第99話
やがて東の砦の守備隊が出発するとイーサンとマグナは砦から村の外に出ていった。
マグナにとっては帰ってきた道をまた戻る事になる。
「誰がこんな事をしたんでしょう?」
だがマグナは火事の火の方が気になって仕方がない。
「恐らくだが、ヒヨルドの仕業だ。冒険者街を包み込めるほどのカピカウドの実を持っているのは今は奴しかいないはずだ」
そうイーサンが答える。
「班長が? どうして?」
「大方、倉庫街を襲ったのだろう。蔵の宝物欲しさに、カピカウドの煙でガーズを呼び寄せ、街の中を混乱させたのだ」
「そんな、せっかくがんばって働いてたのに……」
「まったくだ。何が気に食わないのか……。困った事があるなら我々に相談すれば良いのに……」
イーサンも残念そうな表情を浮かべた。
城門を抜けた二人はそのままの畑の方へとひたすら歩いていった。
ここからでは火事の炎は城壁に遮られ見る事が出来ない。
雲に隠れていた月が再び顔を出す。
暗闇が月明かりに照らされ、周囲の畑の光景をほんのりと浮かび上がらせる。
既に時刻は深夜を回り、闇夜を覆っていた雲は途切れ、丸い突きが天に昇っていた。
マグナは月明かりの畑を眺めながら、思い出した様に言った。
「そうだ、さっきの巡回で襲われたんだ……」
その後、マグナは巡回の状況をイーサンに話した。
ハッタ達の事が気になって自分が何者かの攻撃を受けた事をすっかり忘れていた。
それを聞いて、イーサンは合点がいったのか大きく頷く。
「マグナ、やはりお前を連れて来て正解だった様だな」
「そうなんですか?」
「うむ。それとこれからやる事はくれぐれもスフィーリアには内緒でな」
「内緒?」
「確か、お前は司祭に戦うを禁じられているはずだ。まぁ、それは良い。司祭には儂から後でちゃんと言っておく。だがそれ以上に厄介なのはスフィーリアだ」
「何故、スフィーリアは良くないんですか?」
「あれはお前に固執しすぎだ。そのせいであれこれ理屈が通らん。知られれば色々、悶着の原因になる」
「……」
「まあ、今は判らんでもいい。だがマグナ・グライプ、今から言っておく。お前はこれからもスフィーリアの事で色々、苦労する事になる。それだけは覚悟しておくんだな」
そう言ってイーサンはニヤリと笑った。
「ではこれから細かな打ち合わせをする。頼んだぞ相棒」
「判りました。任せて下さい」
一方、冒険者街の北にある倉庫街では文字通り火急の事態が発生していた。
カピカウドの実を燃やして出来た煙の中をガーズが大暴れし、大混乱に陥っていたのだ。
倉庫街界隈をガラクタ精霊が暴れ回り、蔵や倉庫の警備員達に襲い掛かる。
しかも煙は村の外にも流れ、森の中に潜むガーズまで倉庫街に引き寄せてしまっていた。
そんな中、暴れ回るガーズを前に慌てふためく倉庫番に向かって覆面をした三人組が後ろから襲い掛かった。
棍棒で殴られた倉庫番はそのまま卒倒させた。
三人組の一人が倒れた倉庫番から鍵を奪い取ると倉庫の入り口を開放した。
三人組は中を物色し、素早く背中の大きな背嚢に詰め込んだ。
そして目当ての金品を手に入れたら素早く次の倉庫を襲う。
手際が良い。恐らくこの日の為に考え抜かれた計画だったのだろう。
そしていつの間にか背負った三つの背嚢はパンパンに膨れ上がっていた。
「よし、頃合いだ」
三人は互いに顔を合わせたまま頷くと倉庫街から脱出、闇の中へと逃走した。
街はまだガーズによる混乱冷め止まぬままだ。
それを眺めながら先頭を走る男が被っていた覆面を脱ぎながら叫ぶ。
「ふんっ! ざまぁ無いぜ!」
声の主はヒヨルドのだった。
ガーズによる襲撃はイーサンの憶測通りヒヨルドによるものだった。
そしてヒヨルドの後ろにはレッド・タイタンのメンバーのウィッツとコルダが続いていた。
三人のパーティはお宝の詰まった重い背嚢を背中に担ぎながら冒険者街から村の東の土塁に向けて懸命に走った。
「へへ、こんなに上手くいくとは思わなかったぜ」
