コード032 蛇の匂い
ついに……ついにできたぞ……!
「ジャミング装置いいいいいい!!」
勢いのまま、完成したゴーグルを掲げる。
こんなに早くできるなんて嬉しい誤算だ! 嬉しすぎて今にも涙が出そうだ!
レクスのクソみたいなツケの総額を聞いた時は心折れかけたけど、ニックさんの掘り出し物のおかげで助かった……。
マジでありがとうニックさん! 心の中で感謝の土下座を五回はやったよ!
そんな感動の熱が冷めぬまま、装置を頭に装着する。流れるように起動させると、探知機のランプが落ちた。
反応が消えた。周波数もゼロ……っ、成功だ!!
「ゼヴィ! ゼヴィ! こっち来い!!」
「?」
私は興奮したままゼヴィを呼ぶと、ゼヴィは不思議そうに首を傾げる。
「どうだ? 私から美味そうな匂いはするか?」
自信満々にそう問いかけると、ゼヴィは鼻をひくひく動かしながら距離を詰めて来た。
……まぁ、結果は聞くまでも──
「うまそう! うまそうな匂いする!!」
「ド畜生が!!」
私は叫びながら膝をつき、拳で床を叩いた。
ゼヴィが執拗に頭を嗅いでくるが、構う気力もなかった。
「探知機は止まってんのに……なんでするんだよ……!」
私は床に突っ伏したまま呻く。
装置の理論は合っているはずなのに! 計算も動作も問題はなかった。一体何がダメだったんだ?
……もしかして、配線材か?
旧式のカーボンメッシュは高周波に弱い。干渉波逃がせず回路内で反響──いや、それだと探知機どころか装置自体が不安定になるはずだ。
じゃあ単純な冷却不足か?
軽量化優先して放熱削ったから周波数がブレ……いや、それでもここまでは反応しない。
考えて、考えて、思考を巡らせていると、ふとある考えに辿り着いた。
……待てよ。猟犬が分かるのは別に良いのでは?
探知機は誤魔化せている。つまり、私の作った装置は正常に機能しているんだ。それでもゼヴィが反応するということは。
「……お前の鼻、イクリプス製より高性能ってことかよ」
内心は複雑だが、これは使えると思考を切り替える。
情報がほぼゼロの状態で、オリジナルを探すのは困難だ。その中で、トップスでも現役であるジャミング装置を突破できるってんなら、願ってもない事だろう。
「装置は完成した。なら、やることは一つだな」
私は工具を片付け、立ち上がる。
「ゼヴィ、出張修理に行くぞ」
これで、堂々と外に出られる。修理という名目があれば、レクスにも詮索されない。
私はバッテリー残量を確認しつつ、ニヤリと口角を上げた。
「荒稼ぎの時間だ」
クレジットも情報も、ガッツリ手に入れてやる!
──と、意気込んで来たのに……。
期待して踏み込んだジャッカルの区画。けれど、全て空振りに終わり、アクシオンギアのアの字すら掴めなかった。
「なんっつっでだよ!」
まさに前途多難。
私は路地裏で不満を叫び、両手で頭を抱えた。
割れたネオンが瞬き、違法ギアの看板が目に刺さる。治安の悪さは一級品なのに、情報は欠品中ってどういうことだ。
「ここに来れば、少しぐらい手がかりが見つかると思ったのに……」
白衣の男も、ゼヴィもジャッカルと繋がっていた。この区画に何かあるのは間違いない。だから、情報はゼロでもゼヴィの鼻が多少は反応すると思ったのに、全然だった。
「イクプリスより高性能ってんなら、それらしき物を扱ってる店くらい見つかると思うだろ普通」
現実はそんなに甘くないって事か。やっぱ、順当にクレジットを貯めて、情報を買ってから動いた方がいいのか?
