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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第1章 起動編

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23/39

コード023 赤い光の下で

 プラズマの檻を抜け出し、監視カメラの死角を縫うように進む。


 呼吸をするたび、冷たい空気が肺の奥を刺した。極度の緊張で脚が痺れ、今にも力が抜けそうになる。


 身体がふらつき、思わず壁に手をついて支える。指先から伝わる金属の冷たさが、限界まで張り詰めた神経をさらに締めつけた。



 檻から脱出はできたが、精神も体力も限界近くまですり減り、危機的状況は変わらない。唯一の救いは、ここがトップス並みの設備じゃないことだった。


 あの白衣の男が言っていたことが本当なら、奴は元トップスの人間。だから、この研究施設の警備も設備もトップス級かもしれないと覚悟していたが……。


 周囲を見渡すと、剥き出しの配線に錆びついたパネル、安っぽい制御盤。どれもトップスの設備基準からは程遠い。明らかに、再利用と修繕を繰り返したツギハギの施設だった。


 そもそも、本当にその水準なら、檻を抜けた瞬間にバレている。今こうして自由でいられる時点で、その可能性はほぼないとみていいだろう。


 さらに人の気配もせず、すれ違う人もいない。広い割には人員は少なそうで、少しだけ見えてくる希望。



 早く奴らを殺してしまいたいという衝動に駆られる。けれど、歩くのもやっとな今、敵に見つかれば一巻の終わりだと冷静な思考が言う。


 復讐を果たすにしても、まずは武器を確保しなければならない。それに……お父さんとお母さんが作ったというアクシオンギアのことも気になる。


 自然と、ギアが埋め込まれている頭部へと手が伸びた。指先に触れた感触が、トップスで過ごした日々を呼び起こす。



 とても、優しい人たちだった。


 忙しくて家にいないことが多くても、いつも私に愛情を注いでくれた。


 世のため人のために働くことを誇りに思い、多くの命を救ってきた。


 私も、そんな二人を見て育った。だからバイオギアに興味を持ち、必死に勉強した。お父さんもお母さんも、私の誇りだった。


 だからこそ知りたい。


 二人がどんな想いでアクシオンギアを作ったのか。そして、あの白衣の男がその技術をどう利用しようとしているのか。


 両親のことだ。きっと、誰かを救うために作ったはず。それなのに──その優しさを踏みにじるような目的で使うというのなら、絶対に許さない。


 奴らの研究は潰す。そして、両親の技術も取り戻す。


 二人の想いを、悪意なんかに奪わせてたまるか!


 私はそう言い聞かせ、込み上げる衝動を押し殺した。今はまだ、暴れる時じゃないと。一歩一歩、真実を知るために歩き続けた。



 配管の隙間、ベンチの影、漏れる蒸気。どこも似たような通路ばかりで、この道で合っているかなんて分からない。


 それでも、空気の流れが変わる方へ、機械の匂いが濃くなる方へ……何かがありそうな「気配」を追っていた。


 灯りの少ない方へ、足音の反響が薄い方へ。胸の奥で煮えたぎる怒りに飲まれないよう、冷静さを絞り出しながら……。


 ──その時、床の下で何かが動いた。


「……?」


 最初は空調かと思った。だがすぐに、耳をつんざく電子音が響く。


 激しい警報音。赤いランプが天井を走り、光が断続的に差した。


『侵入者警戒アラート、発令。セクター4、封鎖プロトコル開始』


 天井のスピーカーから、無機質な機械音声が流れる。


 まさか、逃げたのがバレたのか!?


 咄嗟に近くの部屋へ飛び込み、物陰に身を潜める。


 どうしよう……どうしよう、どうしようどうしよう!!


