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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第1章 起動編

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コード022 染まる思考

 ……あれ? 私、何してたんだっけ……何だか頭がぼーっとする……。


 ゆっくりと意識が浮かび上がるにつれ、冷たい金属の感触が肌を刺した。


 目を開けると、視界は滲み、天井に走る蛍光灯の光がやけに白く眩しい。


 ここは、どこ?


「おや?」

「!?」


 不意に不快な声がして、意識が完全に覚醒する。


「お目覚めですか? ヴィセラお嬢様」

「っ、お前!!」


 気絶する直前の記憶が蘇り、全身から怒りが込み上げる。感情のまま、目の前の男に殴り掛かろうとするが、なぜか体が動かない。


 どうして? と視線を下ろすと、両腕も両脚も椅子に括りつけられていた。透明な拘束フレームが四肢を挟み込み、内部で青白い回路が脈打っている。


「何、これ……」

「好都合だ、君の生の反応を記録できる」


 必死に抜け出そうと暴れるが、全く意味をなさなかった。


「ふ、ざけんな! こっち来んな! 離せよ!! っ!」


 噛みつくように叫んだその瞬間、ビリリと鋭い電撃が全身を貫いた。意識が揺らぐ。


「くっ……い、あああっ!」


 歯を食いしばれば耐えられる。そう思ったのは最初の一撃だけだった。


 二度目、三度目と続くにつれ、全身の筋肉が勝手に痙攣して、意地も声も制御できなくなっていく。


「あ、あああああああああ!!」


 痛みに喉が裂けるたび、男の声が冷たく響く。


「反応値、通常比で二百パーセント。神経伝導速度、通常より速い……閾値を超えてもなお持続するか」


 再び電流。何度も、何度も。体が跳ねるたび、拘束枠が食い込み、皮膚がひりついて痛みだけが積み重なっていった。






 ──どれぐらい、経っただろうか? 数秒か、数分か。いや、もう何時間も経っている気さえする。


 時計が壊れたみたいに、痛みだけが時間を刻んでいた。


「……っいい加減に、しろ……!」


 怒気を込めて叫ぶ。けれど声は震えていた。虚勢がバレバレでも、口先だけは強くありたかった。だが、腕に金属の冷たさが触れた瞬間、胸の奥が凍りついた。


 い、やだ……それだけは、絶対にやだ……!


「動くな。データが乱れる」


 突きつけられた注射器から逃れようと体を捻る。だが拘束は容赦なく皮膚に食い込み、無駄な抵抗に終わる。


 針が突き刺さる。皮膚を割る痛み。血管を焼き走る液体の熱。


「あああっ!」


 全身の血液が沸騰しているようだった。強がろうとしても声が震え、悔しいのに涙が勝手に溢れる。


「いやだ……っ、やめろ……!」


 必死に吐いた言葉も、命乞いみたいに聞こえてしまう。


「薬剤注入……脈拍上昇、二百三十……! はは……想定以上だ!」


 男の声は、数字に酔ったみたいに声が弾んでいた。さらに電流、さらに針。耐えようのない痛みだけが積み重なっていく。


 回数なんて分からない。数え切れないほどだ。


 痛みに慣れることなんてなかった。ただ、耐える力だけが少しずつ削られていく。


 終わらない。いつまでも、終わらない。


「いやだ……やだよ……もう……」


 声が勝手に漏れる。子供みたいな情けない声だった。


 やめろ、言うな、強がれ。泣き言なんて吐くもんか。


 そう頭の中で必死に叫ぶのに、口は勝手に震えていた。


「……ひぐっ……うぅ……っ……」


 嗚咽が喉を塞ぎ、涙で声が途切れる。


「はははっ……やはり素晴らしい!! この反応、この限界突破……アドリアンもセラフィナも、こんなギアを隠していたとは!!」


 涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、恐怖と悔しさで胸が裂けそうだった。それでも抵抗しようと口を開くが──


「ごめん、なさい……」


 ……は? 私、今……何言った?


「ごめん、なさい……もう、やめてください……」


 何、言ってんだよ。なんでこんな奴に謝ってんだよ、私。やめろ、言うな、言うなって!!