最後尾を走るコルダも作戦が成功した事に喜びを隠せない。
「けど、ヒヨルドの旦那、本当にこの先に秘密の抜け穴ってのがあるんだろうな?!」
前を走るヒヨルドに向かっすぐ後ろのウィッツが訊ねる。
「大丈夫だ。そこは村人の中でも一部しか知らない秘密の抜け穴だ。その先に馬車も停めてあるから、それに乗ってオサラバヨ」
ウィッツの問い掛けにヒヨルドは前を走りながらフフンと笑う。
作戦計画は用意周到に練られたものだった。
この日の為に集めていたガーズを倉庫街に解き放ち、その混乱に乗じて倉庫の中の宝物を強奪する。
そんな強奪計画をヒヨルドは長年、温められてきた。
倉庫街にはハルトーネの森から掻き集まれてきた宝物が山の様に眠っている。
それを何時かは自分の手に……。そうすれば村で自分をクズの博打打ちと馬鹿にしていた奴等を見返せるはずだ。
そんな事を村を出た二年間、ずっと考え続けていた。
だが作戦には仲間が必要だった。
どんなに作戦が上手くいっても一人で持ち出せるお宝には限界がある。
そんな時、目を付けたのが生業にしているイカサマ賭博で金を捲き上げた、ウィッツ達三人だった。
街の場末の賭場でスッカラカンにされ辛気臭い顔をしていたレッド・タイタンの三人にヒヨルドは計画を打ち明け言葉巧みに彼等を仲間に引き入れた。
最初のうちは半信半疑だった三人だったが懐事情の芳しくなかった彼等は話を聞くうちに次第に計画に乗っていった。
そして半年前、ヒヨルドは作戦の第一段階としてフラム村に戻り司祭に頼み込んで、砦の守備兵兼警備員となり、村の中の内部調査を隈なく行った。
調査自体は何の問題も無かった。
元々、自分の生まれ故郷だ。村人は顔見知りで冒険者街にも昔の知り合いが残っており情報収集には事欠かなかった。
その後、手筈通り、ウィッツ達を冒険者として仕立て上げ潜入させ、自分の手引きで作戦の為に集めておいたガーズを村の中に持ち運ばせていた。
そして今、まんまと盗み取った宝物が自分の手元にある。
最も、幾つかのアクシデントがあった。
本番前に三人が下らない理由でせっかく集めたガーズの多くを失った事と、三人の中のハッタが大怪我をして作戦から外れた事、そしてそのハッタが守備隊に捕まった事。
だがそれも作戦が成功した今となっては既に過去の出来事だ。
カピカウドの実を子供達に集めさせていた事が露呈しても既にヒヨルド自身が砦から逃走した後で己の知る所では無い。
「さて、後は仕上げだな……」
やがて三人は東側の土塁の前に辿り着いた。
ヒヨルドは土塁の傍で蔓草で編んだ丸い蓋を払い除けると目当ての抜け穴が現れた。
「さあ、ここを通ればすぐに外だ」
三人は穴の中にその身を滑り込ませ、土塁の下を潜り、背嚢を手分けして運び、村の外へと脱出した。
「こっちだ……」
土塁の外に出た三人はヒヨルドを先頭に再びが再び歩き出す。
暫く、畑の中を歩くとハルトーネの森の手前の木陰に一頭立ての馬車が繋がれていた。
「荷物を積んで乗ってくれ。村から離れる」
三人は馬車に乗り込むとヒヨルドが手綱を握った。
月明かりが望む人気のない田舎道を三人を乗せた馬車が滑る様に進む。
屋根の無い馬車の荷台の上では明るい笑い声が響いた。
「いやぁ~面白い様に上手く行ったな。これもガーズ様のご利益って奴だ」
意気揚々とヒヨルドが饒舌になる。
だが一方でウィッツとコルダは浮かない顔だ。
「どうしたんだ? そんな葬式帰りみたいな顔をして」
ヒヨルドが訊ねる。
「なあ、本当にこれで良かったのかなぁ?……」
そう言ったのはウィッツだった。
「何か都合の悪い事でもあるのか?」
「ハッタの事だよ……」
今度はコルダが答える。
どうやら二人はハッタを置き去りにした事に罪悪感を感じていたらしかった。
彼等にとってハッタは故郷の村を出てから今日まで苦楽を共にして来た仲間だった。
そんな彼を置いて逃げてしまって本当に良かったのか?
