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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第五章 フラム騒動記
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第83話

 三人は次の患者の下へと辿り着いた。

 そこは住居兼家主の仕事場で敷地内には多くの大樽の生け簀が並べられていた。

「次の患者さんはリデルさんですわね」

 家の前でスフィーリアがつぶやく。

 家主は一ヶ月前、ガギーマの生き残りに大怪我をさせられた森の漁師、リデル・リンジャだった。

 あの時彼は、眷属のシシリー・ズデークスに吹き矢で大怪我をさせられたが、今は自宅療養の最中だった。

 そんなリデルの家の前には三人ほどのガギーマが生け簀の前で作業していた。

 彼等はリデルが家業に穴を開けまいと隣町から呼び寄せた甥っ子達だった。

 その為、リデルの家業は人数も規模も大きくなり独り身で働いている頃より逆に繁盛しているとの事だった。

 マグナは作業中のガギーマを見詰めた。

 しかし何もしない。

 先ほどのスフィーリアの話で彼等がひと月前に戦ったガギーマとは全く別の存在である事を理解したからだ。

「これなら、もう心配なさそうね」

「そうですわね」

 マグナに態度にスフィーリアとエリッサは安堵する。

 スフィーリアはマグナの背負っている薬箱から薬を取り出すと、二人を家の外に待たせ、自身は玄関の戸に手を掛けた。

「では行ってきますわ」

「いってらっしゃーい」

「ですがエリッサ。私の居ない間、くれぐれもマグナに変な事を吹き込まないでくださいましね」

 そう離れる前にスフィーリアはエリッサに釘を刺す。

「判ってるわよ。安心して診察に行って来なさい。リデルさん待ってるわよ」

「どうだか……」

 だがスフィーリアはエリッサの態度に訝し気だ。

「ごめん下さいまし、ワリカット教会より参りました、スフィーリア・ルシエッタです」

 一抹の不安を抱えつつもスフィーリアはリデルの家の中へと入っていった。

 外で作業をしていたリデルの甥っ子たちが快く出迎えると、尼僧の姿は戸口の前から消えた。

「さてと、邪魔者は消えたわ。マグナ?」

 スフィーリアが居なくなったのを見計らってエリッサがマグナに呼び掛ける。

「どうしたの、エリッサ?」

「あなた冒険に興味ない?」

 エリッサが早速、本題を切り出した。

「冒険?」

「そうよ。冒険に出てこの村の塀の向こう側に行ってみるの」

「ふむ……」

「この村以外にも好きな所に自由に行くことが出来るのよ」

「う~ん……」

 そうエリッサに誘いを掛けてみる。

 しかしマグナはただ唸るばかりだ。

 冒険とは村の外で行う。具体的には眷属の討伐、野性動物の狩猟、野草や食用植物の採取、鉱山の捜索に希少鉱物の採取、希少生物の捕獲、森や迷宮の地図作りや測量、調査などハルトーネの森に関わる仕事の全ての事だ。

