第86話
暫くするとメリーナが再びやって来た。
「ごめんなさい。おひとり様が相席を所望です」
そう答えるメリーナの後ろに一人の男が立っていた。
「やあ、ワイルドキャットの諸君」
男は気軽に声を掛ける。
彼の正体はペル・スパイド。冒険者ギルドフラム村支部の支部長だった。
「相席は良いかね?」
「どうぞ、追加料金でお高くなりますが」
「美人二人なら大歓迎だよ」
エリッサが奥の席に詰めるとスパイドは笑いながら四人掛けの空いた席に座った。
「私もランチを頼むよ。それと今日は三人とも私が奢らせてもらう。メリーナ、彼女達の勘定は私の所に」
スパイドが注文するとメリーナが愛想良く笑って離れていく。
「昨日は災難だったね」
スパイドの言う災難とはここ牛筋亭で起きた事件の事だ。
「ギルドにも伝わってますの?」
「冒険者同士の喧嘩なら誰も見向きもしないさ。だがそれがイーサン先生なら話は別さ。正直な話、先生の様な腕の良い医者がひとりでも動けなくなれば、それだけでも冒険者街全体に悪い影響が出る」
「その割にはギルドの通達が徹底されてませんわね。聖職者を攻撃するなんて」
「それは耳が痛いね。だから今日、その先生を襲った冒険者ってのを調べさせてみたんだけど……」
「どこの誰ですの?」
「それがね、レッド・タイタンなんてパーティ、ギルドの名簿のどこを調べても載ってなかったよ」
「載ってないですって?」
スパイドの説明を前に二人は揃って声を上げた。
「スパイドさん、それってモグリって事ですか?」
モグリとは冒険者ギルドに登録されていないパーティの事だ。
「いや、それですら無い可能性がある」
「どういう事?」
「西の砦で聞き込みもしてみた。するとそんな人相の三人組が森に入った形跡がないと言ってた。この村で冒険に出たいなら必ずあそこを通らなければならないからね」
「なら何者ですの? 彼等は……」
「恐らく、ならず者の偽冒険者って所だろうね」
「偽冒険者?」
「例えば、冒険者の振りをして、ソロの冒険者や新米冒険者を詐欺に逢わせたり、裏に連れ込んで集団で恐喝したりとか。他にも盗賊や置き引き、闇商売に違法賭博の胴元、そんな不心得者の連中という事だよ」
「そんなのがこの村に居るって事ですか?」
「最近、特に増えてる。この村が冒険者景気に湧いていると知って集まってきているんだ。そして件の連中は一週間ほど前からここに現れ、ここの店主が大人しい人なのを良い事にゆすりやたかりを繰り返してた。もしかして店の権利書でも脅し取ろうとしていたのかもしれない」
「非道い……」
スフィーリアが声を震わせる。
「何も冒険者の敵は眷属や凶暴な野獣だけとは限らないって事だね。君達も気を付けたまえ。そんな連中は人の心の隙を平気で突いて来る。こっちがしっかりしてると思っていてもね」
そうスパイドが話し終えるとメリーナが彼の分のランチを持ってきてくれた。
スパイドはメリーナの前では話題を変えようと、ランチに手を付けながら今度はマグナの方を見た。
「君が“迷宮から来た少年”マグナ・グライプ君だね。本当は君にはもっと早く合うべきだったんだが……」
スパイドはそう最初に前置きして自己紹介した。
「君の事はここに居るエリッサや司祭様から聞いてるよ。教会での戦闘は大手柄だったね。それと記憶についても気の毒だと思うよ……」
「……」
だが突然、赤の他人から話し掛けられたマグナはきょとんとしているだけで何も言い返せない。
そんなマグナの代わってエリッサが話す。
「それでスパイドさん、あれから彼の事で何か判りましたか?」
「いや、全然。ギルドに記録が無いのは変わりない。周りでも彼の事を知っている者はひとりも居なかった。彼が使うという光の槍の事もさっぱりだ」
「やっぱりそうですか……」
「でも気長に待って居れば、何時かはマグナの事を知っている人が必ず出てきますわ」
「そうよね。こんなに強いんですもの」
「それと今日、直接会えたんだ。ひとつだけ教えてほしい事がる」
「教えて欲しい事?」
スパイドの言葉にスフィーリアとエリッサが顔を合わせる。
「君の中でコモラ迷宮での記憶は無いと聞いたのだが……本当かい?」
「はい。僕の最初の記憶は……教会のベッドの上でした」
マグナは正直に答えた。
「今でもそうかい?」
「はい」
「ふむ、コモラ迷宮での事も覚えてないという事か」
ならマグナは迷宮の最下層から突然現れた黒い樽の事も地縛竜と戦った事も、本人は知らない事になる。
「ではその光の槍の事は? 使い方はどこで覚えた?」
スパイドはガッツ・ランサーの事を訊ねる。
マグナは首を横に振る。
「だが君は実際に光の槍が出せるよね。その発動の為の魔法の呪文は?」
「わかりません……。力がほしいと思った時、何故か頭に浮かんだ言葉です」
「成程……」
スパイドは頷いた。しかしこれでは何も解明されないのと同じだ。
「スパイドさん、そのガッツ・ランサー? って言葉も判らないんですか?」
エリッサがスパイドに聞く。
それにスパイドは「ほとんどね」と答えた。




