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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード031 終わりを抱いて生きる

「よぉ! 嬢ちゃん、息してるか?」

「ニックさん!」


 今日も今日とてレクスを仕事に追い出した私は、ニックさんの訪問を温かく迎え入れた。


「メンテですよね? こっちです」


 ニックさんが便利屋に来たのは、レクスのツケの総額を聞いたときに約束したメンテを受けるためだ。


「おいおい、なんだよその他人行儀な口。俺の顔を忘れたのか?」

「い、いや……。一応、今日はお客様だし……」

「だっはっはっ! そんなもん気にすんな。ほら、ついでに良いモンを持ってきてやったぜ!」


 そう言って、ニックさんは腰のバッグから、擦り切れた布に包まれた小さなケースを取り出した。


 古びた金具が外れ、中からさらに丁寧に布で包まれた何かが現れる。


「それは……?」

「タダで受けるのも気が引けてな。ちょいとした礼だ」


 そう言いながら、ニックさんはそれをこちらに差し出してくる。


 私は反射的に手を伸ばし、受け取った。


 布の感触越しに伝わる重量が、ただのジャンクでないことを告げていた。そっと布の端をめくると、指先ほどの黒いパーツが現れる。


 傷だらけの表面に古い製造刻印がかすかに残っている。黒い円の中に半分だけ露出した白い三日月。その中央に縦の剣型シルエットのロゴ。


「……これ、イクリプスの!? トップスの特殊部隊に使われてるやつじゃ……」

「らしいな。俺にはよく分からんが、レギオンでも現役だとか」

「こんなのどこで拾ってきたんだ!?」


 思わず敬語も忘れて声が上ずる。


 次の瞬間には、技術者としての本能が勝っていた。


 光の下にかざし、角度を変えながら表層を確かめる。緻密に組まれた層構造が、淡く光を返すたびに息を呑んだ。


「綺麗……」


 その言葉が、無意識に口の中で転がる。


 まさか今、一番欲していたパーツが手に入るなんて……。


「なぁに、仲介屋をやってると顔が広くなるもんでな。たまたま手に入ったんで、嬢ちゃんが喜ぶかと思って持ってきたんだ」

「確かに嬉しいけど……」


 このパーツは、通称サイレンス・コア。情報干渉層を幾重にも積層した構造体だ。


 信号を乱すだけでなく、外部からの探知波を吸収し、ノイズとして拡散する。既存の監視網にとっては存在そのものが空白になる、完全な沈黙装置と言っても過言ではない。


 これを今作っている途中のジャミングユニットに組み込めば、猟犬の索敵機能を流用した探知機ですら、ギアの反応を捉えられなくなるはずだ。けれど──


「……こんな高価なもの、受け取れないよ。そもそも、情報の対価なのに」

「俺が持っててもガラクタのままだ。価値を引き出せる奴の手に渡った方が、ジャンクも喜ぶってもんだろ」

「でも、売るだけでもかなりのクレジットに……」

「そんだけ嬢ちゃんの技術が高ぇってことさ。ま、今後も格安でメンテしてもらうための賄賂だ。受け取っとけ」

「……ニックさん」


 私はパーツを掌の上で転がし、重みを確かめる。


 冷たい金属のはずなのに、指先に妙な温度を感じた。


「……ありがとう。大事に使わせてもらうよ」

