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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード036 覚悟と情けなさと部品泥棒

 掌にはまだ、EMPによるものか、緊張によるものか分からない痺れが残っている。


 ジャグナスの姿が完全に見えなくなり、ようやくリング裏の通路へ足を向けたところで、私は安堵の息を溢した。


 フードをこれでもかってくらい目深に被り直し、吹っ飛んだガスマスクのことは一旦脇へ置く。首にかかっているジャミング装置のバッテリ残量を確認しながら歩き出した。


「全部、壊していいって……まだ、残ってんのに……」

「あぁもう!」


 後ろで肩を落としてついてくるゼヴィは、何度もリングを振り返っては名残惜しそうに文句をこぼしていた。


 この遊び場(・・・)がよほど気に入ったのだろう。全身ボロボロのくせに、まだ壊し足りないと言わんばかりの目で私を見てくる。


 その視線の圧が鬱陶しくなり、観念した私は奥の手を使うことにした。


「帰ったらいっぱい整備してやる! 壊れてる場所以外も全部だ! それでいいだろ!?」

「整備!」


 この言葉だけですぐに機嫌が戻るあたり、単純すぎて助かる。


「本当か! 全部してくれんのか! 整備! 全部すんのか!」

「はいはい。するする。だから大人しく帰るぞ」


 さっきまで肉片で遊んでいた狂犬とは思えないほど、素直に私の後ろへピタリとついてくる。


 まるで散歩と言われて尻尾を振る犬のようだった。


 コイツはギアを整備されるのが戦うのと同じくらい好きらしい。「整備するよ」と言うだけで、いつも嬉しそうに飛びついてくる。


 何故こんなに喜ぶのかは分からないが、利用できるなら利用するだけだ。



 そんな風にゼヴィをなだめながらゲートを抜けると、すぐ先の瓦礫の壁にもたれかかる影が、足元の何かを無造作に踏みつけている姿が目に入った。


「……やっと来たな」


 その影の正体はレクスだった。


 視線を落とすと、ブーツの下に潰れたタバコの吸い殻が見える。


 ……吸ってるとこ、初めて見た。


 腕を組んだレクスは、壁にもたれたままこちらをじっと見据えていた。顔の半分を覆うマスク越しでも、怒っているのが分かる。


「お前さぁ、どんだけ待たせりゃ気が済むんだよ? 情報なんてとっくに取り終えてたんですけど?」

「……待つのは男の甲斐性じゃなかったのか? ちゃんと帰ってきたからいいだろ。色々あったんだよ」

「色々って、リングに飛び込んでジャグナスとやり合ったことか?」


 低く落ちた声に、ぞくりとする。


 レクスは壁から体を離し、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。気づけば、すぐ目の前にいた。


 そして、レクスの手がふっと持ち上がるのが見えた。反射的に肩がすくむ。


 怒られる、と思った。


 なのに、その手は叩きつけられることもなく……そっと、私の頭に置かれた。


 ほんの一瞬、撫でるように指が動く。


 恐る恐る見上げると、怒っているはずなのに目元がふっと緩んでいた。


 ──あぁ、私はこの顔を知ってる。リゼ婆も、私の無事を確認した時に同じ顔をしていた。


 胸の奥がぎゅ、と締め付けられる。その感覚を認めたくなくて、私は慌てて頭を振り、置かれた手を押し返した。


 目線を戻すと、レクスの表情はもういつもの飄々としたものに戻っていた。


「マスク吹っ飛ばすわ、殺られかけるわ。ボス(・・)の心臓を止めさせる気かよ」

「どっから見てたんだよ」

「さぁな」


 ゼヴィが「整備! 整備!」と騒ぐのを横目に、レクスは深くため息をつき、荒っぽく頭をかいた。


「……帰るぞ。今日は子守で疲れたわ」


 呆れたように言うくせに、その足はしっかりと私たちを先導していた。



   ◇ ◇ ◇



「…………腕」

「腕!」


 私は不貞腐れながら、便利屋の一室でゼヴィの整備をしていた。


 ゼヴィは機嫌よく両腕を突き出してきたので、一度に両方は無理だと損傷の軽い左腕だけを戻させて修理を始めた。


