コード002 レクスという男
「お・ま・え・は! いつになったらクレジットを払うんだ! こちとら慈善事業じゃねぇんだよ!!」
「イデでででで! ヴィクさん! ヴィク様! ストップ! 一旦ストップ!!」
今日も性懲りもなくツケで修理を依頼しに来たレクスに、私はキャラメルクラッチを決めていた。
「話! お願い! 話だけでも聞いて!!」
情けない姿で、壊れた右腕をバタバタさせながら床を叩くレクス。
「いだだだだだだ! マジで! 今回は! 深い理由が! あるんだって!!」
あまりの惨めっぷりに、ほんの少しだけ力を緩めてやった。
「た、たすか──」
「おい」
私の低い声に、レクスの背筋がピンと伸びる。
「ちゃんと言葉は選べよ。遺言にはしたくないだろ?」
「ヴィクちゃんどこでそんな言葉を覚えたの!? そんな子に育てた覚えはありません!!」
「お前に育てられた覚えはねぇよ」
許されたと勘違いさせないよう釘を刺すと、レクスはわざとらしくビビってみせた。
「で、理由は?」
「いやぁ、その……」
問い詰めると、レクスは口ごもりながら目を泳がせ始めた。
「仲介料が思ったより高くて……いや、大金は手に入ったんだ! 本当に! でも、修繕費とか色々ぼったくられちまってさ……」
「で?」
「修理代がないんです! ツケでお願いします!!」
「極刑」
「ぎゃあああああああ!!」
私が再度力を込めると、レクスは情けなくも叫び声をあげた。
「あらあら。今日もヴィクちゃんは元気ねぇ」
「あ、リゼ婆。おはよう」
私がトドメを刺そうとしていると、2階からこの修理屋の大家であるリゼ婆が降りてきた。
この修理屋は元々、リゼ婆の亡き旦那さんが経営していたらしく、私はレクスの紹介でここに身を寄せることになった。あの頃はまだ、修理屋としての軌道にも乗っておらず、収入ゼロのただの穀潰しだった。
それでも彼女は、身寄りも信用もない私を、ただの一度も見捨てずに養ってくれた恩人だ。
「はい、おはようさん。レクスちゃんも、いつも通り元気そうで安心したわぁ」
「婆さんよく見て!? 俺今死にそうなんですけど!?」
「ふふふ。本当に仲良しさんね」
「おいヴィク! 早くあの婆さんの目を直してやれ! 絶対壊れてるってあれ!! それかもう耄碌し始め──ってああああ! やめて! 盗らないで! 唯一の商売道具なのおおおお!!」
バイオスクラップ野郎がリゼ婆に対して失礼な発言をしたので、奴のバイオギアをパーツ単位にバラすために手をかけた。すると、狂ったように暴れ出すレクス。
面倒に思った私は、簡易EMP装置で動きを封じようとした所で、リゼ婆がやんわりと口を開いた。
「ヴィクちゃん。その辺で勘弁してあげなさい。流石に可哀想だわ」
「そうだぞヴィク! 可哀想だ! 俺が!!」
「でも……」
私は口を尖らせながら、手元の端末をリゼ婆に見せた。
「レクスがまたツケって……こんなに、たまってるのに……」
「トドメ刺してやりな」
「合点」
「ぎゃあああああ!!」
リゼ婆の即答をもらい、私は容赦なくEMP装置を起動させようとする。が、寸前でレクスに逃げられてしまった。
チッ……あと少しだったのに。
「鬼ぃ! 悪魔ぁ!」
「文句なら一回でもクレジット払ってから言え」
私はレンチで肩をトントンと叩きながら、レクスを睨みつけた。
この男は、私にとって迷惑極まりない常連客だ。
壊れたギアをツケで修理させるのが彼の日課と言っても過言ではない。それも、普通に使って壊れるならまだしも、毎度どう見ても無茶な使い方をして壊しているとしか思えないものばかり。
しかも、レクスの使っているバイオギアは、このアンダーズじゃまずお目にかかれないような高性能モデルだ。内蔵機能も桁違いで、その修理には特殊な工具や部品が必要になる。
