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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第1章 起動編

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コード024 再び、引き金を引くーsideレクスー

 呼吸のたびに、鉄と油の匂いが肺の中に沈んでいく。腐った水が足元で跳ね、汚泥のしぶきが頬に貼りついた。


 左目のギアに映るマップと、手元のデバイス、それからローガンから聞いた情報を照らし合わせながら、棄却区(アンダーヘル)を駆け抜ける。


 手元のデバイスの中には、ローガンから、アクシオンギアの探知機と言われたチップが入っている。ニックの拠点にいた時、ヴィクから「また拾ったから処分してくれ」と押しつけられたものだ。


 まったく……アイツは毎回ろくでもねぇモンばっか拾ってくるな……。


 だが、今回はこいつに救われた。どこで手に入れたのかは知らねぇが、DF-13ブロック全域を洗うのは現実的じゃない。このチップのおかげで、かなりの範囲を絞れた。完璧な座標じゃねぇが、ここまで分かれば十分だ。


 デバイスの画面と周囲を交互に見ながら、異物を探す。


 路地を抜けた先。ひときわ蒸気の噴き出している建物が目に留まった。換気口から白い霧が立ち上り、他の廃屋と違って息をしている感じがある。


 近づくと、壁は継ぎ接ぎだらけのトタンで覆われ、剥がれかけた看板の下に、歪んだシャッターが半端に開いていた。


 小さなスロープが入口へ続き、脇の監視カメラはひび割れ、レンズも曇っている。パッと見では動いているかどうかも怪しい。



 外見だけ見れば、ただの廃屋だった。だが、座標と情報を照らし合わせれば、間違いなくここが目的の場所だと示している。


 シャッター脇には油で濡れた段ボールとゴミの山。人目を遮るにはうってつけだ。


 俺は手元のデバイスを懐にしまい、スロープの影に身を寄せて左目のギアを起動させた。


 シャッターの中を覗くと、暗がりの奥にもう一枚、金属製の扉が見えた。その表面の継ぎ目から、薄い青白い光がわずかに漏れ出している。


 ギア越しの視界が反応し、内部の温度分布を描き出す。微かな機械音と、かすかに漂う何かの気配。


 ……とりあえず、近くに生体反応はないな。


 音を立てないよう立ち上がり、シャッターの隙間へ身を寄せた。


 膝を曲げ、動きを限界まで絞る。一拍置いてから、暗がりの中へ滑り込んだ。


 シャッターの内側は、薄暗い通路になっていた。


 壁際には古びた配線と工具の残骸が散らばり、奥には先ほど見えた金属扉が沈黙して立っている。


 俺は慎重に歩を進め、扉の前に立つ。そして、表面を指でなぞると、微かに震えた。静電が走る。稼働中だ。


 息を整え、取っ手に手をかける。軋む音を殺しながら、少しずつ押し開けた。


 冷たい空気が頬を撫で、青白い光が一気に視界へ流れ込む。


「不用心だな……」


 ここまで簡単に入れるとは思っていなかった。


 来客がないと踏んでいたのか、それとも中の警備システムに絶対の自信があるのか……。


 なんにせよ、油断はできない。


 光と機械音の向こう、施設の内部。俺は気を引き締めたまま、一歩、その中へ足を踏み入れた。





 ギア越しの視界で警戒しながら進むが、警備システムは沈黙したまま。ジャミングされている様子もない。


「……このまま、楽な仕事になればいいんだがな」


 そう呟いた矢先、耳をつんざく警報音が通路に木霊した。


『──侵入者警戒アラート、発令。セクター4、封鎖。プロトコル開始』


 機械音声がスピーカーから響き、赤い警報灯が一斉に点く。


「……早速お出ましか」


 金属音が頭上で弾け、メンテナンスハッチが開いた。


 四脚の防衛ユニットらしき物が滑り出し、赤いセンサーアイがまっすぐこちらを捉える。


「! あれは──」


 ソレを見た瞬間。何かが、胸の奥を引き裂くような痛みが走った。


「……いい趣味してんな」


 焦げた皮膚の匂いに、油の臭いが混じって鼻腔を刺す。


 目の前のソレは化け物のようでいて……どこか、人の面影を残していた。


 思わず顔が強張る。そして、蘇る過去の光景。


 血と肉で滑る通り。倒れるあの人の姿。手からこぼれ落ちたギアの部品。


