コード038 ペット探し
安物のオートコーヒーの匂いと合成パンを温めるヒーターの唸り音。それが混ざり合う、いつもの便利屋の朝だった。
私がゼヴィに温まった合成パンを渡していると、その空気を壊すように突然の来訪者が現れた。
「いよぉう! ツケの返済は順調そうだな、レクス」
来訪者ことニックさんは、満面の笑みを浮かべながら勝手知ったる様子で上がり込んでくる。
「頑張ってるお前のために仕事を持ってきてやったぜ。感謝しろよ」
「今日は朝飯食うのに忙しい。また今度にしてくれ」
「レクス」
ふざけた理由で断ろうとするレクスを睨むと、レクスは「へいへい」と面倒そうに返事をして、朝食の合成パンを全部口に放り込んだ。
私は使い終わった食器を机から引き上げ、そのままニックさんにもオートコーヒーを出す。
ニックさんは「ありがとな」とお礼を言いながら、遠慮なく口をつけた。
「ツケだらけの男のコーヒー、よく飲めるもんだ」
「いい女の誘いは断らない主義なんだよ」
「いい女ぁ? そんなのがいるなら是非紹介してほし──」
……へぇ?
私は何も言わずスパナを持ち上げる。
「……っと、冗談はここまでにしといて、依頼はなんだ?」
「だっはっはっ! 相変わらずだな!!」
私が無表情のままスパナを構えている横で、ニックさんはひとしきり笑い、コップを机の上に置いてから話し始めた。
「今回は上からの依頼だ。アンダーズに迷い込んだペットを探してほしいらしい」
「ペットぉ?」
レクスは眉を寄せ、鼻で短く息を吐いた。
「んなもん生きてるわけねぇだろ。今頃、誰かの腹ん中で居心地良くやってる」
私もその見立ては妥当だと思った。
この街に、自然の動物なんてものはいない。
ペットと呼ばれているのは、トップスの都合に合わせて作られた生き物の形をした製品だ。
たまに、それがアンダーズまで流れてくることがある。そういうのは決まって出来損ない──いわゆる失敗作。
気性は荒く、理性もない。近づくだけで噛みついてくるような危険な生物兵器だ。
もっとも、アンダーズの住人にとっては兵器でもなんでもない。ただの貴重なタンパク質だ。見つけ次第すぐ胃袋へご招待するだろう。
そんな個体ですら速攻で食われるんだ。上の住人が可愛がっているような、無力なペットがどうなるかなんて考えるまでもない。
「そんな事言うなって。あちらさんは、生きて手元に戻ってくることを御所望なんだよ」
「無理だ。その辺に落ちてる骨でも拾って、『最後まで可愛がりました』って言っとけ。ヴィク」
「破棄予定のやつならあるけど」
「十分だ」
「待て待て待て待て」
私がギア用の人工骨を差し出そうとすると、ニックさんが慌てたように制止した。
「今回の依頼主はお得意さんなんだよ。適当に扱えねぇんだ」
「お前の事情なんざ知らねぇよ」
「ラグ達の推薦に関わってるって言ってもか?」
ラグ達の?
私は人工骨に噛みつくゼヴィをそのままに、ニックさんの方を見る。
「上に上がりてぇ連中の口利きをやってもらってんだよ。今後の商売に関わる」
「尚更解せねぇな……」
レクスは足を組み、机を指先で軽く叩いた。
「なんで市警を使わねぇ?」
レクスの疑問はもっともだ。推薦できる権力があるなら、十中八九トップスの人間なのは間違いない。だったら、アンダーズの人間を使うより、市警にクレジットを積んでお触書を回した方が、ずっと綺麗に片が付く。
「それが出来りゃ俺に仲介はこねぇよ」
「……だろぉと思ったよ」
なるほど。つまり違法個体か。
腐っても市警様だ。裏で何をやっていようが、表じゃ法の顔をしてなきゃ通らない。
レクスは「そうやって笑ってる時は、大概面倒事しか持ってこねぇもんな」と深いため息をついた。
「お偉いさんの高等な趣味はほんと理解できねぇ」
「そう言うな。そのお陰で繁盛してんだ」
「違いねぇ」
レクスは肩をすくめ、頬杖をつく。
「ま、探すにしても宛はあんのか? 目隠しして宝探ししろって話じゃねぇよな?」
「そこまで無茶は言わねぇよ」
ニックさんはそう言うと、懐から小さなチップを取り出した。