 今、レクスはいない。手に入れた情報をローガンさんに渡しに行ったからだ。


 本当は私も行きたかったし、レクスがどんな情報を掴んだのかも知りたかった。


 でも、レクスは「今日はここまでだ。これ以上は余計な火の粉までかぶる」とか言って、半ば強引に置いていった。


「私だって……ローガンさんに聞きたいことたくさんあるのに……」


 今回の依頼の回収屋がアクシオンギアにどう関わっているのか。誰が裏で糸を引いているのか。全部、知りたかったはずなのに。


「あんな言い方されたら……付いてけないじゃんか」


 悔しい。反論したかったのに、何も言い返せなかった自分に余計に腹が立つ。


 アクシオンギアが関わっているなら、じっとなんてしていられない。この覚悟も、あの時の誓いも、本物なのに。


 ──それなのに。レクスに嫌われるかもしれないと思ったら、足が止まっていた。


 別に、その方が一人で動けて都合がいいのに……そう思っていたはずなのに、いざ突き放されると胸の奥がざわついた。


「私の覚悟って……この程度だったのかよ……」


 違う。そんなはずがない。今だって、本当は壊したくて仕方がない。頭の中に張り付いて離れない「これ」だって、今すぐぶっ壊したいのに。


 ……そりゃ、私はレクスみたいに戦えないし、ゼヴィがいなきゃ戦力にもならないけど。


「でも、一緒に行くくらい……別にいいだろうが」


 あんな言い方しなくたっていいのに。


 怒りとも悔しさとも違う、どうしようもない感情が胸に溜まっていく。


「……レクスの、ばーか」


 吐き捨てた声は、ゼヴィの関節に走る火花の音にあっさりかき消された。




 私は自分でも分からないモヤモヤを振り払うように、ゼヴィのギアに集中した。


 両腕、両脚……いつもより丁寧に、ひたすら無心で仕上げていく。考える隙を作りたくなくて、工具を握る手に力が入った。


 そして最後に背中だけだとゼヴィの体を反対方向に向かせ、整備に取りかかる。


 ゼヴィは暴れる様子もなく、ただ嬉しそうにじっとしていた。整備されるのが好きなのは知っている。コイツはいつだって、私が工具を持つと機嫌が良くなる。


 けれど、今日はやけにその様子が目についた。


 喉の奥にひっかかったモヤモヤのせいで、普段なら流すところが妙に気になって仕方がない。


「……ゼヴィ」

「なんだ?」

「なんでそんな……整備(これ)が好きなんだよ」


 そこまで言って、自分で自分に呆れる。


 何を気にしてんだ、私は。コイツが整備を好きな理由なんてどうでもいいじゃないか。所詮道具だ。目的を果たすための道具でしかないんだから。


 どうせ理由も壊しやすくなるとか、もっと暴れられるからとか、そんなところだろう。聞く価値もない。


「いや、なんでもない。忘れ──」

「ノイズが消える」


 ……ノイズ?


「ずっと頭ん中で鳴ってる。鬱陶しいくらい鳴ってんだ。でも、ぶっ壊すと消える」


 どくり、と心臓が嫌な音を立てた。


「ぶっ壊しまくるとノイズが消える。強ぇ獲物と壊し合うのも、すげぇ楽しい」


 これ以上は聞いてはいけないと、身体が警告する。


「ヴィクの整備は、なんか、あったかくて楽しい。ノイズも消えるし、すっげぇ楽しくなる」

「ゼヴィ、もういい」

「なんだろうな、これ。この、あったけぇの。あったかくなると、ヴィクを壊したくなる。もっと音が聞きてぇって。でも、壊してぇのに、変な感じに──」

「ゼヴィ!!」


 気づけば名前を呼んで、言葉を遮っていた。ゼヴィはキョトンとした顔で首を傾げている。


「……作業に集中できなくなるから、黙ってろ」

「分かった!」


 多分、これを聞いたら、私はコイツを道具として扱えなくなる。そう、直感的に感じた。


 いや、そんなわけない。コイツはリゼ婆の仇だ。そんな事あるわけない。


 少しだけ目を閉じて、あの時の光景を思い出す。


 湧き上がる憎悪。触れるたびに蘇る嫌悪。


 ……あぁ、大丈夫だ。私は忘れていない。この怒りは、全然風化してない。


 スッと目を開けて、作業に戻る。


 余計な感情は全部脇に押しやって、ただ目の前の機械だけを見つめた。



   ◇ ◇ ◇

 


