第88話
午後になって三人は教会に帰ると、マグナは二人と別れ掃夫の仕事に戻った。
マグナは決められた病棟の床掃除を終わらせると今度は薪割りの仕事を始めた。
教会の中は広い。掃夫としてのマグナの仕事は幾らでもある。
それをマグナは何の不満も持たず毎日、繰り返していた。
「ちょっと、待ちなさーい!」
薪割りの最中、学校の方から女の子の声が聞こえた。
声の方を見るとあのハッシャムー遊撃隊のバンダがこちらに向かって走って来る。
「ちっ、ヤンマ、クベッチが捕まった……」
だがバンダは何やらつぶやきながらマグナの前を通り過ぎると病棟の方へと姿を消した。
暫くするとバンダを追いかけてきたレイジーとスイミーの姉妹が現れた。
「マグナ! バンダを見なかった?」
「見なかった?」
近寄って来た二人がマグナに聞く。
「バンダなら見たよ」
「どこに行った?」
「病棟の方に走っていった。何かあったの?」
「あのおバカ、また女の子に嫌がらせしたのよ!」
「嫌がらせ?」
「スカートめくりよ!」
スイミーがパタパタと自分のスカートをはためかせながら訴えた。
スカートめくりなからマグナも知っていた。
時折、ハッシャムー遊撃隊の三人が女の子達のスカートを下から掬い上げては中のパンツを露わにさせていたあの奇妙な行為だ。
スカートを捲った後、バンダ達は大声で嘲り合う。
一方、不意打ちを浴びた女の子達は身を固めて悲鳴を上げていた。
男の子達は喜んでいたが女の子達は明らかに嫌がっていた。
「それは良くないね。人の嫌がる事をするのは……」
遊撃隊の傍若無人な振舞いにマグナは女の子達に同情する。
「でしょ! 今度こそは許さないんだから!」
「じゃあね、マグナ。バンダを見掛けたらまた教えてね!」
そう言い残して二人はマグナの前を走り去ると病棟の方へと姿を消した。
そしてまた暫くすると病棟の方からバンダ戻って来た。
しかし今度はマグナの前を素通りはせず灌木の植え込みに飛び込み身を隠す。
「さっきから何をしてるんだい?」
マグナが身を潜めるバンダに声を掛けた。
マグナはバンダがレイジー達に追われている事を知っている。
「シィー! 黙って! レイジーの奴等にバレちまうよ!」
不意に声を掛けるマグナをバンダが必死に咎めた。
しかしをそれ見て今度はマグナがバンダを窘める。
「さっき聞いたよ。女の子に嫌がらせをしてるって。それは良くない事だ」
「別に嫌がらせなんかしてねぇーよ!」
「けど、レイジーとスイミーはとても怒ってた」
「それは違う! 判ってないな、アンタ」
そう断言するバンダの態度にマグナは頭を捻る。
「判んねーのかよ。照れ隠しだよ。照れ隠し!」
「照れ隠し?」
「そうだよ。アイツら本当はスカートめくられて嬉しいんだよ。でもそれを開けっ広げに喜ぶと恥ずかしいから怒るんだ」
「何故、それで嬉しいの?」
「決まってるだろ? 好きな男に構われる事が嬉しいの!」
「好き? 好意を持っているという事? とてもそんな風には見えないけど……」
「かー、アンタって本当にドンカンだな! 全然、女心ってのを判っちゃいない!」
「う~ん、判らないなぁ~。じゃあ、君には判るのかい?」
「あたぼうよ」
バンダは隠れながら自慢気に言い放つ。
「おいらはあいつらを幸せにする為にあんな事をやってるんだ。んでオイラもパンツが見えて嬉しい。どうだい? みんな幸せ。誰も損してないだろ?」
「ふむ?……」
マグナはうなる。
確かにバンダの言い分が正しければ誰も不幸な目には会ってない。
だがマグナの目には、やはり女の子はスカートが捲られて怒っている様にしか見えない。
そして逆に不思議に思う。バンダはなぜスカートを捲って幸せになれるのか?
「そんな事よりアンタ……」
今度は打って変わってバンダが神妙な顔をする。
「姉ちゃん助けてくれたんだってな……」
「昨日の事かい?」
「それに関しては礼を言っておく。ありがとう……」
バンダは感謝の言葉を述べた。
そんなバンダの言葉にマグナは目を丸くする。
彼の口から感謝の言葉が出て来るとは思わなかったからだ。
「それと、ドモリって言ったのも悪かったよ。もう、言わない……」
「それはいい事だね。エリッサもスフィーリアも喜ぶ」
「いや、オイラはアンタが喜ぶと思って言ったんだけど……。それとエリッサ姉ちゃんには馴れ馴れしくするな! あの人はアンタが思っているほど気軽な人じゃないんだからな!」
「君はエリッサの事も好きなのか?」
「そりゃ、オイラの一番の推しだからな」
「スフィーリアの事は?」
「もちろん、スフィーリア姉ちゃんの事も好きだぜ。文句あるか?」
「ふ~ん……。メリーナにエリッサにスフィーリアにレイジーにスイミー……君は好きな子がいっぱいなんだね」
「大きなお世話だ! アンタ、一言多いんだよ!」
マグナの指摘にバンダは顔を赤くしながらフンッと顔を背けた。
だがそれを聞いてマグナは妙に安心した。
そして親近感を覚える。
バンダは僕と同じだ……僕もみんなが好きだ
そんなマグナはバンダに言った。
「それともうひとつだけ言って良いかい? 僕の名前はアンタじゃない。マグナ・グライプ。これからはそう呼んでほしい」
「ああ、判ったよ。じゃあ俺のオイラの事もバンダって呼んでくれ。これは二人の友情の証だ。仲間にも伝えておく」
バンダはマグナの前で少し格好を付けて言った。
一方、バンダから出た友情という言葉にマグナは嬉しくなる。
「そうか、僕とバンダは友達になったんだね……」
やがてバンダは植え込みに隠れていた所をレイジー達に発見された。
「こらぁ~! 今日という今日は絶対許さないんだから!」
「やべぇ! じゃあな、マグナ・グライプ!」
「気を付けて、バンダ・マイセン。女の子とは仲良くね」
バンダは植え込みから飛び出し、再び学校の方へと逃げていった。
それを女の子達が追いかける。
追いかけられるバンダの顔は嬉しそうだ。
そんな彼等を眺めるマグナに頬にも自然と笑みがこぼれていた。




