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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード037 不機嫌

 私は整備台の端に腰を掛け、組み上げ途中の黒いユニットたちを前に無言で工具を握っていた。


 そのまま作業に没頭していると、横から顔を覗かせたゼヴィが首を傾げながら口を開いた。


「ヴィク、それはなんだ?」

「熱暴走誘発ユニット。限界まで使い込まれたギアを完全に沈黙させる事ができる。年数が経ったギアほど効きやすい」


 ゼヴィは「ふーん」と曖昧に相槌を打ち、深く考える様子もなく次のユニットへと興味を移した。


「ヴィク、それもか?」

「これは過負荷検知モジュール。無茶な出力を続けたギアを内部から焼き切る」

「! ぶっ壊すのか!」

「そうだ。人には無茶すんなって言う癖に、自分だけ無茶する奴のギアを簡単にぶっ壊せる」


 ゼヴィの質問に答えながらも、私は淡々とネジを締め続ける。


「じゃあ、それもぶっ壊すやつか!」

「いや、これは局所回路遮断装置だ。ギアの一部を強制的に止める」

「止める? 壊さねぇのか?」

「あぁ。報・連・相ができないスクラップを躾けるために使うんだ。壊したら聞けないだろ」


「ねぇ、会話が物騒」


 突然背後から加わる声。


 私は工具を置き、不貞腐れた顔のまま振り返った。


「なんだよ」

「露骨すぎるっつってんだ」


 声の主であるレクスはドア枠に寄りかかり、咎めるように私を見ている。


「文句あんなら直接言えよ」

「情報」


 私は嫌なら出すもん出せと、催促すように手を差し出した。


「だぁかぁらぁ! アクシオンギアに関する情報は何もなかったって言ってんだろ!」

「それは私が判断するって言っただろ!」

「あのなぁ!」


 そこまで言いかけたレクスは、言葉を飲み込んでから大きなため息をついた。


「……本当になかったんだよ。情報を渡して終わりだった。お前が期待するようなモンはなんもねぇ」

「……」


 何もない、ね……。


 レクスは私を危険から遠ざけようとするから信用できない。


 ローガンさんはアクシオンギアについて知っている。それも、私よりも多くの情報を持っている可能性が高い。


 だから、どんな些細な会話でも教えて欲しかった。レクスが関係ないと思ったとしても、私が聞けば違うものが見えるかもしれない。


 ……ちゃんと連れてってくれたら、こんな面倒な事にならなかったのに。


 そう、不満が出そうになるが、私は何も言わなかった。


 ただ、右手を差し出したままでいると、レクスは一瞬だけ視線を外してから口を開いた。


「……あー、その……なんだ。代わりといっちゃあアレだが、アクシオンギアが絡みそうな話はこっちに回すようには頼んできた」

「え」

「ニックにも、怪しいギアが絡んでそうな依頼は優先的に回すように言ってる」


 そう言ってレクスは近づいてきたかと思うと、いつの間にか目の前にしゃがみ込んでいた。


「受け取ったクレジット分は働くっつったろ」


 左手が頭に乗った。クシャリと乱暴な感触なのに、不思議と力は入っていない。


「ちゃんと、お前の依頼も頭に入れてっから。安心しろよ」

「レクス……」


 私はその手を頭に乗せたまま、誤魔化すように黒いユニットたちへと視線を戻した。


「……それなら、いい」

「じゃあその手とめてくんない?」


 しれっと作業に戻ると、レクスの制止が入る。


「なんでだよ」

「いやだって……それ、俺のギアをぶっ壊す装置だろ? もういらないだろ? な?」

「念には念をだ」

「信頼とは!?」


 大袈裟に叫ぶレクスを無視して、私は手を動かし続ける。


「ねぇ、マジでやめて。レクスさん、もっとヴィクちゃんに信頼して欲しいなぁって」

「信頼してたよ。お前が隠れて酒を飲むまでは」

「ギギギギクゥッ!? いや、飲んでないよ? 俺、マジで飲んでないから! 俺がそんな事するわけねぇだろ。ちゃんとお前との約束は守──」

「ニックさんから聞いたんだけど」

「アイツ! 黙ってろって言ったのに!!」

「なんだ、鎌かけたら本当かよ」

「嘘嘘嘘! お願い信じてヴィクちゃあん!」

「遅ぇよ」