……レクスのツケ、どれぐらい残ってたっけ……考えたくないな。
私は息をひとつ吐き、座っていた場所から軽く跳ねるように降りた。
着地した瞬間、背後から鈍い音とかすれた呻き声が漏れる。
──ああ、そうだ。今まで座ってたの、コイツらだった。
山のように積み重なった男たちを冷めた目で見る。
ジャッカルの区画に入ってから、ずっと気持ち悪い視線がつきまとっていた。
余計な揉め事は避けたかったし、最初は無視して回ってた。
でも、情報は全く見つからず、代わりに増えるのは鬱陶しい気配と視線ばかり。
流石にイライラして、コイツらが好きそうな路地裏に来たら、案の定だった。
……まぁ、ほんの少しだけ期待もしてた。もしかしたらオリジナルに関する情報を持ってるかもしれない、なんて。
もちろん、そんな都合のいい展開はなかった。コイツらの目的は私だ。
私の見た目は完全に裸身だ。この御時世、裸身は珍しい。そして、珍しいものは売れる。単純で、お粗末で、救いようがない理由。
前まではロザリオの区画に住んでたから大丈夫だったけど、今後はこういった連中にも気をつけないとな。
私はフードを目深に被りながら視線を横に流すと、ゼヴィが最後の一人を壁に叩きつけながら、楽しそうに拳を振っていた。
血、歯、そしてうっすらと尿の匂い。
……ほんと、容赦がないな。
「ヒャハハハハッ! もっと聞かせろよぉ! てめぇの壊れる音ぉ!!」
「ひ、ひぃ、やめ──っ!」
でも、その方が安心する。
コイツが化物であればあるほど、気が楽になる。
人じゃないからこそ、割り切れる。
「ゼヴィ」
名前を呼んだだけで、ゼヴィの拳が止まる。獣が耳を動かすようにこちらへ振り返った。
「帰るよ」
「帰る……終わり、か?」
「そう。おしまい。分かったら、そのスクラップを置け」
ゼヴィは不満そうに唸りながらも、手を離す。
男は震えながらズリズリと後退りし、倒れている仲間を見捨てて路地の影へ逃げていった。
残ったのは血の匂いと、微妙な後味の悪さ。
「無駄に絡まれただけだったなぁ」
「……もっと壊したい」
「ダメっつってんだろ」
私はゼヴィの口に、オートミートで作られたジャーキーを突っ込む。
この区画で買った物だが、失敗だった。
粗悪肉をごまかすために化学塩で殴りつけただけの岩塩みたいなジャーキー。普通の人間なら、一口で喉が悲鳴を上げる代物だ。そのままでは食べられたもんじゃない。
これで無駄口は叩けんだろと思っていると、なぜか喜ぶ猟犬。
「うまい! もっとくれ!!」
「…………あ、そう」
コイツの舌、どうなってんだよ。
私はこめかみに指を当て、残りのジャーキーも与える。
……とりあえず、籠ってるときよりはクレジット稼げたし、今日は良しとするか。
私は近くの壁に立てかけていたライドくん2号にまたがる。
「ゼヴィ、食い終わったら乗れ」
そう言った数秒後、背中が沈む感覚。後ろを見ると、ちゃんとゼヴィが飛び乗っていたので、セルを回した。
◇ ◇ ◇
煙たいラッドスパンの路地を抜け、しばらく走ると、薄汚れたネオンの下に便利屋の灯りが見えてきた。
私はライドくん2号の速度を落とし、前に滑り込むように止める。
ゼヴィが降りた気配を確認してから、ライドくん2号を押してガレージの中に入れ、盗難防止ロックをかけた。
そのまま便利屋の扉を開ける。
「ただい──」
「断る」
すると、レクスのいつもの調子じゃない声が飛んできた。
どうしたのだろうかと視線を室内に移すと、見慣れたソファ前の椅子に、ローガンさんが座っていた。
「ローガンさん? なぜここに?」
「あぁ、ヴィク。ちょうどよか──」
「ヴィク、聞くな。お前は部屋に戻れ」
レクスは険しい顔つきのまま、ローガンさんの声を遮る。そんな、室内に流れる重苦しい雰囲気に戸惑いつつも口を開く。
「レクス、どうしたんだ?」
