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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード034 スクラップバザール

 区画の奥へ進むほど、空気は濁り、重くなっていく。


 ただの油と錆の臭いだけじゃない。硝煙の刺激臭、乾いた血の鉄臭さ、そして死体を一定時間放置したときに漂う湿った腐臭が混ざり合い、空気そのものが腐っているようだ。


「……これで何回目の襲撃だよ」


 うんざりと漏らす私の横で、ゼヴィは嬉しそうに笑っていた。


「ヒャハハハハッ!!」


 まるで遊び場を見つけた子供そのものだ。倒れた男の胸骨を踏み砕きながら、肉と鉄片を撒き散らしている。


「いいなぁ! ゾクゾクすんなぁ! てめぇの音ぉ!!」


 本人は楽しそうだが、周囲の景色は洒落になっていない。足元には襲撃者と、既に誰かに襲われたのだろう者たちの身体が転がっている。


 腕がなかったり、眼球だけが残っていたり、骨格フレームだけ綺麗に抜かれていたり。雑然としているのに、妙に慣れた手つきで作業された跡がある。


「ゼヴィ、遊ぶのはそこまで。行くよ」

「ヒャハッ!」


 血まみれの姿で駆け寄ってくるゼヴィは、今日一番機嫌が良さそうだった。


「……あの爺さんが言ってたのは、こういう意味かよ」


 ぼそりと呟いた私に、レクスが軽い口調で答える。


「みたいだな。ここじゃ死ねば商品、生き延びりゃ資産っつぅわけだ。……シンプルで助かる」


 その言葉とほぼ同時に、銃声が一発。犯人はレクスだ。レクスは振り返りもせず、腕だけ後方へ向けて標的を撃っていた。


 後ろでドサリと倒れた男の身体に影が群がる。どこに潜んでいたのか、五、六人が飛び出し、男から使えるものだけを容赦なく奪い取っていく。


 義歯。眼球。埋め込みチップ。人工腱。内蔵コア。ギアが分解される動作が、まるで日常の作業工程のように滑らかだった。


「……狼っていうより、ハイエナだな」

「違いない」


 レクスは飄々と返しながらも、歩く速度がわずかに変わった。背後に注意を向ける角度も、今までより鋭い。


 歩みを進めるほど、人の声は減り、代わりに金属音が増えた。


 溶接、切断、摩耗、擦過音。街というより、動いている巨大な工場の中に迷い込んだような錯覚すらする。


「……というか、私たち狙われすぎじゃないか?」


 最初の方は力量のわからない新参者だから襲撃されてるのかと思っていたが、レクスとゼヴィの強さは周囲の奴らも認識しているはずだ。それなのに、なぜこんなに──。


 そこまで考えたところで、レクスが半目で私を見ている事に気づいた。そして呆れたようにため息をつく。


 ……なるほど、私か。



   ◇ ◇ ◇



「……う、動きにくい」