 床に縋りつくように泣きついてくるレクスを、私は視界の端でやり過ごした。


 ……冗談だったのに。


 作業台の下、隠すように置いてある紙袋に視線を落とす。


 中身を確かめるまでもない。あの瓶の重さと感触はもう分かっている。


 我慢させすぎたかもしれない。だから、少しぐらいならと、出がけに立ち寄った店でワザワザ選んだやつだ。


 ……せっかく用意してたのが、無駄になったな。


 私はレクスの情けない声をBGMに、そのまま作業を続けた。



   ◇ ◇ ◇



 黙々と依頼品を修理していると、同じ箇所ばかりが目についた。


 焼け落ちた放熱フィン。潰れた冷却パイプ。負荷を逃がすはずの中間パーツはどれも限界まで使い切られている。


 ……またか。


 部品箱を確認して思わず出る舌打ち。


 放熱系と分配リレーがまとめて足りない。


 生体側に刺さっているギアは、こんな減り方はしない。使用者に痛みが返ってくる分、無茶はしづらいからだ。


 その点、私がよく引き受けるのはギアの外付けの補機ばかり。痛みを感じないせいか、限界まで使い潰されることが多い。


 そして今回は、似たような無茶をしたギアのパーツが立て続けに持ち込まれていた。偶然にしては揃いすぎている。


 十分に在庫があったはずなのに、気づけば今修理している分しか残っていなかった。


 視線を横に向けると、同じような壊れ方をした外付けのギアが並ぶように置かれている。そのほとんどが明日までが納期の分だった。


 ……少し時間は遅いけど、ディスポに行くしかないか。


「ゼヴィ。ちょっとこっちに──」

「よ」


 善は急げだと部屋を出たところで、廊下に立っていたレクスと鉢合わせた。


「おでかけか?」


 片手を軽く上げながらこちらへ歩いてくる。


「あぁ。部品が足りなくてな。ディスポに行ってくる」

「なら俺が行く。猟犬は置いてけ」

「は?」


 当然のような顔で言われ、眉を顰める。


「急に何なんだよ」

「たまには俺ともデートしようぜ」


 そのまま手首を掴まれ、引っ張られた。


「ちょっ、おい!」


 力は強くなかった。逃げられないほどでもない。なのに、離す気がないような掴み方だった。


「レクス!」


 名前を呼んでも振り返らない。レクスは無言のまま玄関へ向かって歩いていく。


「……なんなんだよ」


 仕方なく付いていくと、背後から軽い足音が重なった。


「ヴィク!」


 振り返ると、ゼヴィがこちらへ駆け寄ってきていた。


「どこ行くんだ? ディスポか? ジャッカルか? ぶっ壊せんのか?」

「ゼヴィ」


 私が口を開く前に、レクスが珍しくゼヴィの名前を呼ぶ。


「お前は留守番だ」

「なんでだ?」


 ゼヴィは不思議そうに首を傾げた。


「三人いちゃ、デートになんねぇだろ?」

「デート? 出かけるってことか?」

「そうだ」

「……壊せねぇのか?」


 低く、少し不満げな声。


 ゼヴィはそう呟いてから、私の方を見た。確認するみたいな目だった。


 私は小さく頷く。


「留守番だ。すぐ戻る」


 数秒だけ迷うような間があってから、ゼヴィは「そうか」と短く返した。


「じゃあ、待つ」


 それだけ言って踵を返す。その背中を見送った後、視線だけでレクスを見た。


 ……レクスの意図は分からないが、わざわざ誘うってことは何かあるんだろう。


 そう思いながら、とりあえずレクスの言う通り二人でディスポへ向かうことにした。






 一番近いディスポは、夜でも相変わらず息をしていた。


 錆と油の匂いが混じった空気。足元には砕けた配線や金属片が散らばり、遠くでは誰かがジャンクを引きずる音が響いている。


 私は慣れた足取りで瓦礫を踏み越え、黙々と部品を拾い始めた。必要なものは視界に入ればすぐに分かる。


 ディスポの日ほどの掘り出し物はないが、レクスみたいな特別なギア用じゃない為、ここにあるので事足りる。


 私は必要な部品を教えようと隣を見る。すると、レクスはすでに同じように屈み込み、無言で手を動かしていた。


 ……妙だな。


 いつもなら「違いが分かんねぇ」と文句を言いながら、適当に掴んでは放り投げるはずだ。それが今日は、私が指示を出す前に必要な部品を拾い上げてくる。しかも、やけに手際がいい。


