第87話
「ほとんど?」
「僅かながら言葉の意味くらいは……」
「そんな勿体ぶらずに」
「そんな大それたもんじゃないよ。ガッツはこの大陸の古い言葉で勇気を意味する言葉だ。今でも良く使うよね。あの人はガッツがあるよねぇ、とか」
「どちらかと言えば根性って意味ですわね」
「そしてランサーは……言わずもがな槍の事だね……」
「勇気の槍……。マグナの槍の名前にピッタリね」
「だがガッツにはもう一つ意味がある」
「何です、それ?」
「聖剣だよ」
「聖剣?」
「タイラントと竜殺しの伝説、知ってるだろ?」
「タイラントと竜殺し伝説?」
スパイドの言葉にマグナが首をかしげる。
「まあ、君は知らないだろうけど、この大陸で生まれた人間なら誰でも知っている英雄譚だよ。もっとも教会ではそう言わずに……」
「越海の聖騎士団伝説の事ですわね」
スフィーリアは微笑みながら返した。
タイラントと竜殺しの伝説とはこの古大陸で最も有名なおとぎ話のひとつで、この地上に初めて現れた地縛竜「タイラント」と、それと戦った百人の「屠龍」達の物語だ。
伝説に寄れは大昔、ここ旧大陸オーディアは人類と精霊が共存する平和な世界だった。
だがタイラントの出現により事態は一転、世界はその未曽有の暴力の前に敢え無く崩壊した。
その災厄の規模は凄まじく、文明は滅び、自然は荒廃し、人心は乱れ、地獄の暗黒時代とも呼ばれていた。
だが、バーム(火精)、サワビー(水精)、ドグラ(土精)、フィーメラ(風精)、セルロス(木精)、の五大精霊主の加護を受けた無名の百人の冒険者が現れ、彼等によって地縛竜タイラントは倒され、平和が戻ったと伝えられている。
最も同じ伝説でもブルザイ教の教えは少し異なり、教典には新大陸でザイーナから啓示を受けた百人の聖人が海を渡りタイラントを倒した事になっている。
「その勇者達は各々、聖剣を持ってタイラントを倒したって言うんだが、その聖剣の何振りかにガッツ何とかと言う名前が付いていたらしいんだ。知ってたかい?」
「いいえ、何分、剣の方は疎い物で……」
「精霊遣いと僧侶ならそうだろうね。それに聖剣持ちの大半はタイラントの初手の石化魔法で全滅したらしいからほとんど後世に伝わっていない」
「ならガッツ・ランサーも聖剣って事?」
「けれど光の槍は剣ではありませんわ」
「別に聖剣は剣だけとは限らないさ。そもそも伝説にも屠龍たちが使っていた聖剣がどんな物だったか、具体的な記述はそれほど多くないんだ」
「でも、それってオーディアでのおとぎ話ですわよね」
「まあね……。けど、考えてみてくれたまえ、マグナ君の光の槍の名前がその聖剣からあやかったのなら」
「成程、その伝説のガッツをあやかっている何某を辿れば、逆にマグナの事が何か判るかもしれないって事ですね」
「そうさ。それで調べたらこのオーディアにはガッツの地名を持つ……。すなわち聖剣の名前に由来する土地が幾つかあるらしいんだ」
そうスパイドが答えた瞬間、エリッサとスフィーリアが瞳を輝かせた。
もしかしたらそのバレが記された地名のどれかがマグナと謂れのある土地、もしかしたら故郷の可能性がある。
「ならその場所ってのは何処なんですの?」
「私が調べた限りでは二つ。大陸の西方、バルミス地方のデルタ・ガッツと大陸の北東のギスリア島ハムア・ガッツ……」
だがその二つの地名を聞いた途端、二人は深い溜息を吐いた。
「バルミスは現在最強とも言われる超大型地縛竜、ベノム・バーのお膝元、ギスリア島は数百年前に地震で沈んで今はその跡地が地縛水竜マゾルバの巣。どっちもおいそれと近付けないわ」
「そうだね……。残念だが私の調べもここまでだよ」
結局、スパイドの情報でマグナの何かが得られた訳では無かった。
牛筋亭の店の中も変わらない。
昨日と変わったものといえば日替わりランチのメニューくらいだった。