 丸腰のまま、もし血の猟犬(ブラッドハウンド)にでも出くわしたら終わりだ。


 せめて、何か武器になるものでもあればと、目だけで部屋の中を探る。


 だが、警報灯の赤い光に照らされて浮かび上がったのは、通路の奥に並ぶ巨大なカプセル群だった。中の液体が泡立ち、圧力弁が開く音が次々と重なる。


「……なに、あれ……?」


 ガラス越しに見えたのは、人のような形をした「何か」。赤黒い装甲が皮膚のように身体を覆い、接合部から赤い光が滲んでいる。


 関節が動くたび、金属の軋みが空気を裂き、光る眼がゆっくりとこちらを向いた。


 な、んだよ……あれ……。


 明らかに人間の規格を超えたパーツ。外付けのドングルで無理やり接合されたモジュール。


 剥き出しの神経インターフェースが、まるで肉の上に電線を這わせたように脈打っている。


 それだけでも十分異常なのに、さらに酷いのはその見た目だ。


 人の姿を保っているものはまだマシだ。中には、腕の代わりに鋭利なマニピュレーターを生やし、脚が複数に枝分かれした個体もいる。


 骨格は歪み、剥がれた皮膚の下に赤い筋繊維が規則的に露出している。まるで人体模型の内部を切り開いて、金属と接着したようだった。


 瞳孔は開ききり、こめかみを這う配線のような血管が発光していた。息は荒く、それでも表情は一切ない。


 明らかに、ギア性能に脳の処理が追いついていない。|神経同期演算の臨界超過オーバースペックによって、精神が崩壊している。



 ああなってしまったら最後、ただの、機械に喰われた肉体となる。もうヒトとは呼べない。ヒトには、戻れない。



 次の瞬間、全身をバイオギアに改造されたソレらが、一斉に動き出した。


 心臓がドクリと跳ねるが、声は出さない。


 どう切り抜けるべきかと、冷静に観察していると──スピーカーから、機械の声が流れた。


『対処ユニット、解放完了。優先ターゲット、侵入反応01。座標、研究区画西端』


 ……侵入? 脱走じゃなくて? もしかして、このアラートは私じゃないのか?


 その予想を裏付けるように、ソレらは私の存在に気づくこともなく、整然と外へ出ていった。


 ……確定だな。今の警報は、私に向けられたものじゃない。この施設に誰かが侵入してきたんだ。


 全員が去ったのを確認して、扉の影から外を覗く。


 警報の赤が世界を染める。機械の唸り、金属の軋み、遠くで爆ぜるような音。この騒ぎなら、私が多少派手に動いたところで、誰にも気づかれないだろう。



 誰が来たのかは分からない。けれど、これはチャンスだ。


 私は身を低くして、影の中を滑るように通路を進む。先ほどよりも、大胆に。


 すると、通路の端でモニターの光がかすかに漏れているのが見えた。


 扉は半ば開いたままで、微かに焦げたような匂いが漂っている。


 誰かが、ついさっきまでここにいた……そんな気配が残っていた。


 偶然か、それとも導かれたのかは分からない。ただ、その光の向こうに答えがあると直感した。



 ゆっくりと扉を押し開ける。かすかな軋みとともに、部屋の空気が流れ出す。


 机の上には開きっぱなしの端末、散らばった紙片、椅子は倒れたまま。


 中は薄暗く、紙と金属と血が混ざったような匂いが立ちこめている。ちらつくモニターには、古いログが流れ続けていた。


 そして、そのログの内容に目を見開く。


「SUBJECT TYPE」 Human (Modified)

「GEAR CLASS」 Unverified / Red Prototype

「NEURAL LINK RATE」 87.9%

「RESULT」 Unstable

「DISPOSAL STATUS」 Post-Failure — Stored


「人間って……処分済みって、まさか……」


 いや、考えるまでもなかった。


 先ほど見たヒトのような何かと、識別番号が並んだリスト、そして矢継ぎ早に流れるログ。これで、ここで何が行われていたかがはっきりした。


「……クズが」


 湧き上がる嫌悪を押し込み、ログをスクロールする。画面に見覚えのあるカートリッジの画像が現れ、隣に「AX-Replica」の文字が並んでいた。


「AX? ……もしかして、アクシオンギアを指してるのか?」


 あの男は、アクシオンギアのレプリカを作っていたのか? それに、なんで私はこのカートリッジに見覚えが……。


 そこまで考え、とある光景が蘇った。


 ……ラグだ。


 ラグのあのイカれたギアにセットされてたカードリッジだ!!


 ミナに案内され、ラグと初めて会った時に見た異常なギア。使用者を蝕み、快楽と中毒で壊すような代物だった。


「もしかして、ラグもこのリストに──っ!?」


 探してみると、予想どおり「ラグ・フェルナード」の名が記されていた。


「あの野郎っ!」


 憎悪が一気に湧き上がる。だが、今それに飲まれたら終わりだ。深呼吸して我を取り戻す。


 ……幸い、ラグのギアはすでに私が取り除いてあるし、ログには「スペック不足」「破棄予定」と記されており、ジャッカルを抜けたラグが追われることはなさそうだと読み取れる。


 そう自分に言い聞かせ、必要なデータチップをひとつ拝借してデバイスに差し込んだ。


 とにかく、今はこのデータを奪い取り、二度とこんな研究ができないようにする。


 この部屋は明らかにギア研究の中枢で、工具も材料も一通り揃っていた。データ抽出の間に、ここで物理的に研究を封じるための仕掛けを作ろう。


 本当はハッキングで一気に痕跡を消してしまえれば楽だが、ソフト周りは私の不得手分野だ。だからこそ、できることは手を動かして確実に片づける。


 私は工具箱に手を伸ばし、稼働していない端末や使いかけのパーツを次々と引っ張り出した。指先でヒンジの固さを確かめ、端子の緩みを探り、使えそうな部材を即席で選んでいく。


 知識は理屈で、技術は体で覚えた。ここから先は、私の得意分野だ。


 どでかい花火をぶちかましてやる。



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