 軽口も叩かず、淡々と作業を続ける姿がどうにも引っかかる。けれど今は部品集めが先だと、その違和感はいったん脇に置いた。


 そうして拾い集めているうちに、思ったより早く必要数が揃った。いや、それ以上だ。これだけあれば十分すぎる。


「終わりか?」


 帰ろう、と声をかけるより先にレクスが立ち上がった。


「このあと、少し寄りたい場所がある」


 ……なるほど。それが本題か。


「酒なら買わないぞ」

「そういうんじゃねえよ」


 ご機嫌を取って何か買うつもりかと思ったが、それも違うらしい。


 一体何だと訝しんでいると、レクスはいつも通りの軽い調子で言った。


「ただの寄り道だ。すぐに終わる」





 案内されるまま、レクスの背中を追って歩いていく。


 気づけば、拾い集めた部品の入った回収バッグはレクスが持っていた。何も言わず、当たり前のように。


 工場の騒音も人の声も、少し離れるだけで背後に沈んでいった。金属を擦る音が遠のき、足音だけが高架へ続く階段に残る。


 階段を上りきったところで、視界が一気に開けた。


 街の光は下に落ち、頭上には夜空が広がっている。見慣れた色だ。青が黒に溶けていく、いつもの空。


 それでも、今日はどこか違って見えた。


 アンダーズでは、空はいつも途中で途切れる。上を見上げても、ミドルズの建物やトップスの高層区画に遮られて、せいぜい切れ端しか見えない。


 でも、ここは邪魔なものが少なくて、空が奥まで続いているように感じられた。


 思わず足を止めていると、レクスは欄干に肘をつき、空を見上げたまま言った。


「綺麗だろ」

「……うん」


 短く返しながらも、視線は離せなかった。


 空の色なんて、昔から知っている。青いことも、夜になれば暗く沈むことも。


 環境破壊が進んでいるこの街の外では、人は生きられない。それが常識で、前提で、疑う余地のない事実だ。


 それなのに……この空を見ていると、そんな世界の決まりごとが、ひどく薄っぺらく思えてくる。


 上を見上げれば、どこまでも澄んだ色が広がっている。触れられそうで、触れられない距離にあるだけの空。


 ……まるで、この街みたいだ。


 上には綺麗なものがある。でも、下では──。


「俺さ、昔はこの街の外に行ってみたかったんだよな」


 思考を断ち切るように、声が落ちてきた。


 はっとして横を見ると、レクスも同じように空を見上げている。


「この街の浄化装置がなきゃ、すぐに死んじまうって分かってんだけどよ。それでも、結構本気で行ってみたかったんだ」


 レクスは視線を空に向けたまま続ける。


「だからさ……お前が作ってくれねぇか?」

 