 あの無力感。あの怒り。全部が蘇る。──あの時と同じだった。


 あの地獄の続きと……今、ここで、対峙している。


「……だから嫌だったんだ」


 アクシオンギア(あれ)に関わるのは……。


 指先がピクリと動く。右腕のギアが唸りを上げた。パワーアームの装甲板が展開し、内部の駆動音が低く響く。


 救えないのは分かっている。目の前にいるのは、もう戻らない「モノ」だ。


 前方から連射音。火花が通路を貫き、壁が弾痕だらけになる。


 右腕の装甲を盾代わりに構え、弾を受け流しながら反応弾を撃ち返す。両脚のブースターを一瞬だけ噴かし、射線から横に滑る。


 怒りが冷たく研ぎ澄まされていく。感傷の入り込む隙を作らない。


「──今、楽にしてやる」


 右腕ギアが低く唸り、青白い閃光が走った。反動が肩を打つ。


 炸裂弾が胴部を貫き、破片が閃光弾のように弾ける。視界が白く塗りつぶされた隙に、一気に距離を詰めた。


 右脚のブースターを踏み込みに合わせて点火。踏み込みの勢いそのままに、回し蹴りを叩き込む。


 金属の悲鳴。機体が横転し、床を削って沈黙した。


 右腕の関節部から白い蒸気が漏れる。過熱だ。冷却システムが自動で作動するのを待ちながら、左手でホルスターの銃を引き抜く。


 嗅覚が焦げた残骸を察知する。だが今は感情を切り離す。ただ、目の前の敵を殺す。それだけに集中する。


 第二射の弾幕が走る。


 左目のスコープが熱源を検知し、壁の向こうの影をマークする。


 右腕が冷え切る前に、射線を合わせ──引き金を引いた。


 爆音とともに、ギアの残骸が床に叩きつけられる。


 銃声は止んだのに、耳の奥がじんじんと鳴っている。


「……せめて、安らかに眠ってくれ」


 息を吐き、照準を下げた。


 赤い警報灯が点滅を続けていた。警報音はまだ止まらない。


 きっと……これは序の口に過ぎない。この先へ進めば、確実にアクシオンギアの犠牲者と対峙することになるだろう。


 そしてまた、この引き金を引く。今のように……あの時のように……。


 それでも俺は「分かっていたことだろ」と言い聞かせ、走り出す。


 俺の中での優先順位は、すでに決まっていたから……。


 どうか、無事であってくれと願いながら、 襲い来る敵を容赦なく破壊する。ヴィクを救う。それだけを考え、必死に進み続けた。



   ◇ ◇ ◇



 右腕の冷却が復帰したのを確認し、俺は通路を蹴り出した。床に散らばる破片を踏み砕きながら、赤い光の海を突っ切る。


 渡り廊下を曲がると、薄暗い作業室が視界に入った。


 モニターの青白い光が揺れ、散らばった工具や部材が影を落としていた。その扉の向こうから、人の気配がかすかに伝わってくる。


 俺は息を整えつつ、警戒しながらそっと手を伸ばした。軋む音とともに扉が開き、冷たい空気が流れ込む。


 その光の向こうで、短く切られた髪と細い背中がこちらを振り向いた。


 見間違えるはずがない、その姿は──。


「ヴィク!」


 名前を呼ぶと、ヴィクの大きな青い瞳が、驚きでさらに見開かれた。


「レクス!? なんでここに!?」


 胸の奥で張り詰めていたものが、ようやくほどける。


 ……良かった。ヴィクは無事だった。


「……まだ、護衛の依頼中だからな」

「あ……」


 さっきの奴らみたいに、壊れていない。


「言ったろ? 受け取ったクレジット分の働きはするってな」

「レクス……」


 今度は(・・・)、ちゃんと間に合ったんだ……。


「ほら、そんなとこに座り込んでねぇで、さっさとかえ──」


 言いかけた俺の視界に、ヴィクの周りに転がる妙な装置が映った。


「……お前、何してんの?」

「いや、ちょっと時限爆弾作りたくて」

「いやほんとに何してんの!?」


 思わず怒鳴る。ヴィクの足元には、コードが絡まり、コンバットギアの部品で組まれた手作り感満載の物騒な塊が転がっていた。 


「おまっ……こんな状況で悠長にクラフトしてんじゃねぇよ! さっさと逃げろっての!」

「むしゃくしゃして作った。反省も後悔もしていない。むしろよくやったと思ってる」

「思ったより元気そうで何よりだよ! 馬鹿やってねぇで帰んぞ!」


 俺は呆れながらも、変わらないヴィクの様子に安堵していた。そのまま連れ帰ろうと腕を掴む。けれど、なぜか抵抗するヴィク。


「ちょっ! 待って、レクス! まだ帰れない!! まだやることが残ってる!!」