「これでペットに埋め込まれてるICチップの位置が分かる筈だ」
「おー、用意がいいじゃ……」
チップを受け取り、端末に挿入したレクスが固まる。どうしたのかと覗き込むと、端末は沈黙したままだった。
「……動かねぇんだけど」
「あぁ? そんなわけ……」
ニックさんも色々と試してみるが、やはり反応はない。
焦り出すニックさんを尻目に、私はその端末をじっくり観察する。
……あぁ、そういう事か。
「ニックさん、それ貸して」
「お、おおう?」
ニックさんから受け取った端末を開き、中からチップを抜き取る。そのまま自作端末にぶち込み、軽く操作すると反応が返ってきた。
「やっぱり……」
「え? お前なにしたの?」
「これ、ギアポート用だよ」
私は自分の頭をトントンと指で叩いた。
「人体に接続しないと起動しない仕様になってる。生体データを拾って、位置情報を吐くタイプだね」
そのまま指を走らせ、内部データを解析する。
「うげ……ホログラム規制まで噛ませてんじゃん。相当大事に抱え込んでるみたいだな、ご自慢のペット」
「ちょっと待て」
私が色々と見ていると、口角をひきつらせたレクスが私を見ていた。
「生体データって……じゃあ、なんでその端末に反応してんだよ」
「……」
私は端末を弄っていた手を止めてレクスの方を見る。そのまま、ニッコリと綺麗に笑ってやった。
「いやいやいやいや!? えっ!? 嘘でしょ!? えっ!? ヴィクちゃん!?」
「正規パーツダヨ」
「信じていいんだなそれ!? 信じていいんだよなその言葉!?」
「禁止じゃないなら正規ダヨ」
「おいいいいいいい!!」
レクスに両肩を持たれ、激しく揺さぶられる。
「おまっ、ちょっ……それ!? え!? その、人!?」
「嘘に決まってんだろ」
「ですよね!?」
私のマジレスに、レクスはビックリしたと胸を撫で下ろしている。
……失礼な。流石にそこまで落ちてねぇよ。
「いやお前、いろいろ思い詰めてたから俺ぁはてっきり……」
「私が作ったならまだしも、他人製の違法パーツなんて信用できるか。リスク高すぎ」
「お前、ちょっとそういう気あるよね。俺改めた方がいいと思うの」
どういう意味だ。
「まぁ、解決したなら何よりだ!」
私がジトリとレクスを睨んでいると、ニックさんが豪快に笑いながら立ち上がった。
「報酬も弾むから、ペットの件は任せたぜ! 捕獲したらこの回収ユニットを起動させてくれ」
「ニックさん」
手のひらサイズの回収ユニットを受け取りながら、去ろうとする背中に声を掛ける。
「ラグ達は……大丈夫なんだよな?」
出入り口付近で動かなくなったその背中を見つめているうちに、不安が胸の奥に溜まっていく。
「これ、周囲に対してもホログラム規制が入る干渉波が仕込まれてる……こんな、怪しい人からの推薦で上がるなんて──」
「嬢ちゃん」
私の言葉を遮るように振り返るニックさん。
「この街で長生きしてぇなら、深入りはすんな」
「……」
「大丈夫だ。ちょいと怪しいとこから推薦をもらったのは事実だが、受け皿はまったく別の、関係ねぇ場所だ。そこは信用していい」
既に任せてしまっている以上、今さらどうこう言えない。
ニックさんの言葉を信じるしかないとはいえ、凄く歯がゆい。
「なんだったら、この依頼を完遂してくれたら連絡を取れるようにしてやるよ」
「! 本当か」
「あぁ。だからペットの件、頼んだぜ」
ラグ達と話せる。
その一言だけを胸に残したまま、私はニックさんの背中を見送った。
扉が閉まる音が響く中、私は待ちきれないと、すぐにレクスの方へと体を向ける。
「レクス!」
「……」
「レクス?」
「お前、付いてくる気か?」
眉を寄せたまま、レクスがこちらを見る。
「ラグ達が関わってるなら……」
「アンダーズに流れてきたペット、ちゃんと見たことはあんのか?」
「……遠目でなら、数回」
正直に言えば、それだけだ。だいたいは狩られている最中だったし、あんな化物に一人で近づく度胸なんてない。
「だったらいい」
レクスはそう言うと、回収ユニットを私の手から抜き取った。
「俺か猟犬の近くにいろ。それが条件だからな」
