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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第1章 起動編

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コード027 欠けた花束


 ……終わったの?


 とても、静かだった。耳鳴りだけが私の中で反響している。


 壊れた照明が短く光っては消える。血と機械の残臭が漂っている。


 今度こそ、動いているものはいなくなった。立っているのはレクスと私だけ。


 ……本当に、終わったんだ。


 そう思うのに、息が苦しかった。喉の奥が焼けるように痛い。


 気がつけば、足元に転がっていたフレームパイプを手にしていた。


 強く握りすぎて手の傷が滲む。それでも離せなかった。


「ヴィク?」


 レクスの声が聞こえた。でも、返事をする気にならなかった。


 レクスの横を通り過ぎ、ただ、白衣の男の方へと歩く。


 進むたびに、壊れた機械の残骸が音を立てる。それでも構わず進んだ。


 あの男は仰向けのまま、ピクリとも動かない。


 装甲の隙間から微かな蒸気が立ちのぼり、空気がわずかに震えている。もう死んでいるかもしれない。



 でも、そんなこと、どうでもよかった。



 胸の奥が、熱くて、ぐちゃぐちゃで、何かが壊れそうだった。気づいたら声が出ていた。


「なんで……ッ!!」


 感情のままにパイプを振り上げる。


「なんでリゼ婆を殺した!!」


 そのまま、思い切り振り下ろした。


「返せよ!」


 もう一撃。


「リゼ婆を返せ!!」


 さらにもう一撃。


「何が研究だ……! 何が証明だ!!」


 鉄の音が何度も響く。怒鳴り声も泣き声も、自分のじゃないみたいだった。


「全部全部くだんねぇんだよ!!」


 叩いても叩いても、胸の痛みは消えない。


「そんなもんのためにリゼ婆は……リゼ婆を……ッ!!」


 血が飛び散って、顔にかかっても腕が止まらない。


「ふざけんな……ッ、ふざけんなああああ!!」


 コイツを殺せば消えると思っていた。リゼ婆と同じように殺せば、この胸の奥の黒いものが消えると思っていた。でも、全然なくならない。


 男の原型はなくなり、完全に死んでいる。それでも、何も変わらなかった。


 なくならない。全然、なくならない。


 もう、泣いてるのか怒ってるのかも分からない。


「……ふざ、けんなよ……」


 パイプが手から滑り落ちる。カランと無機質な音を立てて転がっていく。


「リゼ、婆……」


 ……違う……本当は分かっていた。こんなことをしても、なくならないって……。


 コイツらが狙っていたのは、私だ。私の頭の中にあるギアだ。……お父さんとお母さんが作ったという、アクシオンギア。



 私が弱いからリゼ婆は殺された。


 私がいたからリゼ婆は殺された。


 私のせいでリゼ婆は殺されたんだ!



 なのに、その仇すら取れない。レクスの力がなければ殺せなかった。私ひとりだったら、絶対にできなかった。


 あんなに息巻いてたくせに、レクスを危険に晒して……仇の力を借りることしかできなかった。


 視界が滲む。崩れた膝が冷たい床に落ちる。


「……くそ……ちくしょう……!!」


 レクスの言う通りちゃんと調べとけばよかった! 怖いからって畏避せず全身ギアにしとけばよかった! リゼ婆の側を離れなければ……いや、そもそも私がリゼ婆と出会わなければ──っ!!