 少なくともマグナは教会でそう教わっていた。

 だがマグナにとって仕事とは教会の掃夫であり、森に入る事ではない。

 そして何より、マグナはスフィーリアだけでなく司祭にも森に入る事を禁じられていた。

 今のマグナにとって冒険行為は禁忌なのだ。

 だが興味が無い訳ではない。

 村の周囲を囲む土塀の向こうに違う世界がある事をマグナは感覚的に知っていた。

 新しい人々が村に入り、そして出ていくのを繰り返す。

 砦の外が断絶された虚無の世界ならあり得ない事だ。

 そして教会の雑用をこなしながら時折、物思いに耽る。

 あの土塀の向こうにはなにがあるのかと……。

「それで、どうかしら? 私達と冒険の旅に出てみない?」

「う~ん……。ええっと……」

 マグナがエリッサの前でずっと考え込む。

「悩んでいるのは脈ありね……。そりゃ男の子だもん」

 マグナを見てエリッサがほくそ笑む。

「マグナ、何か判らない事があったら何でも聞いて?」

「判らない事?」

「そうよ。冒険について知りたい事、興味のある事、何でも教えて上げるわ」

「じゃあ、冒険に出れば何の役に立つの?」

 マグナは思わず聞いた。

 イーサン先生には拙速に物事を考えるなと言われたが、マグナにはやはりメリーナの件も気になっていた。

 一方、この質問はエリッサには意外だった。

 教会の方針によってマグナの冒険が禁忌にされている事はエリッサも知っている。

 だからマグナは冒険に危険は無いのか? とか、お金はどれだけ掛かるのかとか、てっきりマイナス要素から質問してくると思ったからだ。

 だがこれは嬉しい誤算だ。

 何にしても前向きなのは良い傾向だ。

「それは皆の役に立つわ」

「皆の……為?」

「そうよ! 冒険に出て地縛竜を倒す事は人類全ての幸福に繋がるの!」

 マグナの質問にエリッサは大仰に答えた。

「人類全ての幸福? それが皆の幸せって事?」

「そうよ! 今の戦争の原因は地縛竜と人類の争いなんだから。それが無くなるって事は平和になって皆が幸せになれるって事よ」

「平和……」

「だったら、マグナ。あなたはやっぱり冒険者になるべきよ! なって皆の為に地縛竜や眷属と戦うのよ! そして平和を取り戻す! どうワクワクしない?」

 そうエリッサが語るとマグナの目の色が変わった。

 いつもの碧色の瞳が宝石の様に輝いてみせる。

 冒険者になって地縛竜を倒せば皆が幸せになれる。

 言葉は単純だが、エリッサの言葉はマグナの胸の中に深い感銘となって突き刺さる。

 それをエリッサも見逃さない。

「もうひと押し……」

 しかしエリッサがもう一言、言おうとした瞬間、スフィーリアが診察から戻って来た。

「ちょっと、お止しなさい! 何を勝手な事を言ってますの!」

「あら、もう帰って来たの?」

「何が平和の為ですか! 調子の良い事言って、マグナに変な事を吹き込まないで下さいまし!」

「だって、彼の強さは本物よ! もっとその能力に見合った機会を与えて上げなきゃ」

 窘めるスフィーリアにエリッサは自信を持って言い返す。

 コモラ迷宮での地縛竜との壮絶な戦い、それに続いてワリカット教会でのガギーマとブルタウロとの戦闘、そしてグラーデの群れの撃退。

 その三つの勝利はエリッサにマグナを冒険に出させたいと思わせるだけの充分な根拠となった。

 無論、自分達のパーティメンバーとしてだ。

 幸いコモラ迷宮での戦いはギルドからは非公認にされ表に出ていないし、ワリカット教会や堤防の土手での戦いも司祭に口止めされている。

 すなわちその事実を知るのは今のところエリッサ達だけだ。

 近年、稀に見る戦闘の逸材。もし彼の実力を知ればどこのパーティも黙ってはいないはずだ。

 ならパーティのリーダーとして彼を原石のうちに取り込みたいという思うのは当然だ。

「それが大きなお世話というものですわ」

 だがスフィーリアはマグナのパーティ加入はリーダーに聞かされていた時から反対の立場を取っていた。

「確かにマグナの力は認めますわ。でも彼には彼の仕事や使命があります」

「教会の雑用がそんなに重要な使命かしら?」

「失礼な言い方はお止めなさい。掃夫も立派なお仕事ですわ」

「でも彼の戦闘力はあなたも見たでしょ?」

「勿論、充分すぎるほど拝見いたしましたわ」

「なら判るでしょ? 教会の雑用だけで終わらせるのは流石にもったいないわ」

「いいえ、駄目です! マグナは今のままが一番、良いんです!」

「判らないわね。何でそこまで意固地になるのかしら……」

 頑なに拒否するスフィーリアの前でエリッサが頭を捻る。

 しかしスフィーリア個人にもマグナの冒険者への転職を反対するのにはそれなりの理由があった。

 確かにマグナの持つ戦闘力は素晴らしい。

 しかし、彼はその自身の持つ戦闘力について余りにも無自覚だ。

 マグナは自分がなぜ強いのかという事にまるで理解が無い。

 誰よりも無垢で、なのに稚拙な思考の持ち主だった。

 その証拠にマグナは戦いの中で常に感情を爆発させた。

 一瞬の感情の揺らぎだけで敵対する存在に攻撃を仕掛ける。

 土手での戦いはこちらの指示を無視して突っ込んでいった。

 後は感情に任せ、無造作にガギーマやグラーデの命を奪う。

 それは明らかに思考を持った人間の戦い方ではない。

 マグナは自分の戦闘力を理性で制御出来ていない。

 そんな人間が冒険の現場に出ればどうなるか?

 恐らく取り返しのつかない致命傷を受けながらも戦い続け、やがて朽ち果てるはずだ。

 そこに待ち受ける凄惨な結果に不安が付き纏う。

 それはイーサン先生の感じていた危惧と同質の物だった。

 だがその事が親友のエリッサには見えていない。

 エリッサに見えているのはマグナの強さだけだ。

 マグナが自分達のパーティに加われば今の何倍もの戦闘力を自分達にもたらせてくれる。

 それだけにエリッサにとってコモラ迷宮での体験が衝撃的だったからに他ならない。

「とにかく、今は彼を惑わす様な事は言わないで下さいまし」

 そう言ってスフィーリアはマグナの手を掴むとエリッサから引き離す様に歩き出していった。

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