「我慢しろ」


 体格を誤魔化すために奪ったパーカーは、私には明らかに大きすぎた。


 袖はだらりと垂れ、裾は太ももまで覆っている。サイズの合わないズボンは歩くたびにずれて、腰骨に食い込んだ。


 パーカーの生地には乾いた血と泥が斑点のように残り、ところどころ裂けていて、動くたび布が肌に貼り付く。


 顔も奪い取ったガスマスクで覆われ、手には分厚い革手袋。護身用にと握った鉄パイプは歩くたびに手から落ちそうで、重さ以上に邪魔だった。


「襲撃されるよかマシだろ」


 レクスの言う通り、変装してからは嘘みたいに周囲が静かになった。


 一目で裸身(ネイキッド)だと分かる姿の時は、餌を見つけた肉食獣のように寄ってきたくせに、今はただの通行人のふりで視線すら寄越さない。


「ここじゃ裸身(ネイキッド)は弱さの証だ。……なのに値段だけは高い。皮肉な話だよな」


 レクスも念のためにと、奪った自身の顔半分を覆うガスマスクの位置を指先で整えながら言う。


「つまり、だ。モテる女はそれなりに着飾らなきゃなんねぇんだよ……初めてのオシャレの感想は?」

「最高だよ。息苦しいし、重いし、痒いし、汗もこもるし。自分じゃないみたい。今なら強盗だってできそうだ」

「そりゃあいい。あとはその素敵なアクセサリーを振り回せば完璧だな」


 軽口とは裏腹に、レクスの視線は常に周囲を警戒するように巡っていた。指はすでに引き金にかかっている。何が来ても撃てる、そんな構えだ。


 そうした緊張の最中、不意に目深に被っていたフードが後ろへ引かれた。


「うわっ!? 何、急に……冷たっ!」


 引っ張ったのは、さっきから不機嫌そうな顔をしていたゼヴィだ。


 ゼヴィは私に鼻を寄せ、ガスマスク越しに首元へ顔を押し付けてくる。


 マスクが服の隙間に触れ、ひやりとした感触が走ったかと思うと、ゼヴィは自身のマスクを外して直接鼻を肌に寄せた。


「おい、ここでは嗅ぐな! やめろ!!」

「……知らねぇ匂いがする。……壊してぇ」

「壊すって何を──ちょ、待っ……ひぅっ!?」

「はいはいゼヴィくん、離れなさい。今のはアウトだ。犬でももうちょいマナーあんぞ」

「……ふん」


 レクスが首根っこを掴んで引き離すと、ゼヴィはしかめっ面のまま鼻を鳴らした。


 まるで、主人の体に他所の犬の匂いがついて拗ねている飼い犬そのものだった。


 ゼヴィは諦められないのか、私の背後に張り付き、慣れた匂いを探すみたいに何度も呼吸を繰り返してくる。


 あまりのしつこさに頭にきた私は、近づくなという意味を込めて、ゼヴィの顔にガスマスクを押し付けた。


 ゼヴィは露骨に嫌そうな顔をしてマスクのベルトをいじっていたが、私が睨むと、しょんぼりと触るのをやめて装着した。



 ……コイツ、隙あらば私の匂いを嗅いでくるんだよな。アクシオンギアってそんなにいい匂いするのか?