 ……ああ、そうか。


 私が一番憎かったのは────私自身だったんだ。


「うっ……ごほっ……がっ!」


 苦しい。苦しいよ。息ができない。


 空気がうまく入ってこない。視界がチカチカする。なのに、身体はまだ呼吸しようとしている。苦しいのに、息が止まらない。


 四つ這いになって、床を掴む。指の間から赤い液体が滲み、手の震えが止まらない。


 その時、背中に温かいものが触れた。


 それはレクスの手だった。


 何も言わず、ゆっくりと掌を動かしている。上下に、一定のリズムで。呼吸が少しずつ戻ってくる気がした。


 苦しさと涙とで何も見えない。でも、その手のぬくもりだけは確かに感じていた。


 冷静な私は、早くここを離れろと言っている。


 コイツらはロザリオの区画でやらかした。ロザリオの追っ手がいつ来てもおかしくない状況であると警告している。


 コイツらだって、元々はロザリオの追っ手だと思ってレクスを警戒していた。だから、離れなきゃいけない。レクスもきっとそれを分かっている。


 けれど、レクスは私を急かすことはなかった。


 ただ、背中に手を置いたまま、私が落ち着くまで静かに寄り添ってくれていた。



   ◇ ◇ ◇



 ──リゼ婆が殺されたあの日から、数日。


 あの後、ロザリオとジャッカルの上層部で色々あったらしく、私はしばらくニックさんの拠点に匿われていた。


 そして、ようやく外に出られるようになった今、レクスと二人でロザリオ区画の端の方へ来ていた。


 廃液パイプが幾重にも絡み合うこの場所は、配管の隙間からほんのわずかに青空が覗いている。


 リゼ婆が好きだった場所だ。そして、リゼ婆の旦那さんであるリチャードさんが眠っている場所でもある。


 今日は、リゼ婆のお墓を作るためにここへ来た。


 けれど、遺体はない。ロザリオの回収班が処理したと聞いた。


 私の手元に戻ったのは、ボロボロな布の切れ端と破れた作業用の手袋。それに、リゼ婆がいつも使っていた縫い針の入った小さなケースだけだった。


 それらを一つの箱にまとめ、溶接痕がまだ熱を残す墓の前にそっと置いた。


 リゼ婆の遺品で作った小さな墓だ。リチャードさんの墓標の隣に並ぶように設えた。


「……もっと、立派なものを作りたかったんだけど……」


 思わず口にした言葉に自分で笑ってしまう。


 アンダーズでそんなものを作れば、どうせ盗まれてしまうのに。


「お前が作ったんだ。婆さんも喜んでるよ」

「……そうかな」

「そうだろ」


 レクスの確信を持った声に、口元が少し緩んだ。


 彼の視線の先にはリゼ婆の墓標がある。私はその前で立ち上がり、配管の隙間から覗く青を見上げた。そのまま、そっと目を閉じる。


「……ねぇ、リゼ婆」


 ニックさんの拠点に篭っている間、あのデータチップの中身を全部見た。そして……知ってしまった。


 あの男の言っていたことは本当だった。記録も映像もデータも、両親がアクシオンギアに関わっていたことを示していた。


()、決めたよ」


 どうして二人があんなものを作ったのかは、まだ分からない。けれど、それが今どんなふうに使われているかを知ってしまったんだ。


 両親はアクシオンギアの設計も内部データも、秘密鍵で厳重に守っていた。誰にも触れさせないように。


 そのおかげで、アクシオンギアは両親以外の手では再現できなかった。さらに、オリジナルを失えばレプリカすら作れないよう細工されていた。だから──


「アクシオンギアを壊す」


 両親の愛した技術がこれ以上汚されないように。そして、その犠牲者を増やさないためにも。


「オリジナルを、全部壊す」


 それが二人の娘として……そして、アクシオンギアの犠牲になった人たちへ、私ができる唯一の贖罪だ。


 だから……どうか、見守っていてください。


 そう最後に祈ってから、ゆっくりと目を開いた。


「……もう、いいのか?」

「うん。レクス、ありがとう」


 後ろで見守ってくれていたレクスに声をかけながら、ウォレットチップを投げる。