「そうそう。若ぇのは素直が一番──」

「ヒャハハハハハッ! 侵入者か!? 侵入者だな!!」

「うわっ!? な、なんだっ!?」


 声の方を見るより早く、影が弾ける。


 ゼヴィが物陰から飛び出し、ニックさんに一直線に襲いかかろうとしていた。


「侵入者は壊していい! 侵入者は壊す! 壊す壊すこわ──」

「ゼヴィ」


 咄嗟に名前を呼ぶと、ゼヴィが反応を示した。


「やめろ」

「…………」


 私の一言で、ゼヴィの動きが命令通りにピタリと止まった。油圧の駆動音が途切れ、部屋の空気が静まり返る。


 その様子を、ニックさんは呆然としたように見つめていた。


「侵入者……壊す、命令……」

「その人は侵入者じゃない。私の客だ。分かったら離れろ」


 ゼヴィは数秒だけ戸惑ったように首を傾げ、それからしょんぼりと肩を落とし、部屋の隅へと下がった。


 私は深く息を吐き、ニックさんへと向き直る。


「ニックさん、ごめん。怪我はない?」

「全然平気だが……」


 ニックさんはゼヴィに視線を向けたまま、ゆっくりと口を開いた。


「驚いたな。アレがあの猟犬か?」


 指差されたゼヴィは、部屋の隅でじっと膝を抱えていた。


 赤黒い瞳が、光を失ったように沈んでいる。


「……まぁ、ね。でも安心してよ。私の言うことはちゃんと聞くから」

「そこも驚いったちゃあ驚いたが……随分とアレだな。見てくれが変わったな」


 ニックさんは、驚きの表情のまま続ける。


「俺ぁ拠点で猟犬を間近で見たからかろうじで気づいたが……相当ギアをいじったみてぇだな」

「……」


 ニックさんの言いたいことは分かる。


 今のゼヴィは、かつての猟犬の面影をほとんど残していない。


 スラスターも剥き出しじゃなく、手足の獣じみたかぎ爪も消えた。代わりに、合成皮膚が関節を覆い、無機質な冷たさを薄く隠している。


 私は無駄な装置を削ぎ落とし、バランスを再構築した。動物的な形から人間に近い構造へと。


 それでも火力は落ちていない。反動を抑え、負荷を分散させ、長期稼働に耐えるようにした。


 何より──


「……前のは、脳のスペックを食う割には全然性能が良くなかったし、無駄が多かったんだ」


 あのギアの脳への負担は異常で、なぜオーバースペックに陥らなかったのか不思議なくらいだ。


 ギアの相性も調和も無視して、高性能パーツをただ貼りつけただけのスクラップも同然の代物だった。


 制御よりも出力を優先した、愚かしい暴力の塊。


「そのせいか、知能も五歳ぐらいで止まってたみたいでな……意思の疎通を計りやすくするように弄ってたらああなったんだ」


 どんなに高価なパーツを積んでも、作り手の技術が腐っていれば只のガラクタだ。


 あの程度の実力でこの街の頂点を気取るなんて……ほんと、笑える。


「……アンダーズに落ちたのも然るべくってやつだな」

「…………意外だな」


 白衣の男のことを思い出し、心の中で罵倒していると、ニックさんがボソリと呟いた。


「嬢ちゃんがあの猟犬を手厚く直すなんざ──」

「善意で直したわけじゃない」


 気づいたら、言葉が食い気味にこぼれていた。


「使えなかったら意味ないだろ」


 自分でも驚くほど冷たい声が出た。


 口にしてから、遅れて後悔が追いつく。


 しまった! こんな感情を出したくなかったのに……!