「ごめんなさい……ごめんなさい、もうやだ……!」


 自身の意思に反する言葉が漏れる。言いたくない。こんな惨めな降参の声なんてあげたくなかったのに……痛みと恐怖に支配され、喉が勝手に震えていた。


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった声は、幼子のすすり泣きと変わらなかった。


「もう、いたいの、やだ……」

「信じられん……これが、これこそがアクシオンギアの力か!!」

「いやだ……! やめて……! ごめんなさいっ、もうやだぁ!」


 いたい……つらい……くるしい……。


 いっそのこと、殺して欲しかった。こんなに苦しい目にあうくらいなら、死んだ方が楽だと思った。


「だれ、か……たす……け……」


 もう叫ぶ力すら残っていなかった。喉の奥から零れた声は、細い糸みたいに途切れ、すぐに掻き消えていく。


 そして、視界がぐにゃりと歪み、光が砕ける。


 耳の奥で、誰かの笑い声が反響している気がした。


「……本物……これが……奪い返す……」


 意味なんてもう頭に入らなかった。ただ、不気味な声だけが焼き付いて──闇が、すべてをさらっていった。



   ◇ ◇ ◇



 ──あったかい。


 柔らかな灯りが、頬を包んでいた。


 漂ってきたのは、安心する匂い。焼きたての合成パンと、油と金属が混ざった修理屋の匂い。


「おかえり、ヴィク」


 微笑む声。皺だらけの手が、そっと頭を撫でてくれる。


 ……リゼ、婆?


「工具を取りに来たんだろう? ニックさんの所に戻る前に食べていきなさい」


 あぁ、そうだった。ラグとミナをミドルズに戻すために、ニックさんと約束したんだった。


「あのロクデナシはどうしたんだい?」


 レクス? レクスは──


「おっ、うまそうな匂いじゃねぇか」


 リゼ婆の問いに答える前に、買い物袋を抱えたレクスが現れた。


「ちょうどいい。腹減ってたんだ」

「こら! お行儀が悪いよ!」

「……アンダーズでお行儀もクソもないだろ」


 叱咤するリゼ婆に、呆れて返すレクス。


 いつもの光景。いつもの日常がそこにあった。


 胸の奥に詰まっていた痛みが、嘘みたいに溶けていく。


 ああ、そうか。あれは、全部悪い夢だったんだ。


 そうだよね。あんなこと、あるわけないよね。


 私は二人に向かって手を伸ばす。


「リゼ婆、レクス……!」


 必死に手を伸ばした。でも、何も掴めなかった。


 指先から温もりがすり抜けて、空を切る。


 次の瞬間、頭の奥で鋭い痛みが走り、世界が引き剥がされるように揺らいだ。



 ──瞼を開ける。


 白。眩しいほどの白。


 夢みたいな温もりなんかじゃない。冷たく濁った蛍光灯の白だった。


 匂いも違う。パンの香りじゃない。


 漂うのは焦げた血とオゾン、油に濡れた鉄の臭気。体は硬い金属床に押しつけられていて、背中が冷たかった。


 周囲を囲むのは青白いプラズマの檻。触れれば一瞬で皮膚が焼けるとわかる光の壁。


「……っ……」


 息が荒い。胸が上下するたび、さっきの痛みが蘇る。


 針の感触。電流の痙攣。焼ける血管の熱。


「う……うぅ……っ」


 抑えようとしても震えが止まらない。歯がカチカチと鳴り、肩が小刻みに揺れる。


 まだ全身が焼かれている気がした。


「レクス……リゼ婆……」


 私はただ、檻の隅で小さく丸まりながら、ガタガタと震え続けた。


「やだよ……」


 さっきの夢が、余計に残酷だった。


「こわいよ……」


 恐ろしい現実を突きつけられ、胸の奥で何かがずるりと落ちていくのを感じた。


「かえり、たい……レクスに……リゼ婆にあいた──」


 そこまで言いかけて、思い出してしまった。


 そうだ……リゼ婆は、もう……。


 フラッシュバックする光景。


 鉄臭い部屋。嫌にベタつく床。抑えられた体。そして、目の前に転がる丸いなにか……。


「あ……」


 一度思い出せば、怒涛のように流れ込んでくる記憶。


「やだ……」


 二度とリゼ婆と会えないという事実が、さらに絶望へと突き落とす。


「こんなの、やだ……」


 胸が潰れるみたいに痛い。胃の奥から吐き気が込み上げ、呼吸が乱れる。


「リゼ、婆……」


 もう二度と会えない。何をしても救われない。逃げ場なんてどこにもない。生きるのが辛い。


 ──いっそのこと、この壁に焼かれて死んでしまおうか……。


 それも悪くないと思ったところで、ぐちゃぐちゃに掻き乱された心の底から、黒いナニカがせり上がってくる。


「っ!!」


 いや、ダメだ。こんなところで終わってはいけない。私には、まだやるべき事がある。


 今まで感じたことのない熱が、血管を逆流するように全身を巡る。


「……まだ、死ねない」


 先ほどの夢が、断片ごとに怒りの燃料になった。


「あいつらを、殺すまで死ねない!」


 そうだ。猟犬を、あの白衣の男を殺すまで死ねない……リゼ婆が味わった絶望を、あいつらにも思い知らせるまでは死んでられない!!