「一緒にお墓を作ってくれて……もう、大丈夫だから」

「本当にやるのか?」


 レクスが眉を寄せながら問う。


「うん……どれぐらい時間がかかるか分からないけど……それでも、決めたから」

血の猟犬(ブラッドハウンド)を生かしたのもそのためか?」


 レクスの言葉に、思わず言葉を詰まらせる。


「……うん」


 そう肯定しながらも、後ろめたさから視線を逸らした。思い出すのはアイツの狂気と残虐さ。奴のしでかした所業。


「アイツの能力は使える。オリジナルのギアを探すのにはアイツの力がいる。何より──」


 でも、だからこそ、容赦なく使える。


「奴なら、使い潰すことになんら躊躇いもない」


 そうだ。私は、このギアのせいで大切な人たちを巻き込んでしまった。もう大切な人を失いたくない。


「……私自身が、バイオギアにできればよかったんだけどね……」


 体が動けるようになってから、私は強くなるためにバイオギアを装備しようとした。けれど、私の脳はバイオギアを受け付けなかった。


 アクシオンギアのせいか、一つでもギアを装備すればオーバースペックを起こしてしまうほど容量がなくなっていた。


 だから、オリジナルを探知でき、さらに戦闘能力もある猟犬の力が私には必要だった。


「レクス、本当にありがとう。レクスが拾ってくれなきゃ、私は──」

「待てよ」


 言い終わる前に、レクスに腕を掴まれる。


「これから、どうすんだよ」

「とりあえず、住む場所を探すよ。猟犬のせいでロザリオ(ここ)にはいられないし、ニックさんの拠点にもいつまでもお邪魔するわけにもいかないしね」

「……クレジットはあんのかよ」

「私は修理屋だよ? 稼ごうと思えばいくらでも稼げる」


 レクスは何かを言いかけて言葉を噤んだ。そして少し間を置いてから、小さな声で呟いた。


「……便利屋(うち)に来いよ」

「え」

「俺は便利屋だ。クレジットさえ貰えばなんでもやる」

「レクス……」


 レクスは真剣な表情で私を見ている。その目は真っ直ぐで、心配してくれていることが伝わってきた。でも……。


「……それだけは、できない」


 レクスは強い。それは分かってる。けれど、絶対じゃないことも知ってる。今回だって、私の我儘のせいで危険に晒してしまった。


「気持ちは嬉しいけど、レクスを巻き込みたくない」

「そういうんじゃねぇよ」


 レクスは頭をがしがしと掻きながら、少し照れくさそうに言った。


「既にお前から依頼料をもらってんだよ」

「何言って……」

「俺が、どんだけツケしてきたと思ってんだ」


 そう言って、レクスはいつものように口の端を上げた。


「あいにく、返す宛がないもんでね。肉体労働で返済させていただきますよ」

「それは……別に、もういいよ。それよりも、レクスが傷つく方が──」

「つぅか、お前がいなくなったら俺が困るんだよ」


 不意に、目の奥が熱くなる。


「お前がいなくなったら、誰が俺のギアを直すんだよ」


 レクスらしい言葉だった。


「だから……その、なんだ……」


 私が強がらなくてもいいように、頼れる理由をくれる言葉だった。


 ……レクスはずるいよ……あんなに泣いたのに……もう、泣かないって誓ったのに。


 誰も巻き込みたくないって……一人で頑張るって決めたのに……!


「頼むから、家に来いよ」


 我慢の限界だった。


 溢れそうになる涙を誤魔化すように、私はレクスに思い切り抱きついた。


「……なんで……そんな甘やかすんだよ……そんなん言われたら、私……」

「バァカ」


 レクスの呆れた声が聞こえる。


「ガキが見栄張んな」

「ガキじゃ、ないし……」

「十七はガキだろ」


 レクスが私の頭を撫でる。その手はいつも以上に温かくて、優しかった。


「レクス、ありがとう」

「……おう」


 そのとき、ふっと風が吹いた。


 配管の隙間を抜けた風が、頬を撫でて通り過ぎる。


 まるでリゼ婆が、背中を押してくれたような気がした。


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