉波。端末を通すことで直接の影響は避けているが、周囲の目撃者の視線を逸らしたい意図は明らかだ。
違法個体だからその存在を隠したい。目撃者を出したくない。それは分かる。
でも、位置情報が分かっていても、トップス並の性能を持つレクスの左目のギアですら欺ける擬態能力を持っていた。
輪郭スキャンも抜けるのか? ミリ波レーダーも? 呼吸や筋肉の微細な動きまで誤魔化せるってどんな個体だよ。マジもんの生物兵器じゃないか。
唯一、分かったのはゼヴィの鼻くらいだ。「旨そう」なんて言って、急に殴りかかりやがって。
トップスからの依頼だってのに。間違って殺してたらどうするつもりだったんだ。ラグたちにも影響が……あれ?
うまそう?
「……ゼヴィ」
「?」
「あのペットから、うまそうな匂いがするのか?」
「あぁ。する! ヴィクみてぇな旨そうな匂いがする!」
「っ!!」
私は急いで無線機能の送信ボタンを押す。
「レクス、聞いてく──」
言い終わる前に、何かが私の横をすり抜けた。
ひゅっと息を飲む。
無意識に視線だけで追う。その影は、迷いなく一直線にレクスへと襲いかかっていた。
「レクス!! 危ない!!」
叫んだ瞬間、車体が大きく揺れる。
「……ヒャハッ!」
後部に座っていたゼヴィが、影を追うように跳んだ。
「壊していいの……」
答えを待つことなくゼヴィは影に追いつき、両腕のギアの攻撃ユニットを起動させる。
「見いつけたぁ!!」
迎え撃つように影が動いた。
激しい金属音がぶつかり合い、次の瞬間、衝撃波が炸裂する。
「っ!」
衝撃がこちらまで押し寄せ、反射的に顔を覆った。
「うっ、ごほっ……」
巻き上げられた砂ぼこりが肺に入り込み、思わず噎せる。
「レ、クス……ゼヴィ……っ!」
車体のバランスを保ちながら警戒をしていると、ゆっくりと砂ぼこりが視界から退いていく。
最初に見えたのはレクスの姿だった。
ギアと銃を構えたまま、わずかに姿勢を低くし、視線だけを左右へ走らせている。
撃たない。だが、いつでも撃てる警戒態勢。
その銃線の先。瓦礫の上に立っていたのは、襲ってきた人影だった。
コートを羽織り、全身を覆うプロテクター。身体のラインは分からず、肌は一切露出していない。顔も機械的なマスクで完全に隠されていた。
……いいギアを使っているな。どこの勢力だ? ウルフか? それともジャッカル?
マークが見えないから特定ができない。でも、幹部クラス並のギアを装備しているのは間違いなかった。
不審人物はレクスを一瞥しただけで、すぐに視線を別の方向へ移した。
私の目には、何もない空間。
──まさか!
レクスが即座に反応する。銃口が僅かにずれ、空間が歪む。
見えていない。それでも、そこに「いる」と分かっている動き。
アイツもペットを狙っているのか!?
不審人物は、見えないはずの存在へと迷いなく踏み込む。
「……あはぁっ!」
それを、ゼヴィが見逃すはずもなかった。
地面を蹴る。獣のように低く、しかし無駄のない動き。
背中のハウンドスラスターが短く唸り、爆発的な推進力が瞬間的に解放された。過剰には出ない。着地点まで、計算された位置へと。
「こっちを見ろよ! うまいの!!」
跳躍と同時に、両腕のギアが反応する。
内部で出力制御が走り、パワーブレードは振動数を抑えた安定モードへ。さらにショックユニットが展開され、過負荷を避けた電圧が走る。
ゼヴィの拳が、不審人物の胸元を狙っている。だが、不審人物は即座に後退。ゼヴィの一撃を受け流すように、最小限の動作で衝撃を殺す。
硬質な音が短く弾けた。その拍子に空気が再び歪む。
違法ペットが、動いた。
「レクス!」
私は反射的に叫ぶ。
見えない。けれど、レクスの左目のギアが、確かに何かを追っている。
「分かってる!」
不審人物。ゼヴィ。そして、姿を持たない殺意。
三つの敵意が、同時にぶつかり合っている。
私は歯を食いしばり、端末の表示を睨みつけた。
あの不審人物の目的は分からない。だが、あのペットを殺そうとしているのは確実だ。
ゼヴィも今は不審人物への攻撃に集中しているけど、いつ周囲を巻き込むか分からない。
とにかく、二人をペットから引き離さなければ!