 私はニックさんの様子を確かめるように視線を向ける。


 ニックさんはしばらく黙って私を見ていたが、やがてふっと肩をすくめ、いつもの調子に戻った。


「だっはっはっはっ! そうか! そうだな! そういや、レクスのツケの返済はどうなってんだ?」


 そして、話題を切り替えるように別の話をし出した。


 私も、自分の中で燻っていた黒いものを押し隠すように、その話題に乗っかる。


「あのロクデナシが真面目に働いてるって、俺らの中でも噂になってんだ! 嬢ちゃんの仕業だろ?」

「それでも全然だ。あのバカ、目を離すとすぐに散財するんだよ。今は一定の額を返済するまではって禁酒させてる。それが嫌なら働けってな。今も駆け回ってるところだよ」

「ひゅ〜、レクスもすっかり尻の下か。クッションの具合は?」

「最悪だね。針金でも詰まってんじゃない?」


 もっと、もっと上手く隠さないと。


「だからこのお土産は助かったよ。返済待ってたら、こんな貴重なものは当分は手に入んなかったし」


 軽口の裏に本音を埋める。


 表に出しちゃいけない。気取らせてもいけない。


「天才修理屋様のお気に召したようで何よりだ」


 誰も巻き込まないように。


 もう、何も失わないように。


「あぁ。最高の賄賂だよ。ほら、作業部屋はこっちだ」


 オリジナルを壊すまでは、猟犬とだって仲良しごっこをやり遂げてやるよ。


 そう、胸の奥に渦巻く感情を押し込み、私はニックさんを作業部屋へと案内した。



   ◇ ◇ ◇



 ニックさんのメンテを終えたあと、私は作業部屋で一人、工具を握っていた。


 溜まっていた修理依頼の品を、次から次へと分解しては組み直す。


 指先が動くたび、カチリ、カチリと鳴る音が心を均していくようだった。


 ……こうして作業していると、何も考えずに済む。


 嫌な記憶も、黒い感情も、工具の音の中に溶けていく。


 今日は失敗だった。いつもならもっと上手く隠せてたのに……ゼヴィへの憎悪を表に出してしまった。


 もっと心を無にしないと……。


 そうして一通り作業を終えた私は、工具を置き、引き出しの奥から一枚のX線プレートを取り出した。


 淡い光にかざすと、焼け焦げた端がかすかに反射する。そこに映っているのは、私自身の脳だ。


 アクシオンギアが埋められている、私の脳。



 ジャッカルとロザリオのほとぼりが覚めるまで、ニックさんの拠点でお世話になっていた時、レクスが、前にニックさんに依頼していた信頼できる技術者の元へ行った。


 私の中にあるギアがどんなものなのか、どうすれば壊せるのかを確かめるために。


 しかし、結果は「何もなかった」。


 診断では私は裸身(ネイキッド)だと判定され、ギアなど存在しないと言われた。


 念のため映像も見せてもらったけど、確かに、何の異物も映っていなかった。


 それでも私はギアを使えるし、猟犬も探知機も、私の反応を確かに捉えている。


 なのに、脳には何もない。その矛盾が、どうしても信じられなかった。


 そうして悩み続けた末に、私はひとつの答えに辿り着いた。


 両親は、完全なる(・・・・)人体とギアの融合を成し遂げたんじゃないのか、と。


 バイオギア技術は、人体と機械を融合させたすべての技術や装備を指す総称だ。けれど、機械そのものが、完全に人の肉体になることはありえない。


 けれど私の脳には、機械の痕跡が一切なかった。あるのはただの人間の脳だけ。手術痕すらない。


 普通ならありえない。神の領域に踏み込むような技術だ。それでも、そうとしか考えられなかった。


 そして、私の仮説があっているならば、あの白衣の男が私を殺さずに、実験台として使った理由も説明がつく。


 私を殺せば、ギアも動かなくなるからだ。だからあの時も、まだ殺すなと命令していたのだろう。


 これが事実なら、私が手に入れたアクシオンギアのデータも、完全ではないのだろう。


 もしかしたら、その手に入れていないデータに、両親がなぜこんなギアを作ったのかを知ることができるかもしれない。


 私はX線プレートをそっと引き出しに戻し、使い終えた工具の手入れに取りかかった。


 動作を整えるように、ゆっくりと、いつもの手順で。


 理由が何であれ、私はオリジナルを壊す。全てのアクシオンギアを。これは絶対だ。もちろん、自分の中にあるものも例外じゃない。


