第95話
マグナは棍棒を拾うとバーミーラビットの死体が転がる畑から離れた。
そしてその足で東の砦へと急いだ。
「何かに襲われた。早くこの事を砦に知らせなきゃ」
マグナは砦までの道を懸命に走る。
だがマグナが砦に戻ると、門の前は何やら騒然としていた。
門の前では大勢の大人たちが松明の灯りの中に立っている。
「バンダ! どうして、そんな事したの!」
人だかりの中から何故かメリーナ・マイセンの怒鳴り声が聞こえた。
おかしい、何故こんな時間にメリーナが東の砦に居るのか?
マグナですらおかしい事に気付く。
マグナが人だかりを後ろから覗き込んだ。
だがそこで見た光景に唖然とした。
数人の兵士に取り囲まれた泣きじゃくるメリーナと、そんな彼女の前で意気消沈するバンダ、ヤンマ、クベッチの三人の正座する姿が見えたのだ。
三人は小さくなりながらすすり泣いていた。
普段の元気な様子はもうどこにも見当たらない。
困惑するマグナの前でメリーナは更に怒鳴り立てる。
「いつ、お姉ちゃんがアンタにこんな事してほしいって言ったのよ! 確かにウチはお金が無くて大変よ! でもだからってこんな事してお金儲けして欲しいなんて!」
「ごめんよ……。ごめんよ、姉ちゃん……」
姉が怒る傍で弟が泣きながら謝り続ける。
「でも姉ちゃん、オイラだってあの実がそんな危ない物だったなんて……」
「あなたって子は、この期に及んでそんな嘘を吐くの!」
「落ち着いて、メリーナ。もう、済んだ事よ」
背後から人孤族の女性がメリーナを諭す。
女性は教師のハリカ・エレだった。
しかし元恩師の前でもメリーナの怒りが収まる気配は無い。
マグナは周囲を観察した。
よく見れば砦の兵士に混じって二組の夫婦も混ざっていた。
恐らくヤンマとクベッチの両親だ。
そしてもう一人、マグナが良く知る人物が離れた所から様子を見守って居た。
イーサン・マウレだった。
マグナはイーサンに近付いた。
「先生……」
「ああ、マグナか。お勤め御苦労だったな」
しかしイーサンは周囲の状況に反して妙に落ち着いていた。
「何があったんですか?」
「ちょっとな。最も、儂も今、ここに来たばかりだ」
するとイーサン先生はしゃべりながら顎で指した。
その先には石畳の上に敷かれた木の実の山と、三人が日中、背負っていた竹籠が置かれていた。
「あれってパカの実……」
マグナが思わず口走る。
だがそれを聞いてイーサンは首を横に振る。
「いいや、あれはカピカウドの実だ。あれを深夜、三人が城壁の壁に開けられた抜け穴を使って運び出そうとしている所をここの兵士が見つけたんだ」
「カピカウドの実?」
「ハルトーネの森でごく偶に見掛ける木の実だ。見掛けはパカの実とそっくりで素人には見分けがつかん」
「どうやって見分けるんです?」
「実が熟す時期が違う。それと実の成る樹の葉の形が違うからそこで見分ける。そして採ってはならん実だ」
「採ってはならない? どうしてですか?」
「食っても美味くないし果肉の中に僅かながら毒がある」
「毒ですが?」
「だが問題はそこではない。実を割って中の種を火にくべると中の油が反応して濃い煙を出す。厄介なのは、その煙がガーズを引き寄せる事だ。だから実を村の中に持ち込む事は禁じられておる。だがあの三人はその実を夜中に集め、村人だけが知っている城壁の抜け穴を通ろうとしている所を、巡回中の兵隊に見つかった様だ」
「そんな、まさか! どうしてそんな事を……」
思わずマグナが声を上げた。
「子供達の話では、どうもヒヨルドに頼まれて集めていたらしい。パカの実だと偽ってな」
「ヒヨルド班長が?!」
イーサンの言葉にマグナ思わず耳を疑った。
あの実がパカの実だと教えてくれたのはヒヨルド自身だ。
だがイーサンの話ではあれはカピカウドの実と言うパカの実とは別の物だ。
マグナの中で実際に見た事とイーサンの話がまるで繋がらない。
「どうした、マグナ?」
困惑するマグナにイーサンが訊ねる。
マグナはイーサンに昼間の事を全て話した。
「マグナ、それはお前が騙されたんだ」
「騙された?」
「子供達と一緒にな。カピカウドの実は禁制の毒物だ。たから普通の親は実に近付く事すら許さん。そのせいで子供達は実の事など詳しくは知るまい。だからヒヨルドは子供達に近寄って、今の季節に取れるカピカウドの実をパカの実と偽って集めさせた。それとお前もヒヨルドに言い包められてまんまと騙された」
「そんな……」
イーサンの話を聞いてマグナは茫然とした。
だが脳裏にミキシイナの話していた事が頭に浮かぶとマグナの中で話が数珠繋ぎに繋がっていく。
ミキシイナの話しでは今はパカの実の採れる季節ではない。
そしてあの籠の中の実はパカの実では無かくカピカウドの実だった。
マグナは自分と子供達がヒヨルドに騙されていたという事実を認めざる得ない。
マグナの中で衝撃が収まらない。
胸が詰まって息苦しい。
日中、土塀の外で出会ったあの四人が泥棒騒動の裏でそんな事をしていたと思うと。
そんな彼等の前で自分は何も知らずに居た事を。
「どうして班長はそこまでして、そんな実なんて集めさせたんでしょうう?」
「判らん。既にここにはヒヨルドの姿はどこにも無い。どうやらこの騒ぎを知って雲隠れした様だ」
「雲隠れ?」
「だから子供達の言うヒヨルドに頼まれたという話も作り話かもしれないと砦側は疑っている」
「……」
それがマグナがイーサンに聞かされた事件を巡る現在までの状況だった。
「先生、それって悪い事?」
「ああ、間違いなく犯罪行為だ。無論、子供であっても見過ごす事は出来ない。だから今、関係した者の家族も砦に集められている。マグナもよく見ておくんだ。法を破った者がどんな扱いを受けるかを……」
イーサンからの厳しい言葉にマグナは息を呑む。
「……先生、四人はこれからどうなるの?」
「カピカウドの実を町の中へ持ち込んだ者は罪に問われる。特にヒヨルドは砦の兵士を首にされ、場合によっては刑務所に入れられるかもしれない」
「刑務所?」
「檻の中に閉じ込められるという事だ」
「バンダ達も?」
「さて、子供はどうなるかな? 流石に逮捕までは行かないと思うが……」
向こうではメリーナが弟たちを罵倒する声が今も聞こえている。
だがもしかすれば隊長の判断ひとつで子供達は檻の中に入れられるかもしれない。
そうなれば姉と弟は離れ離れになる。
「そんなの可哀そうだ!」
マグナは心の中で強く思う。
ならばどうする。姉弟に対して自分は一体、何が出来るのか?