 急に冴える思考。


 恐怖していた時には気づかなかった檻と床の接合部のごく細かいきしみ。プラズマの光が作る格子のわずかな干渉。金属継ぎ目の段差が指先に伝える微かな振動。


 手首の拘束は固いが、繊維の摩擦音を辿ると、ほんの少しだけ遊びがある場所があるのがわかった。


 息を殺したまま、手首を寄せる。繊維を爪で探り、摩擦の弱い部分を引き延ばす。パチ、と音がして、片手が抜けた。


 まずはこの檻から脱出する。そして奴らの築いたすべてを粉砕して……最後に、最大の苦痛を与えて殺してやる!!


 今はもう「死」という選択肢は消えた。目の焦点が戻り、冷静な思考が戻ってくる。


 ……私にはギアがある。アクシオンギアという、よく分からないギアだ。


 けれど、皮肉にもあの白衣の男によって行われた実験(・・)で、何となく使い方は分かった。そして、機械に干渉できる力があることも知れた。


 本当にうまくいくかは分からない。それでも目を閉じて、意識を集中してみる。すると、檻の反応と少しだけ共鳴することができた。


 これなら、いける。


 息を吸って、細い振動に意識を寄せる。自由になった指先の感覚を研ぎ澄ませ、檻の光のリズムと合わせてみる。


 すると、青い格子が一瞬だけ「ぐにゃり」と揺れたように見えた。


 その揺れに合わせて、光の面同士が干渉し、プラズマの密度が極短時間だけ下がる。壁の表面で、光の膜が薄くなった気がした。


 今だ!!


 直後、頭蓋の中で何かが弾けた。


 熱が、血の通り道を逆流してくるように頭全体を満たす。痛みが、脳みそを直接かき混ぜる。熱く、沸くように、焼けるように痛い。


「ゔっ……」


 嗚咽が出た。胃が締め付けられて、口の中に苦さが溢れる。視界が白く滲み、足元の感覚がふわりと消えそうになる。


 脳が警報を鳴らしている。死にたくなければやめろと。でも、ここで止めるはけにはいかなかった。


 光の膜がさらに薄くなり、プラズマの檻がほんのわずか裂け目を作る。そこに自分の肩を滑り込ませ、体をよじらせた。


 シュッというかすかな音とともに、冷たい空気と血の匂いではない別の匂いが鼻をかすめ、私は外へ出れた。


 けれど、その代償は苛烈だった。


 頭の奥はまだぐつぐつと煮えたぎるようで、吐き気が波のように押し寄せる。視界がチカチカして、足がもつれた。思考は一本の糸のように細くなり、断続的にしかつながらない。


「おえっ……」


 声にならない音が喉を震わせ、私はうつ伏せに崩れ込んだ。


 手のひらで床を掴もうとしても、指先は震えて力にならない。喉がヒリヒリと焼けるようで、口内に広がるのは苦く湿った液体の味だった。ビシャリ、と胃液が床に落ちる。


「くそっ……」


 口元を乱暴に拭き、状況を端的に整理する。


 使ってみて分かった。アクシオンギアの連発は無理だ、身体が持たない。


 視界は霞み、足取りはふらつくが、なんとか立ち上がって膝を伸ばす。痛みと吐き気が波のように押し寄せるたび、呼吸を整え、一歩、また一歩と前へ出した。


 とにかく今は情報だ。アクシオンギアに関する情報を、手に入れなければ。


 リゼ婆の死を脳が理解し、このギアは暴走した。その時、猟犬とあの白衣の男のギアもダメージを受けていた。


 この力を利用すれば、あいつらを殺せる。ついでに奴の研究も叩き潰せば、精神に致命的なダメージを与えられるはずだ。


「……ははっ」


 その想像に、思わず口角が上がる。


 やりたいことが見えた。もう迷いはない。


 私は奴らに見つからないよう、気配を殺して、ただ前へと進んだ。


 この復讐を、完遂させるために。


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