◇ ◇ ◇
棄却区の一角。
硫黄と油、さらに有機物の匂いが混ざった空気は重く、呼吸をするだけで肺の奥まで汚れていく気がする。
探知機が指し示す場所にたどり着いたが、そこに広がっていたのは崩れた瓦礫の山だけだった。
焼け落ちた建材、ねじ曲がった配管、用途不明の金属片。どれも長い間放置され、風が吹くたびに擦れ合って乾いた音を立てている。
「おいおい。マジでもう食われてんじゃねぇの?」
軽口とは裏腹に、レクスの視線は周囲から離れない。
ライドくんがわずかに揺れた。レクスが地面に降りたらしい。私は跨ったまま端末に視線を落とす。
「……食われたにしろ反応は出てる。運が良けりゃ、食った胃袋の側ごと献上するしかないな」
そんな笑えない冗談を口にしながら、端末を腰のベルトに戻した。
「ゼヴィ。そっちから何か見えないか?」
視線を上げ、ライドくんと並走するように瓦礫の山を駆け回っている筈のゼヴィに声を掛けた。しかし、ゼヴィの姿がどこにも見当たらない。
「……ゼヴィ?」
もう一度、少し強めに声を張る。
「ゼヴィ! どこに──」
言い掛けて、言葉が途中で途切れる。
視界の端が暗くなり、風を切る音と衝撃がほぼ同時に来たかと思えば、ゼヴィが目の前に着地していた。
「うわっ!? 急に降りてくんなよ!」
「……におう」
「……は?」
ゼヴィは答えず、鼻先を僅かに持ち上げた。空気を吸い込み、ヒクヒクと鼻を動かす。
「うまそうな匂いがする……」
「お前、何言って──」
「あはぁっ!!」
口が裂けるんじゃないかと思うほどの笑みを浮かべ、ゼヴィは駆け出す。
一直線に、何もない空間へ。
「ゼヴィ! 待て!!」
「ここかぁ!!」
ゼヴィが拳を振るう。
何もないはずの空間に鈍い衝撃音が走った。
「アイツ、何して……」
「ヴィク! 端末を確認しろ!」
レクスの声と同時に、耳障りな音が鳴り響いた。
金属が噛み合わないまま、無理やり動かされているような不快な音。
「なんだよこの音!」
耳を塞ぎながら見渡すと、何もなかったはずの空間が歪んでいた。
いや、歪んでいたのは空間じゃない。背景そのものが、皮膚に貼り付いていたかのようにずるりと剥がれ落ちた。
その奥から姿を現す、緑色の硬質な皮膚。
光を反射し、周囲の景色を溶かし込んでいたそれが、ゆっくりと輪郭を持っていく。
二階建ての建物ほどもある異様な巨体。
「でっっっっっっか!?」
カメレオンを模したのだろうその化物は、喉の奥で金属音を鳴らしながらこちらを睨んでいた。
絶対に、飼育前提で作られた生き物じゃない!
「何あれ何あれ何あれ!?」
「ヒャハハハハハハハハッ!!」
「……これまた、厄介なのを飼ってんな」
カメレオン擬きは再び景色に溶け込む。
その動きを追うように、レクスは冷静に左手で銃を構えた。
「ヴィク、端末の位置情報は送れるか?」
「できるけど……」
「じゃあ猟犬を呼べ。あのままだと殺しちまう」
私は端末を小型PCに接続しながら、端から見れば何もない空間と戦っているようにしか見えないゼヴィに向かって叫ぶ。
「ゼヴィ!」
「ヒャハハハッ!」
「ゼヴィ! 戻ってこい!!」
「ひゃ、は……」
声色を強めると、ゼヴィは名残惜しそうにこちらを振り返った。
「……うまそう」
「ダメ!!」
ゼヴィはしゅんと肩を落とし、渋々こちらへ戻ってくる。
私はライドくんに乗るよう指示しつつ、膝の上でパソコンを操作した。
「わかる?」
「あぁ」
レクスの左目のギアが低く作動音を立てる。次の瞬間、銃口の向きが迷いなく定まった。
「よく見える」
私には何も見えない。それでも、レクスの動きでだいたいの居場所を把握できた。
「距離だけ維持して。動きは合わせる」
「りょーかい」
私はレクスの返答を聞きながら、パソコンをライドくんのハンドル付近に固定してセルを回した。
これだけ派手に暴れていれば、周囲が異変に気づくのも時間の問題だ。標的を晩飯にされる前に捕まえなきゃならない。
私はゼヴィに怪しいものがいたら壊せと投げ、レクスを追うようにライドくんを走らせた。