だがそんな二人の良心の呵責をヒヨルドは鼻で笑う。
「まあ二人ともよく考えてみるんだ。ハッタは今、怪我している。そんな奴を連れて、逃げ切れると思うか?」
「……」
「それにだ。ハッタは幸か不幸か今回の作戦実行に関わってない。恐らく取り調べを受けても無罪放免で釈放されるはずさ」
「そうかな?……」
「そうさ。それで釈放されて、ほとぼりが覚めた頃、密かに迎えに行く。後はまた三人で仲良く別の知らない街で暮らせばいい。完璧だろ?」
そう言ってヒヨルドは二人に説明した。
それを聞いて二人は少しばかり安堵の表情を浮かべる。
「そうだ、そうだよな。それが一番だよな……」
そして無理やり自分達の気持ちを納得させた。
「ところでヒヨルドの旦那。分け前は最初の話通り四等分で良いんだな?」
「四等分って事はハッタの分も入ってるって事か?」
「当然だ。ハッタは俺達の仲間だ。当然、あいつにも権利はある」
「そうだ。今から、余分に寄越せってのは無しだぜ」
「なるほど、友情の証って奴か。いいね、かっこいいいね」
二人の言葉にヒヨルドが馬の手綱を握りながら笑った。
しかし笑い終わった途端、ヒヨルドが冷然とした態度で言い放つ。
「いいや、分捕ったお宝は俺が全部、いただく」
ヒヨルドの言葉に二人は唖然とした。
「おいおい、冗談は止してくれよ!」
「それは幾ら何でも欲深すぎって奴だぜ!」
ウィッツとコルダが思わず声を荒げた。
だがヒヨルドは真面目な顔で返す。
「ふっ、冗談じゃ無いぜ。お前達とはここでお別れだ。スッカラカンのまま馬車から降りてもらうぜ」
その瞬間、二人はヒヨルドの言葉が本気だと悟った。
ヒヨルドからの絶縁宣言を前にウィッツとコルダの眼光が鋭さを増す。
「手前ぇ! 裏切る気かぁ!」
「只で済むと思うなよ!」
今度はウィッツとコルダが大声でヒヨルドを威圧した。
同時に二人は腰に下げていたナイフに手を掛けた。
ヒヨルドの背中目掛けてナイフで斬りかかる。
だが同じタイミングでヒヨルドが手元にあった袋の紐を解いた。
その瞬間、黒い影が飛び出し荷台の二人に襲い掛かった。
影の正体はこの時の為に取って置いたガラクタ精霊だった。
月夜に照らされるガーズの姿は邪悪な怪物そのものだ。
「うっわああああああああ!」
ガーズに憑りつかれた瞬間、二人は悲鳴を上げながら慌てふためく。
そして成す術も無く荷台の上でバランスを崩すと、そのまま荷台から転落した。
「痛てぇぇぇぇ!」
転げ落ちた体を地面に這いつくばらせながら二人は揃って呻き声を上げた。
一方、二人が居なくなり軽くなった荷馬車は街道の中をひたすら突き進む。
月明かりの中、全てのお宝と、それを独り占めしたヒヨルドを乗せて。
「さらばだ、レッド・タイタン! 正直、その馬鹿さ加減には不安だったが、お前達はいい仕事をしてくれたよ。アミーゴ! 感謝してるぜ。わはっはっはっ」
馬車の上でヒヨルドがひとり高笑いを上げていた。
その笑顔は最後の勝者のみに与えられた特権でもあった。
しかし転落した二人はその姿を追う事も叶わず、憑りついたガーズを追い払うので精一杯だった。