「いいから、こいつが帰るまで部屋に──」
「アクシオンギアを嗅ぎ回ってるやつがいる」
「!」
「てめぇ……!」
レクスが机越しにローガンさんの胸ぐらを掴んだ。私は反応が追いつかず、その場で固まる。
「……てめぇんとこのくだらねぇ揉め事にヴィクを巻き込むな」
「なんの話だ? 俺はただ、依頼内容を話してるだけだが?」
「見え透いた手ぇ使いやがって! 俺だけでいいだろ!!」
「ちょっと待てよレクス! 」
私はローガンさんに掴みかかっているレクスを止める。
「依頼って……アクシオンギアってどういう事だよ!」
「コイツの世迷言だ。気にする価値もねぇ」
「じゃあ何でそんなにキレてんだ!!」
自分の声が思ったより強く響いた。
「本当に世迷言なら、お前は流すだろう」
「ヴィク、これは本当にあぶ──」
「関係ない!!」
レクスは一瞬だけ口を閉ざし、何かを飲み込むように歯を食いしばった。その隙にローガンさんに聞く。
「ローガンさん。私にも依頼内容を教えてください」
「ヴィク!」
「レクスは黙ってて!」
レクスが私の身を案じてるのは分かっている。けど、アクシオンギアの手がかりがあるなら、無視はできない。
「──ある場所を探っている奴がいる」
ローガンさんは、そう言って一枚の写真を投げるように机の上に置いた。その写真には、一人の男が写っている。
「レプリカの研究、廃棄された試作体……血の猟犬が潜伏していた施設だ。今は灰しか残っていないが……」
私は一瞬だけゼヴィを見て、直ぐに戻す。
血の猟犬……恐らくそれは、私が囚われていた場所の事だろう。
「そいつはアイアンウルフの回収屋だ。……だが、蛇だ。外飼いのな。ヴァイパーの名を借りて動いている」
蛇、ね……つまり、ヴァイパー内部の誰かが探っているということか。
「目的は?」
「俺の首だ」
「!」
自身の命を狙われているというのに……ローガンさんの声は、冷たくも淡々としていた。
「な、んで……ローガンさんが?」
「早く出世した奴ほど、落としたい人間は増える。その上──アクシオンギアの存在を止めようとする者は、この街では目障りのようだ」
ローガンさんの言葉に、鼓動が跳ねた。嫌な意味で。
「依頼はひとつ。蛇と繋がる証拠を持って来てほしい。生死は問わない」
そこでローガンさんは言葉を切り、ほんの少しだけ視線を動かす。
ゆっくり、意図的に……逃げ道を塞ぐみたいに私を見た。
「これはレクスへの依頼だ。……だが」
その先を言わなくても、意味は伝わってしまう。
「……見て見ぬふりをする性格じゃないことぐらい、理解している」
それが誰をさしてるのかを、すぐに分かった。
ローガンさんは、私が動く前提で話している。
ローガンさんは知っているんだ……私がアクシオンギアを追っていることを……そして、それを聞いたら黙っていられないことも。
「……貴方は、どこまで知っているんですか?」
「何も」
嘘つき……。
レクスが舌打ちをする音が聞こえた。
……なるほど。だいたいの流れは読めた。
恐らく、ヴァイパーの中で何かしらの内部抗争が起きている。そのせいで、ローガンさんの立場が揺らいでいるんだ。
けれど、それを表に出したら今度はヴァイパーごと他のアンダーファイブに食われかねない。
だからこそ、無関係の便利屋を使って、静かに蛇の尻尾だけを切り落とそうとしているのだろう。
でも、……そこで話が終わるなら、まだ分かる。
問題は、なんでその流れの中に私まで組み込もうとしているのかだ。
ローガンさんが何を考えて私を巻き込もうとしているのか。なぜ、わざわざ私を使おうとするのか……そこだけは、どう考えても分からない。分からないけれど。
でも──アクシオンギアに繋がるなら。
レクスが何を言おうと、ローガンさんの思惑がどうであろうと。
私は、動くしかない。