私は腰のツールホルダーに手を伸ばす。
引き抜いたのは短い筒状のユニット。手榴弾射出用の簡易発射器だ。
いつも使っているEMP手榴弾をそのまま先端に差し込み、圧縮セルで弾体を押し出すだけの単純な仕組みとなっている。
放物線は描かない。狙った位置に、真っ直ぐ飛ばす。
ゼヴィの位置。レクスの踏み込み。その外側──不審人物だけを覆う、最小の範囲。
「……動くなよ」
誰に向けた言葉か分からないまま、私は端末の表示と、空気の揺れを重ね合わせた。
正確な狙いはいらない。ただ、範囲内に入る大まかな距離に向かって、指先ほどの射出レバーを引き切る。
短く乾いた音。
EMP手榴弾が弾丸のように射出され、瓦礫の隙間へと突き刺さった。
次の瞬間、淡い光が弾ける。
EMPパルスが、意図した範囲だけを舐めるように広がる。不審人物の動きがほんの一瞬だけ鈍った。
それだけ。でも、その一瞬の隙さえあればいい。
レクスとゼヴィが不審人物に向かって攻撃を仕掛ける。同時に、端末に表示されているペットがこの場から離れようとしていた。
逃がすか!!
私はライドくんのスロットルを限界まで開いたまま、片手で腰に差してある改造スタンガン銃の出力をMAXに引き上げた。
「そっちはお願い!」
「おーけい、無茶はなしだ」
「りょーかい!」
「壊す壊す壊す壊す!!」
不審人物の相手はレクスたちに任せる。
今、優先すべきは違法ペットだ。コイツを見失うわけにはいかない。
私はライドくんをペットの進路へと寄せる。近づきすぎない。だが、逃がさない距離を保つ。
瓦礫、段差、崩れかけの路面。ライドくんが悲鳴を上げるが、構っていられない。
……とりあえず、あの不審人物の近くは不味い。捕まえるにしても、ある程度距離を取ってからだ。
そう判断した直後、背後の空気が不自然に揺れた。
「っ!?」
反射的にブレーキを踏む。だが、反応が遅れた。
視界が横に流れ、遅れて衝撃が走る。
体が宙に浮き、地面に叩きつけられた。肺から一気に空気が押し出され、息が詰まる。
「……っ、く……!」
転がる視界の端に、コートの裾が映った。
まさか、あの二人を振りきってきたのか!?
そう思うより早く、背後から首元を掴まれる。さらに引き寄せられ、喉元に硬い感触が押し当てられた。
刃物か、それともギアの一部か。確かめる余裕もない。ただ、少しでも動けば即座に切り裂かれる距離だということだけは、嫌というほど分かった。
「動くな」
冷たい声。
ノイズを噛んだ機械音声で、男か女かすら判別できない。
でも、拘束はされていない。
腕も脚も自由だ。ただ、首元に添えられたその一点だけで、完全に動きを封じられている。
まずい。このままじゃ殺られる。
けれど、不思議と今すぐ殺そうとする動きは見えなかった。力も必要以上には掛けられていない。
……もしかして、人質にでもするつもりか?
ならば、無理に抵抗するのは得策じゃない。今ここで殺さないのは、私に利用価値があるからだ。
私は意識的に体の力を抜き、従う素振りを見せたまま視線だけを動かす。
レクスたちが追いつくまでの時間を稼ぐ。そのための材料を探すように、不審人物を観測する。
そこで、とある既視感に気づいた。
あの、右腕。
プロテクターの下、関節の動き。内部フレームの癖。
何十回、何百回と修理してきたからこそ分かる。
「……それ」
レクスと、同じ型だ。
口の端が僅かに吊り上がる。
「いいギアを、使ってんな……手入れは甘そうだけど」
「……?」
やっぱり。念には念を入れておいて正解だった。
「修理屋からのアドバイスだ」
私は腰のツールホルダーに指を滑り込ませる。
「直せるってことはな……」
指先が、局所回路遮断装置に触れた。
「ぶっ壊せるってことなんだよ!!」
そのまま不審人物の右腕に押し付けた。
低い駆動音のあと、短いパルスが走る。
「……っ!?」
不審人物の右腕が弾かれたように硬直する。指が開き、首元を押さえていた力が抜けた。
私はその隙を逃さず、肘を叩き込み、地面を転がるように距離を取った。
「……っは」
脇腹の奥が、遅れてきしんだ。体を動かそうとすると、肋の内側に鈍い痛みが走る。
さっき、ライドくんから吹き飛ばされた時の衝撃が、今になって返ってきたらしい。
痛みを堪えながら無理やり体を起こす。そして、改造スタンガン銃を構えた。
だが、不審人物はすでに距離を取っていた。右腕を庇うように下げ、こちらを静かに見据えている。
「……なるほど」
感情の乗らない機械音声。
私は膝に手をつき、視線だけで相手を追った。
「ヴィク!!」
路地の奥から、聞き慣れた声が響く。
「無事か!?」
「……ギリギリな。ゼヴィは?」
「後ろだ。すぐに追い付く」
私は顔を上げ、レクスを見た。
「……お前が逃すなんて珍しいな」
「まぁ、ちょっと……不意をつかれてな」
レクスは一瞬だけ、相手の右腕のギアに目をやり、すぐに視線を逸らした。
「……本当に、なんでもねぇ」
「……?」
その言葉の意味を考えかけて、私は思考を切り上げた。
今は、気にしている場合じゃない。
「……そうか。……から、……なら……」
「?」
不審人物は、何かを整理するように低く呟き、こちらへと顔を向けた。そして一言。
「取引をしないか?」




