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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第1章 起動編

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コード021 道具が重荷に変わるーsideレクスー

「だぁかぁら! 高すぎっつってんだろ!!」


 俺は納得できないと、合成木板のカウンターを強く叩く。細かい傷と酒の染みで年季の入った板が、みしりと鈍い音を返した。


「どう計算したらそんな金額になるんだよ!」


 この店は絶対に値切らせてくれないのは分かっていた。だから、ちゃんと店に表示されている価格でクレジットを計算していたのに……突きつけられたのは、想定よりも倍以上の値段だった。


「明らかにぼったくりだろぉが!!」


 けれど、そんな俺の抗議をあしらうように、ディナはゴーグルをしたまま鼻を鳴らす。


「お前の今までのツケ込みの金額だ。大人しく払え」

「はぁ!? 俺の買い物じゃねぇって言ってるだろ! ヴィクの依頼だ! クレジットもヴィクが出してんだよ!」

「どぉせ余った分はお前の懐に入るんだろ? なら問題ねぇよな。便利屋?」

「ぐっ……!」


 図星を突かれ言葉が詰まる俺を、ディナはにやにや眺めながら指でカウンターをトントン叩いた。


 リズムが妙に小気味よくて、まるで「ほら早く払え」と煽ってくるみたいだ。


「……くっそ、マジで性格悪ぃ薬屋だな!」

「はっ。嫌なら別の店で買うんだな。ま、うち程品揃えも信用もある店はないと思うがな」


 ぐうの音も出なかった。


 諦めたように端末を取り出し、指先で決済を済ませる。ピッと電子音が鳴り、カウンターにウォレットチップ残高の表示が流れた。


「……ったく。これで満足かよ」

「おう、またご贔屓に」


 ディナは悪びれることもなく肩を竦める。俺は舌打ちを一つ残して、重い足取りで店を出た。


 ウォレットチップの残高を再確認して、思わず頭を抱える。


 ……はぁ。これじゃ合成パンどころか、電話代でさえ危ういじゃねぇか。


 ヴィクが多めに渡してくれたはずなのに、ディナにほとんど吸い取られちまった。ついでに俺の手持ちまでごっそりだ。


「……しゃあねぇ」


 買い物袋を肩にぶら下げ、区画の片隅にある有線電話へ向かう。迎えに来るって話だったし、こっちから連絡しねぇと始まらねぇからな。


 電話に、なけなしのウォレットチップを差し込んで番号を叩く。呼び出し音が数度響いて──


「……あ? 繋がらねぇ?」


 耳にノイズが返ってきて、通話はぶつ切りになった。再度試すが同じだ。


 もしかして誰かと話し込んでんのか? それとも回線トラブルか?