当然、修理するこっちの負担も跳ね上がる。それなのに、こいつは平気な顔でまたツケを頼んでくるのだから、たまったもんじゃない。
「……マジでいい加減にしろよ。俺にだって生活があるんだからな」
私はそう言って、荒々しい口調のままレクスを睨む。
私のこの言葉遣いにも理由がある。このアンダーズで、未成年の「女」である私が修理屋を営むのは想像以上に過酷だ。相手に舐められないために、自然と荒っぽい男口調が身についた。自衛の一環だったが、今じゃすっかり板についてしまっている。
そして、レクスのギアの面倒を見ている理由もここにある。
レクスはアンダーズで、便利屋なんていう胡散臭さ満点の稼業をしているが、実力は確かだ。さらに彼自身がトラブルメーカーとして機能することで、私の店のまわりが不自然に平穏になることもある。だから、文句を言いつつも私は彼のギアを修理してしまう。互いに持ちつ持たれつ。そういう関係なのだ。
それに、リゼ婆に出会わせてくれたのもレクスだった。この油と金属の匂いに包まれた修理屋で、私の平穏が保たれているのは間違いなく彼のおかげもある。そのことには、口には出さないが本当に感謝している。
──ただし。それとこれとは話が別だ。
どれだけ頼れる便利屋だろうと、ツケを溜め込まれるのは困る。いつか本気で請求してきっちり払わせないと、こっちの生活が潰れてしまう。
「……レクス」
「はい! なんでしょうかヴィク様!」
「……その気色悪ぃ口調はやめろ。腹立つから」
「ラジャー!」
いつもの調子に戻ったレクスにため息をつきながらも、リゼ婆の方を振り返った。
「リゼ婆。俺、今からレクスとディスポに行ってくる」
「おや? もしかして今日はディスポの日かい? ……いつも言ってるけど、無茶だけはしちゃダメだよ」
ディスポとは、正式名称ディスポーザル・セクター。簡単に言えば、廃棄物処理区域のことだ。トップスからの不要品や不良在庫。時には「不要になった人間」すら、ここに落とされる。
不要品の投棄は毎日行われているが、大企業が一斉に設備更新や在庫処分をする特別な投棄日が年に数回ある。この日は普段は見られない高性能ジャンクや希少部品が大量に落ちてくるため、仕入れ目的の修理屋や現場から品を集める回収屋、それに一攫千金を狙う危ない連中までが集まってくる。そんな日を、私たちはディスポの日と呼んでいる。
トップスにとっちゃただのゴミでも、アンダーズに暮らす人々にとっては宝の山だ。私の修理材料も、主にそこから調達している。
ただし、ディスポはアンダーズの中でも治安がかなり悪い。ディスポの日ともなれば、宝を巡って小競り合いが絶えず、さらに混沌とする。ひとりで行くには危険すぎる場所だ。
こんな時こそ、レクスの出番である。だらしない男ではあるが、腕は立つ。普段は回収屋からジャンクを買っているのだが、奴らはこちらの足元を見て法外な値をふっかけてくる。
一人で回収できず、回収屋の伝もない私は、いつも泣く泣く払っているが、レクスがいる時はこうして材料費をタダにできる。使わない手はない。
「と、言うわけだ。行くぞ、レクス」
「いやいや待てってお前。この間行ったばっかじゃねぇか。そもそも俺腕壊れてんだけど」
「お前が馬鹿みたいに壊しまくるから材料がすぐ底をつくんだよ! 直して欲しけりゃ材料調達ぐらい付き合え!!」
私がレクスの襟首を掴むと、彼は観念したように肩をすくめ、首の後ろをぼりぼりと掻いた。
「わーったよ……ただし、今日はあんま長居はしねぇぞ」
「なんだよ急に」
「……最近、ディスポで不穏な動きがあんだよ。妙な連中もいるしな」
「妙な連中?」
「タチの悪い顔ぶれだ。関わると面倒になる」
私は軽く鼻で笑って受け流したが、レクスの声色は普段より低く、冗談の気配がなかった。