「はぁ!? 何言ってんだ! こんなとこで何をやるって──」


 そこまで言いかけて、ある違和感に気づく。肌に走るざらりとした感触に息が詰まった。


 袖の隙間から覗いた腕には、無数の注射痕。さらに、その肌がところどころ焼け焦げていた。


 頭の奥で、ブツリと何かが切れる音がした。


 血の気が逆流し、喉の奥が焼けるように熱い。



 ヴィクが、ここで何をされたのかを、脳が理解した。



 世界の輪郭が細くなり、余計な色が全部消える。


 自分でも、瞳孔が開いてるのが分かった。


「ヴィク、お前──」

「猟犬と白衣の男を見かけなかったか?」


 けど、俺の言葉を遮るように、ヴィクは口を開いた。


「リゼ婆を殺したのは、ソイツらだ」


 ヴィクの言葉で、はっと冷静な思考が戻ってくる。いや、ヴィクの言葉というよりも、ヴィクの表情でだ。


 ヴィクの顔は憎しみで歪んでいた。


 それは、今まで見たことのない……壊れた表情だった。


「そいつらを殺すまでは、帰れない」


 あぁ、何が無事だよ……。


「ヴィク……」


 全然、間に合ってねぇじゃねぇか。


「それは……いや……」


 ヴィクの心は、とっくに壊れていた。


「…………そうか」


 憎悪に縋らなければ正気を保てないほど、壊れてしまっていた。


 また、右腕がズキリと痛む。


「わざわざ来てくれたのに悪いな。レクスだけでも先に──」

「依頼はまだ続いてる。お前が残るなら、俺も残る」

「え……?」

「ニックの拠点に送り届けるまでが仕事だ。最後まで付き合うさ」

「レクス……」


 ヴィクは何かを言いかけ、ぎゅっと唇を噛んだ。そして数秒悩んだ後に、小さな声で「ありがとう」と呟いた。


 弱々しい手が、俺の服の袖を握る。


 俺は安心させるように、左手でヴィクの頭をポンと叩いた。


「んじゃ、まずは猟犬と白衣の男ってのを見つけねぇとな」

「そうなんだけど……この部屋、重要なデータがまだ残ってるから戻ってくると思ってたのに……全然来ないんだ。そもそも、人の気配もしないし……」

「……なるほどな」


 ヴィクの言葉を聞いてから、周囲をぐるりと見渡す。


 ヴィクが触っていなさそうなデスクの散らかり具合や、椅子が横に横転しているのを見るに、重要なデータだけを持って逃げた可能性が高いだろう。


 ロザリオの区画で殺しをしてるしな。おそらく、ロザリオの刺客と勘違いして逃げた線が濃厚だ。問題はその脱出経路だが……。


 俺は視線を上げ、部屋の構造をざっと見回した。


 天井の配線、壁の継ぎ目、床の油染み。どれも乱雑に見えるが、違う。


 この部屋だけ、妙に閉じてやがる。


「……おかしいと思わねぇか?」

「え?」

「通気口がねぇ。排気音も聞こえねぇ。こんな密閉室で電源積んでたら、十秒でオーバーヒートする」


 そう言いながら、壁の一角を軽く叩く。


 返ってきた音は、金属じゃない。中が空洞だ。


「やっぱりな……。非常用の退避路がある。トップスの研究施設にはよくある造りだ。追い詰められた研究員がデータだけ抱えて逃げるためのもんだ」


 俺は壁際にしゃがみこみ、接合線の隙間を指で探る。


 ほんの一瞬、静電気のような刺激が走った。指先のギアが反応する。


 新しい擦れ跡。埃も舞い上がった形跡がある。


「……センサー式の開閉。こいつは電源を切られても、内部バッテリで一度だけ動く」

「つまり……」

「逃げた直後ってことだ。まだ、熱が残ってる」


 ヴィクが息を呑む。


 俺は壁の表面に触れながら、ギアの視界を切り替えた。


 熱源の残光が淡く浮かび上がる。人ひとりが通れるくらいの幅。奥に続くトンネルの輪郭が見えた。


「……ここだ」

「……よく分かったな」

「まぁな……こういう奴らは、逃げ道だけは完璧に造る」


 俺は壁のロックを解除し、通路の中を覗き込む。


 奥は暗く、薄い蒸気が漂っていた。まだ、誰かが通ったばかりの匂いがする。


「ヴィク、準備しろ。こっから先は時間との勝負だ」

「分かった。……でも、追えるのか?」

「追えるさ。こういうのには、慣れてるんでね」


 俺は短く息を吐き、背中の冷却弁を開いた。


 吹き出した白い蒸気が、闇に溶けていく。


 上等だ……散々嫌なことを思い出させやがったクソ野郎の顔を拝みに行こうじゃねぇか。



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