昔々じゃないけれど、あるところに魔法使いの夫婦がいました
結婚はなるべく早くしてしまいたかった。
独身でいると王子がまた誰かを押し付けるかもしれないのが面倒だったという理由が大きい。
だから、エーリカが結婚そのもの、結婚式をどうしたいのかを考える余裕が無かった。
何も言わないエーリカにそれでいいだろうと国を出てすぐの移動途中の神殿で婚姻届けを出しただけにしてしまった。
そこの司祭が婚姻届けを受け取り、「式はどうなさいますか?」と言われて初めて、そう言えば結婚式は女性の中にはとても大切にする人がいるというのをおもいだし、青い顔でエーリカを見る。
エーリカは怒ってはいなかった。
結婚式に必要なものは指輪とドレスと、それからベール。
本当は家族が見守るがそれは無理だ。
指輪……。
一つとても大切なものを持っていた。
ただ、本当に価値があるものなのかは分からない。
小さいころどんな災厄もはねのけると聞いてつけていた魔道具だ。
結果として王子襲撃に巻き込まれやけどを負ったので意味があるものかは分からない。
今もそれを持っている。
「ちゃんとした指輪は落ち着いたら用意するから今はこれで我慢してほしい」
呪いの様なものではない。それはちゃんとわかっている。
ドレスは無い。
ベールは神殿の司祭が貸してくれた。
ベールをエーリカにかけて指輪を渡す。
「私幸せだわ」
今まさに逃げていて、結婚式にも気を遣えない男に言うセリフじゃない。
そう思いながら司祭の前でお互いに誓いの言葉を述べた。
落ち着いたらもう一度ちゃんとした結婚式をあげたい。
そう思った。
* * *
最終目的地はすぐに決まった。
移民を多く受け入れている国の首都で魔法の仕事をする。
ただ、その国に入ってすぐ、一夜の宿を求めた村で病気になった子供がいて魔法薬を作ったり治癒魔法を使ったり、そうやって過ごすうちに結局その村にいつくことになってしまった。
「もっと都会に出なくて大丈夫?」
都会というか人に見られることがあまり得意でない俺はこういう方がむしろ落ち着くとおもっていたけれど、エーリカは若い。やりたいことがあるのではないかと思った。
「家も建ててもらって、研究所も作れて、手紙も問題なく送れています。
移動のための魔法はもう少しで完成しそうですし」
今二人で研究しているのはものを瞬時に送る魔法だ。
それがまもなく完成する。
人に応用するのはまだ時間がかかるけれど、物であれば指定したポータル魔法陣同士でものが大量輸送できる。
「それに冒険者として過ごすのもとても楽しいですし」
俺は戦えない訳ではないがあまり実戦は得意ではない。
エーリカは防御が得意とされていたが彼女は壁を作る魔法が得意の間違いだった。
平民の研究員の女が戦ってどうするんだという話になるのを避けるために言っていなかった事実。
小さな高密度の壁は投げ武器としても使えるし、四方に壁を作って魔獣などを捕まえることもできる。
壁そのもので切断もできる、とても使い勝手のいい魔法で、村の周りはとても治安が良くなった。
「その報酬で近くの街で欲しいものは買えますし、研究も順調。
最高ですよ」
エーリカは微笑んでいった。
ずっと彼女はそうだ。
国に残って研究者としてもっと上を目指すことだってできたのに。
「そうか。それならよかった。
それから、言ってなかったことがあったんだけど」
「なんです?」
もしかしてお母さまか殿下の話ですか?
エーリカは言った。
父親から最近少し王子の様子が変わったと言われていたがその話ではない。
「ずっと言えなかったことなんだけど聞いてくれるかい」
「はい、勿論」
エーリカは答えた。
「随分前から俺は君を好きになってしまっていた。
愛してる」
告白さえもカッコよくできないけれどエーリカは手を口に当てて驚いた様な顔をした後、とても幸せそうにへにゃりと笑みを浮かべた。
俺たちは夫婦としてそれからこの場所でずっと生きていく。
だからそっとしておいてくれるととても嬉しい。