 でも、まだ壊すことはできない。完全に私の脳と融合しているなら、壊すことは私の死に直結する。


 私はそっと、自身の頭に触れる。


 オリジナルのギアは、私の頭の中のやつも含め、全部で三つある。まずは先に悪用されているオリジナルを壊さないといけない。


 そして最後はこのギアも──


「お嬢さん。こんな時間までお仕事ですか?」


 思考の奥に沈んでいた意識が、不意に現実へ引き戻される。


 振り向くと、ドアの枠にもたれたレクスが両手で2つのマグカップを持っていた。湯気の向こうで、ほのかに甘い香りが広がる。オートココアの匂いだ。


「あんま、こん詰めすぎてやるのもよくねぇよ。これ飲んでさっさと寝ろ」

「誰のせいで必死に働いてると思ってんだ」

「おっと、藪蛇だったか」


 レクスは苦笑しながら歩み寄り、片方のカップを差し出す。私は少し間を置いてから、それを受け取った。


 唇をつけると、人工甘味のくすぐったい味が舌の上に広がる。機械油の残る空気の中で、その甘さだけがやけに優しく感じた。


「……お前が甘いもの買うなんて珍しいな」

「ま、たまには悪くないと思ってな」


 レクスの持つカップからは、苦味を含んだ香りがする。おそらく、オートコーヒーの匂いだ。


 レクスは甘いものが苦手だ。つまりこのココアは、最初から私のために買ってきたということだ。


 コイツがこんな事する理由は一つしかない。


「禁酒は取り消さねぇぞ」

「おいおい、ちったぁまけてくれてもいいだろ」

「まずは五万クレジット。交渉はそれからだね」

「……手厳しいね」


 レクスは肩をすくめながら、コーヒーに口をつけた。私ももう一度、カップを傾ける。


「当然だろ。……ったく、いろんなとこでツケばっかして、今までどうやって生きてきたんだよ」

「あいにくと、しぶといのが取り柄でな」


 レクスは半分笑いながら、左手で私の頭を軽く撫でる。


 私は屁理屈ばっかだなと思いながら、その手を払った。


「なんだ? 今日はご機嫌斜めか?」

「……子ども扱いすんな」

「いや、ガキだろ。お前」


 バカみたいなやり取り。だけど、不思議と胸の奥が温かくなる。


「そんなガキがいないと、借金も返済できない癖に」

「……いたいとこついてくんな」

「事実だろ」


 その瞬間、さっきまで頭の中で渦巻いていた不穏な思考が、煙みたいに消えていたことに気づく。


 レクスの声は、いつも通り軽いのに……その軽さが、まるでノイズを中和するみたいに心を静めていく。


「……そうだな。俺はお前がいねぇとやってけねぇよ」


 唐突に落ちたその言葉に、手が止まった。


 レクスはコーヒーの湯気越しにこちらを見もせず、ただぼんやりと笑っている。


「だから、勝手にいなくなんなよ」


 冗談みたいな言い方だった。けど、その言葉には、軽口じゃ済まない重みがあった。


 胸の奥で、何かがかすかに鳴った気がした。


 あぁ……レクスは気づいてたんだ。


 私が、離れようとしていたことも。全部、知ってて何も言わなかったんだ。


 それなのに、こんな風にいつも通りを演じてくれている。


 あんな事があった今も、変わらないように接してくれる。


 そんな、レクスの存在が……私の感情を正常に戻してくれていたんだ。


 きっと、猟犬の前でもいつも通りでいれたのは──。


 いい加減で、ロクデナシで、莫大な借金もこさえてるような最低な奴なのに……。その変わらなさに、私は救われていたのか。


「…………バカじゃねぇの」


 でも、ひねくれた私の口は、そんな言葉しか発せなかった。


 胸の奥で何かが痛いくらい熱くなるのに、素直にお礼が言えない。


「少なくとも、お前の借金を返済するまではここにいるよ。……宣言したしな」


 できるだけ、平静を装って言う。これ以上、内側を悟られないように。


「……あぁ。助かる」


 レクスの声は静かだった。


 私は、カップを持ち直しながら小さく息を吐く。


 ジャミング装置ができるまで……。借金を返すまで……。


 そんな理由をこじつけながら、ここに残る自分を正当化していることに、気づかないふりをした。


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