 ゼヴィの背中のスラスターは、コイツの機動力の要だ。ここを雑に扱えば、推力バランスが狂って真っ直ぐ走ることすらできなくなる。だからこそ、丁寧にやる必要がある。


 こうして細かい調整に没頭していると何も考えずに済む。


 歪んだフレームを矯正し、焼けた配線の抵抗値を確認しながら黙々と作業を進める。冷たくなった頭のまま、手だけが淡々と動いていく。


 汗を拭いながらこの機会にちょっと改良してやろうと思っていると、ボリボリ、と整備部屋には似つかわしくない音が聞こえた。


 なんの音だよと顔を上げると、ゼヴィがギアの部品を食べていた。


 ……あぁ、いつもの(・・・・)か。


 コイツのこういうところを見ると、改めて規格外だと実感する。


 普通なら即止めるべき行動だが、これはもういつもの光景だった。ゼヴィの身体なら問題なく消化できるし、実際、一度もトラブルを起こしたことがない。


 ゼヴィの体の九割はギアだ。しかも、普通の人間なら腕一本でもオーバースペックになりかねない代物を、コイツの異常な脳は平然と処理している。


 こんなもんが半分もギアになってりゃ十分化け物だってのに……まぁ、生身が少ないぶん、整備する側としては限界を気にせず弄れて助かってるが。


 そんなことを考えながら、私は最後の仕上げに取りかかった。合成皮膚をフレームにはめ、ゼヴィの正面に回り込む。


「ほら、これで終わ──」


 言いかけて、ゼヴィが食っているソレが視界に入り、血の気が引いた。


「ちょっ……おま……!? それ、レクスの!!」

「?」


 よりにもよってそれか!! 普段不要パーツしか食わないから完全に油断してた!!


「それはダメだ! 吐け! 命令だ! ぺっしなさい、ぺっ! いやじゃない!! それいくらすると思っ──」


 部品が入っている箱ごと取り上げようとすると、ゼヴィは首をぶんぶん振って無言で抵抗する。


「ちょっ……強情かよ!!」


 くっそ……この手は使いたくなかったが……。


「ゼヴィ! ほら!! 匂い!! 嗅いでいい!!」

「!!」


 ゼヴィは条件反射のように箱をぽとんと落とし、一直線に私へ飛びついてくる。


「よしっ、これで部品から気を逸らせ──」


 そこまで考えると同時に、ふと気づいてしまう。


「……動けねぇええええ!!」


 ゼヴィの勢いのまま床に押し倒され、腕と脚でがっちりホールドされていた。


 この状態じゃ部品を隠せない!! しかも箱は床の上で完全に無防備!!


 ゼヴィは嬉しそうに頭をすり寄せてくる。


 ど畜生が! とやけくそになりながら必死に足を伸ばし、箱を思いっきり蹴り飛ばした。


 扉の方へ転がっていくのを見届けるが、まだ安心できない。また興味を持たれたら終わる。レクスの部品をこれ以上減らされたら死活問題だ!!


 ゼヴィは基本的に私の命令に従うが、本気で拒否したいときは絶対に従わない。


 もうやむを得ないかと、アクシオンギアで強制的に命令しようとした瞬間。


「おーい。レクスさんのご帰宅ですよー」


 天 の 助 け!!!


「レクスうううううう!! 助けて!! 今すぐ整備部屋にきてえええええ!!」


 私が必死に叫ぶと、面倒くさそうな顔のレクスがのそっと顔を出した。


「おいおい、何をそんなに焦って──」


 光景を見た瞬間、レクスは固まる。


「……お前ら、何してんの?」

「見て分かんだろ!! その箱を隠して!! 早く!!」

「いや、分かんねぇから聞いてんだけど」


 レクスが眉をひそめるが、説明してる暇がない。


「ゼヴィが! ギアの部品を食うからこうして気をひいてんだよ! 分かったらそれ隠して!」

「え、ソイツ部品食うの? 何それこわ」

「言ってる場合か! それ、お前専用だぞ!」

「何してくれとんじゃくそ犬があああああ!!」


 私の言葉で事の重大性を理解したのか、レクスが慌てて箱を隠すように抱える。


「え? 大丈夫なの? 俺のメンテとか大丈夫なの?」

「……一回、ぐらいなら」

「おいいいいいい! おまっ! それ! おまっ!! ちゃんと管理しとけよ!」

「いつもはしてんの! でも今日はちょっと……準備、してたというか……その……と、とにかく! 今日はちょっとたまたま食われたの!」

「たまたまで済むか! こちとらこれに命預けて──」

「……はら、減った」

「やめろおおおおおおおお!!」


 レクスの叫び声が整備室に響き渡り、私は工具を持ったまま頭を抱えた。



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