 そこで、ようやくこちらを見る。


「天才修理屋様なら、人が外でも歩けるような装置ぐらい作れんだろ?」

「……急に何を」


 私が言葉を探していると、レクスは小さく笑った。


「全部が終わった後でいい。婆さんのとこに行く前に、土産話の一つぐらい持っていこうぜ」

「……」

「外の世界の話なんざ、きっと婆さんもびっくりすんだろうよ」


 ……そういうことか。


 胸の奥で、何かがストンと落ちる。


 一体、レクスには私の考えがどれだけ見えているのだろう。


「お前は正義の味方になりてぇのか?」

「そういうわけじゃ、ないけど……」

「だったら急ぐことはねぇだろ」

「それは……」

「探すなって言ってるんじゃねぇ。壊すなって言ってるわけでもねぇ」


 レクスは目を細め、私から視線を外さない。


「ただな、お前の探し物は、その辺に落ちてる銃じゃねぇ」


 一拍置いて、声を落とした。


「街そのものが金庫だ。アンダーファイブもトップスも、鍵かけて抱え込んでやがる」


 その言葉が、やけに重く響いた。


「手当たり次第に突っ込んで目立てば、金庫に辿り着く前に消される。それこそ本末転倒だろ」

「…………」

「どうせ時間はかかる。だったら、生きたまま確実に行こうぜ。本気で壊したいなら尚更だ」

「レクス……」

「ついでに、婆さんへの土産話も作ってくのも悪くねぇんじゃねぇの?」


 命令でも、説得でもない言葉だった。


「婆さんは、お前が選んだ道なら心配はしても反対はしねぇよ。だから、必要以上に自分を責めんな」

「──……っ! そ、んなの」


 ──『私はずっとヴィクちゃんの味方だよ。この先、貴方がどんな決断をしたとしても、ヴィクちゃんが幸せになれるなら全力で応援する。だから安心して決めなさい』──


「知ってる、よ……」


 そうだ。私は知っている。リゼ婆がそういう人だということを。きっと、どんな選択をしても受け止めてくれる。今の私も、優しく包み込んでくれる。


 そんな事、分かっているはずなのに。


 胸の奥がぎゅっと縮こまる。


 言葉にしたら崩れそうで、私は一歩だけ距離を詰めた。気づいた時には、レクスの服に額を押しつけていた。


 抱きつく、なんて大層なものじゃない。倒れないように縋っただけ。


「おっと、今日は甘えたか?」

「……うるさい」


 からかわれても、離れる気になれなかった。


 レクスの左手が、いつもより優しく私の頭を撫でる。


 その感触が落ち着かなくて、振り払うように、でも逃げるみたいに頭を押し付けた。


 ……レクスはずるい。いつも、ずるすぎる。


 だらしないくせに、ロクデナシのくせに、こういうところだけはすぐに気づく。


 一番、気づいてほしくなくて。


 一番、気づいてほしいところに。


 自然と、レクスの服を握る手に力が込もる。


 ……私が大人だったら。一度でも(・・・・)ちゃんと大人になれていたら、こんな風になれたのだろうか。


 レクスみたいに、余裕を持って前へ進むことが出来たのだろうか。


 レクスの言っていることは分かっている。私がやろうとしていることが、どれだけ大変でどれだけ危ういかも。


 それでも、アクシオンギアと聞いてしまったら、頭がそっちに引っ張られてしまう。


 このままじゃいけない。分かっているのに、動いていないと壊れそうになる。


 なのに、情報は全然見つからないくせに、仇と一緒にいる自分がチグハグで、本当にこれでいいのか分からなくなる。


 何がしたいのか、何をやりたいのか、分からなくなる。


 壊したいはずなのに、本当にこれでいいのか、こうしていていいのかと、怖くなる。


 リゼ婆のお墓の前で誓ったのに。リゼ婆を殺した奴らを、両親の技術を悪用する奴らを、その原因ごと全部ぶっ壊したいと確かに誓ったのに。


 なのに、私は──。


「……いいのかな」


 何が、なんて分からなかった。ただ、誰かに肯定してほしくて零れた言葉だった。


「いいんじゃねぇの?」


 何を、なんて。


 レクスは聞かなかった。ただ、そう言った。


 少しだけ、胸の奥が軽くなる。


 ……結局のところ、私の頭の中にギアがある限り、アクシオンギアから逃げることはできない。


 動いても、動かなくても、結果は同じだ。


 私を狙ってくる人間は、私が壊したいアクシオンギアと関わっている。なら、やるべきことは変わらない。


 まだ、自分を許せるわけじゃない。それでも──


 ほんの少しだけ、急がなくてもいいんじゃないかと、思ってしまった。


「レクス」

「ん?」

「ツケは、許さないからな」

「知ってる」


 短いやり取り。


 それ以上の言葉は要らなかった。ただ、夜空の下で、アンダーズの冷たい風を受けていた。


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