 試しにガスマスクを少しだけズラし、スンッ、と自分の体を嗅いでみたが、やっぱりわからない。むしろ、今は汗で蒸れてて最悪だった。


 ……とりあえず、帰ったらすぐシャワー浴びる事が確定した。





 そんなことを考えながら黙々と歩いていると、前方の通路が途切れ、視界が開けた。


 どうやら廃工場の搬入口跡らしい。崩れた壁の向こう側には、巨大な空洞と、それを囲うスクラップの街が沈んでいた。


 廃ビルや倒壊した鉄骨、解体途中の工場跡。それらが無造作に積み上がり、外界を遮断する巨大な囲いになっている。


 壁には装甲板や切断された義肢、人工筋肉、無表情な頭蓋ユニットが埋め込まれていた。


 人間の声、ギアの駆動音、怒号、笑い声。どれも単体なら流せるのに、全部が混線して耳を汚す。



 ──ここが、スクラップバザール。


 見下ろす先、空間の中央には、金属片と溶接痕だらけの巨大なリングがそびえていた。距離があるのに、そこから響く歓声と衝撃音が空気を震わせている。


 周囲には違法パーツ屋、解体屋、闇診療所と、並ぶ店は全部イカれたラインナップだ。


 解体されたギアの腕や脚が乾燥ラックのように吊られ、観客席には血か油かわからない黒いシミが点々と残っている。


 奥では血まみれのギア部品がオークションに出され、落札のたびに嘲りと笑いが跳ねる。この通りを抜けるだけでも気分が悪くなった。


 私は何とか平常心を保ちつつも、崩れたスロープを降り、リングへ向かう導線を辿る。すると、入口らしき簡易ゲートが見えた。


 廃材を組み合わせた粗末な台。その前で、身体の半分以上をギア化した男が、通行者を無表情にスキャンしている。



 この場所を教えてくれた老人は、ウルフの回収屋は落とす場所が決まってると言っていた。情報も、脅しも、腕も、全部そこで取引されると……。


 ここまで歩いてきたが、写真の男らしき姿は一度も見なかった。聞き込み調査をしたいところだが、この空気だ。情報より先にトラブルの方が寄ってくるだろう。


 ウルフでは力こそ正義。


 それを示せなければ、最初の聞き込みみたいに相手にもされない。でも、逆に力さえ証明できれば、情報の方が寄ってくる。なら、やることはひとつだ。


 ここに入った瞬間から視線が向く方角。音が集中し、歓声と怒号と金属音が混ざり合う場所。血と油と熱気が渦巻く中心。


 あのリングが、スクラップバザールの心臓。



 ──どうせ暴れるなら、一番目立つ場所じゃないとね。


「郷に入れば何とやら、か……」


 レクスと視線が交わる。言葉はいらない。互いにほんの僅か顎を下げ、歩を進めた。


 私たちが近づくと、男がクリップボードを持ち上げ、面倒そうに声をかけてきた。


「おーい。そこの連中、新規か?」


 クリップボードには血と油で汚れた数字と刻印。男の瞳のギアが、こちらをじろりと走査する。


 けれど、視線がゼヴィに止まった瞬間、男の目つきが変わった。


「……へぇ。いいギアだな。どこの店だ?」

「私だ。売るのはコイツじゃなく、腕の方」


 淡々と返すと、男は喉の奥で笑い声を漏らした。


「ハッ、いいぜ? そういうのは嫌いじゃねぇ」


 男はギアの腕でゲートを指し示しながら言う。


「ルールはひとつだ。動けなくなるまでやり合え。死ななきゃ価値がつく」

「死ななきゃ、ね。……聞いたかゼヴィ」

「アハァッ!」


 私が問いかけると、ゼヴィは笑いなのか呼吸音なのか判別できない声を漏らした。その興奮を表すように内部のギアが反応し、微かな通電音が走る。


 ……ここから先は油断したら終わりだ。狩られる側じゃなく、狩る側として立ち回らければならない。


 私は深く息を吸い、頭の中を切り替える。


 そのまま三人で簡易ゲートへ向い、境界線を跨ぐと、空気の温度が変わった。


 歓声、罵声、笑い声、賭け声。熱を帯びたノイズが混線したまま押し寄せ、観客席のギアの眼がこちらを品定めするように光っていた。


「なんだ? 新規か?」

「ガスマスクにパイプ。冗談かよ」

「いや後ろの……あのギア、スペックは生きてんのか?」


 ざわめきがねじれ、狙いを持つ。視線の中心にいるのは私でもレクスでもない。──ゼヴィだ。


「プランは?」

「一時間」


 レクスの口角がわずかに上がる。


「了解。なら俺は回収屋を探す。ゲートの外で合流だな」