「タイミング悪ぃな……」


 舌打ちして受話器を戻す。……っていうか、これ以上かけるクレジットも残ってねぇ。


 仕方なく袋を抱え直し、渋々ヴィクの修理屋へ足を向けた。



   ◇ ◇ ◇



 修理屋に向かって歩いていると、だんだんと周囲が妙に暗いことに気づいた。


 ボロいホログラムやネオンの明かりで照らされているはずの道が、まるで力を失ったみたいにチカチカと点滅を繰り返している。


 看板の映像は乱れ、空気には焦げたような臭いが混じっていた。


「……おいおい、本当にトラブルか? ついてねぇな」


 どうりで回線が繋がらなかったわけだ。


 肩を竦めてため息をつき、袋を抱え直したところで、目的の修理屋が見えた。


 案の定、ヴィクの修理屋は真っ暗で、人工灯の漏れるはずの窓からも何の光もなかった。


「ヴィク、頼まれたもんを──」


 扉を押し開け、ドアベルの音が鳴ると同時に、鼻腔を突く匂いに思わず眉が動く。



 ……鉄。いや、血だ。しかも乾ききってない。


 体は反射で動いた。買い物袋を音を立てぬよう静かに床へ置き、足音を殺す。


 右手のギアをすぐ展開できるように起動させる。そして、呼吸を整え、耳を澄ませた。



 沈黙が空間を支配する。俺以外の気配を感じない。



 薄暗い店内へと視線を走らせながら、一歩、また一歩と踏み込む。靴底の角度を微妙に変え、床板の軋みすら殺して進む。


 その足裏に、べちゃりと泥のような感触が絡みついた。確認するまでもない。嫌な想像がどんどん膨らむ。けれど、その考えを振り払いつつ進んだ。



 やがて、ボールほどの大きさの影が視界に映った。カウンター脇に転がっているそれを認めた瞬間、思考が停止しかけた。


「……婆さん」


 血の染みの中で転がっていたボールの正体は……苦悶の表情を浮かべたままの婆さんの頭部だった。そして、近くには婆さんの体であっただろう血肉と鉄屑の塊。


「……っ! ヴィク!!」


 急いでヴィクの姿を探す。敵が隠れているかもしれないなんて考えは、もう頭から吹き飛んでいた。


「ヴィク! 返事をしろ! ヴィク!!」


 次々と部屋を開ける。でもいない。机の下も、工具の山も、物陰も。……どこにもいない。


「くそっ!!」


 俺は修理屋から飛び出し、路地に出た。ひたすら声を張り上げ、名前を呼ぶ。


「ヴィク! どこだ! ヴィク!!」


 返事はない。


 路地裏、廃材置き場、壊れた配電ボックスの影──息が切れるのも構わず駆け回る。


 人影があれば捕まえて問い詰め、子供でも容赦なく腕を掴んで「見なかったか」と聞いて回った。


「……どこに、いんだよ……っ!」


 喉は焼けつき、心臓が暴れ出す。嫌な汗が背中を伝っていく。


 ──その時だ。


 薄暗い路地の奥から、男たちの声が風に乗って耳に届いた。


「おいおい……マジかよ。ロザリオで堂々と人攫い? 冗談にも程があるぜ」

「しっ、声がでけぇ。ジャッカル共だって分かってんだろ?」

「分かっててもだ……他区画の中でやらかすとか、正気の沙汰じゃねぇ。イカれてやがる」


 ピクリと足が止まる。


 俺は荒い息を必死に押し殺し、声のする方へ音もなく近づいた。


「……詳しく話せ」


 自然と殺気を孕んだ声になった。男たちの会話がピタリと止まる。


「何黙ってんだ、舌噛んで死にてぇのか。早く言え」

「てめぇ、誰だよ。急に入ってきて何様のつもりだ?」


 男が怪訝そうな顔でこちらを睨んでくる。けれど、隣にいた男が「おい」と声をかけた後、俺を値踏みするように見た。


 そして、二人組は顔を見合わせ、にやりと歪んだ笑みを浮かべる。


「そんなに知りてぇのか?」