 力を見せれば情報は寄ってくる。……けど、本命はそこじゃない。


 視線、ざわめき、賭け率の変動、空気の張り。寄ってくる奴より、隠れようとする奴のが当たりがデカい。


 そういう沈黙の動きを掴むのは、レクスの得意分野だ。


「ゼヴィ」


 私は視線をゼヴィへ向ける。


 表情は下半分のマスクに隠れて見えないのに、その目元だけで口角までつり上がってるだろう事が分かった。


「命令だ……思う存分、暴れろ」

「ヒャハッ!!」


 私の言葉が言い切ると同時に、ゼヴィが意気揚々とリングへ飛び込んだ。直後、前にいた男が怒鳴る。


「おいオイおい! 順番守れよ新入り!」


 猿ぐつわみたいな顎装甲のギアをつけた男が近づき、ゼヴィの肩を乱暴に掴もうとした。が、それよりも早く視界の端で影が揺らいだ。


 それがゼヴィだと理解する前に、空気が裂けたような感触が残った。


 気づいた時には、男の右腕がなかった。


「……は?」


 肘から先が荒々しく消えている。落ちてもいない。転がってもいない。まるで世界から切り抜かれたような、不自然な欠落。


 一拍遅れて、血飛沫と油煙が舞い上がる


「ッッぎゃあああああああ!!!」

「関節折れた!? いや千切れてる!?」

「何だよ今のッ!」


 話題の中心であるゼヴィは、ゆっくり顔を上げた。


 ズレたガスマスクの下から、赤黒い金属片の腕が唾液まみれでぶら下がっていた。


 ゴリゴリと咀嚼する音。続いて、ボトリと落ちる残骸。


 何を食べているか、なんて考えるまでもない。男の腕は、ゼヴィが食いちぎっていた。


「……たりねぇ」


 低く吐かれた声。ゼヴィは親指で血のついたマスクを雑に戻し、喉の奥でくぐもった笑いを漏らした。


「もっとだ……」


 誰かの叫びを合図に、次の挑戦者がリングへ飛び込んだ。


 ゼヴィの反応は速すぎて、視線が追いていかれる。


 止まったかと思えば、すでに拳が相手のギアの装甲を砕き、膝が内側へ折れ、喉元の人工筋肉が引き裂かれていた。


「もっと聞かせろよ!」


 断末魔も、抵抗も、追いつかない。


「てめぇらの壊れる音おおおおおおおおおお!!」


 ゼヴィは血と破片を浴びながら、楽しそうに笑っていた。同時に、爆発したように湧く観客席。


「賭けるぞ!! 新入りに千クレ!」

「アレ、ただのコンバットギアじゃねぇ! 処理速度が異常だ!」

「早く次の奴出せよ!!」

「ヒャハハハハハハハハハハハハ!!」


 熱気が一気に肥大化する。


 よし、狙い通りだ。


「レク──」


 私は隣にいたレクスに声をかけようとしたが、すでにいなかった。どうやら騒ぎに乗じて姿をくらましたようだ。


「いつの間に……」


 ほんの数秒前までそこにいたのに。……相変わらず、必要な時は仕事ができる男だ。


 まぁ、早くいなくなってくれたのは都合がいい。


 レクスがいない方が動きやすいし、今の私には回収屋よりアクシオンギアの手がかりの方が重要だ。ここならレプリカが転がってる可能性もあるし、ゼヴィの鼻があれば見逃さない。


 依頼はレクスに任せて、私は私の目的に集中しようとしたところで、革手袋の内側に違和感があった。


「……ん?」


 指先に引っかかる紙。取り出して開くと、汚れた折り目の真ん中に短い文字。


『ちゃんと見てるからな』


 それは、短いくせに鬱陶しいほど意味を含んだ文字だった。


 その一文だけで、私が何を考えてるかレクスには筒抜けだったことが分かる。


「……バレてんのかよ」


 紙を折りたたみながら、私は小さくため息をつく。


 釘を刺された、というより先回りされた感覚だった。


 ほんと、こういう時だけ抜け目ないよな。……だからといって、引く気もないけど。


 これからどう動こうかと視線を上げると、リングの中央で、ゼヴィがこちらを振り返っていた。


 落ち着きのない目。けれど獣が主の声を待つ時のような、妙な期待と渇きが宿っている。


「なぁヴィク!! 壊していいんだよな!? ここにあんの、全部壊していいんだな!!」


 観客の歓声も罵声も、今この瞬間は全部背景だ。


 ゼヴィの声だけが真っ直ぐに届く。


 私は顎をわずかに上げ、短く命じた。


「……好きにしろ」


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