「教えてやってもいいが……タダじゃぁなぁ?」


 わざとらしく懐を叩き、一人がじりじり間合いを詰めてくる。


「誠意ってもんがあんだろ?」


 俺は喉までこみ上げる焦りを押し込めながら、目だけは逸らさずに睨み返した。


「……あいにく、手持ちはねぇんだ」


 言葉が路地に落ちた瞬間、男たちの顔色が変わる。話にならないと、二人組はギアを起動させた。


「なら、そのギアで払ってもらおうか!」


 路地裏に怒号が響く。


 俺は深く息を吐き、右手を軽く握る。金属が応じるように唸り、掌に冷たい振動が広がった。


「……悪いが、急いでるんでね」




   ◇ ◇ ◇



 有線電話の受話器を片手に、俺は壁に背を預けていた。足元には気を失った二人の男が転がっている。


 拝借したばかりのウォレットチップを差し込み、素早く番号を叩いた。そして、数回の呼び出し音のあと、切り替わった瞬間に口を開く。


「……ローガン。俺だ」


 すると、受話器の向こうからは、聞き慣れた低い声が返ってきた。


『珍しいな。貴様が俺に電話とは』

「ヴィクが攫われた」


 俺は、一秒すら惜しいと続ける。


血の猟犬(ブラッドハウンド)はどこにいる」


 足元で寝てる奴らが言うには、銀髪の少年(・・)が、ジャッカルの灰赤色の髪をした男に背負われていたと言っていた。


 わざわざ連れ帰るっつぅ事は、利用価値があるという事だ。なら、きっとヴィクは死んでいない。婆さんと違って、手遅れじゃない。


「クレジットが必要なら用意する。何なら、ヴァイパー(お前ら)の依頼を無償で引き受けたっていい。知ってること、全部吐け」

『……』


 けれど、ローガンは何も言わない。それが俺の苛立ちを加速させる。


「ローガン!」

『レクス、落ち着け』

「いいからさっさと言え!!」

エリオン(・・・・)!!』

「っ!」


 俺が思わず言葉を止めると、受話器の向こうから深いため息が聞こえた。


『案ずるな。血の猟犬(ブラッドバウンド)の潜伏地については、おおよその目星はついている』

「なら!」

『だが、後悔することになるかもしれんぞ』

「……何だと?」


 俺は意味が掴めず、眉間に皺が寄る。


『ヴィクは、血の猟犬(ブラッドハウンド)に攫われたのは間違いないのか?』

「……俺が見た訳じゃねぇ。けど、目撃者がいる」

『そうか……』


 勿体ぶるように言葉を溜めるローガンに、声が自然と荒くなる。


「おい、回りくどい真似すんな! こっちは一刻を争ってんだ」

『……貴様の言葉である可能性が浮上した』


 短い沈黙の後、ローガンは告げた。


『ヴィクは──ヴァンローズ夫妻の実の娘かもしれない』


「………………は?」


 一瞬、頭が真っ白になった。


 ヴァンローズ。その名を聞くだけで、胸の奥に黒いものが渦を巻く。


 奴らの技術の結晶「アクシオンギア」。それがもたらした惨劇の悪夢を、俺は今も見続けている。


 罪のない人間も、信じてついてきた仲間たちも── そして、あの人も。全て、あの技術に狂わされ、俺の手で終わらせるしかなかった。


血の猟犬(ブラッドバウンド)はアクシオンギアを追っている。攫われたということは、ヴィクは関わっているのだろう……それも、オリジナルに』

「な、に言ってんだよ……」


 心臓が、どくん、と嫌な音を立てる。


『アクシオンギアについては謎が多い。だが、ヴァンローズ夫妻が生み出したオリジナルは三つ存在した──そう、隠匿されていた彼らのデータから判明している。実際、二つの所在については、裏社会や企業の上層部が水面下で奪い合い、断片的な情報が流れている……が、残り一つだけは所在が闇に隠され、誰も掴めなかった』

「やめろ……」


 予感が形を帯び、現実味を増していく。


『……三つ目など存在しないと思われていたが、彼らには娘がいた。長らく眠り続け、もう二度と目を覚まさないと噂されていた娘だ』


 ローガンから発せられる言葉が、俺の心臓を刺してくる。


『けれど、奇跡的に意識を取り戻したと記録には残っている。アクシオンギアの力を考えれば、その娘に使われていたとしても不思議では──』

「やめろっつってんだろ!!」


 受話器がみしりと音を立てる。握る手が震え、汗で滑りそうになる。


「ヴィクが……奴らの娘? そんな偶然あるかよ……」

『ヴィクがトップス出身なのは間違いない。あの技術はトップスでしか学べない。それは、お前も理解しているはずだ』


 逃げ道が、次々と塞がれていく。


『四年前、夫妻は殺されたが、娘の死体は見つからなかった。生き延びたか、裏に流れたか……』


 もう聞きたくなかった。耳を塞いでしまいたかった。


『そして決定的なのは──娘は裸身(ネイキッド)だった。トップスでは珍しくな』

「っ……」

『アクシオンギアを隠すために裸身(ネイキッド)と偽っていたのかもしれん。本人ですら知らない可能性もある。あれは生身と見分けがつかないからな』


 それでも、ローガンの言葉は俺に残酷な真実を突きつけてくる。


『もし娘が生きていれば、今年で十七になっているだろう……ヴィクは今、何歳だ?』

「……」


 何も言えなかった。言い返せなかった。


 ローガンの言葉が重なるごとに、嫌でも真実が形を成していく。


 何より……ヴィクを拾ったのは四年前の事件から数ヶ月後。時期的にもおかしくはない。


「…………」

『あの人を……アレックス隊長を殺した研究者の娘を助けて、後悔はしないか?』

「……っ!」


 フラッシュバックする過去の記憶。


 ──いい加減な人だった。不真面目で、時間にルーズで……いくら注意しても直らない。でも、それでも何処か憎めなくて……部下から借りたクレジットを博打に注ぎ込むような、上官らしさゼロの人だったけど……俺にとっては大事な──


 右腕のギアが、ズキリと痛む。


「俺は……」

『別に、見殺しにすればいいだろう?』

「……は?」


 ローガンの言葉が信じられなくて、思わず顔を上げる。


『貴様にとって、どうでもいい存在なのだろう?』

「それはっ……」

『ジャッカルに捕まったのなら、死ぬよりも辛い苦しみを与えられるだろう』

「……」

『好都合じゃないか。仇の娘に復讐ができる』


 ローガンの言うことはもっともだ。


 別に、ヴィクは仲間でも何でもない。ただ、このギアを直せるから……利用価値があるから関わっていただけだ。それだけの筈だったのに──。



 思い出すのは、アイツを拾ってからの日々。


 油にまみれた手で、必死にギアと格闘する小さな背中。


 深夜、俺の無理な依頼を終えて眠気に勝てず、作業台に突っ伏していた姿。見かねてベッドまで運び、毛布を掛けてやったのを覚えている。


 くだらないことで言い合い、負けず嫌いに噛みついてきた声。


 全部、どうでもいいはずだった。


 利用するだけ、修理させるだけ。俺にとってはそれ以上でも以下でもないはずだった。なのに……。



 いつの間にか、あの時守れなかった仲間たちの影を重ねていた。


 気がつけば、アイツがいない光景が想像できなくなっていた。


 ただの修理屋の娘が、俺の居場所になっていた。



「……ごちゃごちゃうるせぇよ」


 ちくしょう……荷物なんざ、懲り懲りだと思っていたのに……。


「関係ねぇんだよ、全部……」


 この手で、仲間たちに向かって引き金を引いた時から、持たないと誓っていたのに……。


「俺はヴィクから護衛の依頼を受けてる」


 いつの間にか、こんな大荷物になりやがって……。


「クレジットを受け取ったからには、便利屋として完遂する。そんだけの話だ」


 どこにも、捨てられねぇじゃねぇかよ……。


『……』


 今度はローガンが黙った。


 けれど、すぐに『そうか』と何事もなかったかのように続けた。


『貴様がそれでいいのなら、俺からは何も言うまい』

「そりゃ、どういう意味だ?」

『HLCーDFー13ブロックだ』

「あ?」


 突然言われた場所に、脳が処理できず聞き返す。


血の猟犬(ブラッドハウンド)の目撃情報が多い場所だ。棄却区(アンダーヘル)の、コブラの方が近いな』

「……ジャッカルじゃねぇのか? まさか単独か?」

『そこまでは知らん。無論、確証もない。眉唾の情報で、幻を追わせているだけかもしれん』

「それでも構わねぇ。ゼロよりマシだ」


 そう言い切る俺に、ローガンは小さく笑った気がした。


『名を変えても……やはり、貴様はあの頃のままだな』

「……うるせぇ」


 受話器を乱暴に戻す。壁際に転がっている野郎どもを一瞥し、吐き捨てるように言った。


「──DF-13か。猟犬の巣穴にしちゃ、上等な地図だ」


 ギアの安全装置を外し、俺は闇に沈む棄却区(アンダーヘル)へと足を向けた。


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