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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第五章 フラム騒動記
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第82話

 マグナが違和感に悶々とする中、一向は目的地の部屋の前に止まった。

「エリッサはここで待ってて下さいまし。マグナは箱を背負ったまま私と一緒に」

 エリッサとマグナはスフィーリアの指示に頷いた。

 スフィーリアはイーサン先生と違ってマグナも一緒に部屋に入れるつもりでいた。

 しかし部屋に入る前、スフィーリアは最後にマグナに言い含める。

「マグナ、これからここに入りますけれど、中の患者様を見ても決して驚いてはいけませんよ」

「うん……」

 マグナは一応、返事をした。

 だがスフィーリアの言葉の意味が判らない。一体、何を驚くのだろうか?

「ではレミット、お願いします」

「はい、スフィーリア先生」

 準備が整うと角の生えた少女が扉をノックしながら叫んだ。

「お父さん、教会からお医者様が来てくれたよ」

「ああ、入って貰ってくれ」

 部屋の中から中年の男性の声が聞こえると少女は扉を開けた。

「先生、どうぞ……」

「ではお邪魔しますわ」

 二人は少女に導かれながら部屋の中へと入っていった。

 だが通された部屋の先で、マグナはマグナは驚愕した。

 目の前に眷属が居る! 

 人の体に牛の頭。牛頭人身。

 その容姿は二週間前、この冒険者街と教会を襲撃したブロタウロそのものだった。

 そう気付いた瞬間、マグナの体は思わず後ろに飛びながら引き下がる。

 そして戦闘態勢を取ろうとした。

 だがそれをスフィーリアが素早く制した。

「マグナ。先ほど、言いましたわよね? ここに患者様を見ても驚かない様にと」

 その声は意外と厳しく、マグナの体は固くなる。

 マグナの動きが止まった。

 だがマグナは困惑したままだ。

 目の前に居るのはどう見てものはブロタウロだ。

 ブロタウロは足に添え木をされており部屋に置かれたベッドの上に寝ている。

 それでも敵には……眷属には変わりないはずだ。

 なのにスフィーリアは自分を制し、逆にブロタウロとは平然と接していた。

「お邪魔しますわ、エンデークさん。イーサン先生の代理で参りましたスフィーリア・ルシエッタです」

「よろしくお願いします。代理でも美人の先生なら大歓迎ですよ」

「お代わりはありませんか?」

「ええ、何とも……」

「それと先ほどは申し訳ございません。連れが騒ぎ立てて驚かれたのでは?」

 スフィーリアとの朗らかな挨拶の後、何事も無く診察は行われた。

 だがマグナには目の前のブロタウロが気になって仕方がない。

「何でここにブロタウロが……」

 マグナは今も目の前の光景に困惑が尽きない。 

 教会を襲った身の丈5mの怪物と比べれば目の前のブロタウロは随分と小柄でマグナの身長よりも低い位だった。

 しかし体が小さいからと言ってブロタウロである事には変わりないはずだ。

 ならば今すぐにでも相手を排除しなければならない。

 何故ならばブロタウロは眷属、人類の敵のはずなのだ。

 それに教会の壁を破壊するほどの腕力で凶暴な存在だ。

 だからマグナの体は敵と認識し、動こうとした。

 だがそれをスフィーリアが明確に制止した。

 お陰でマグナの中には戦う事の出来ないじれったさとスフィーリアに対する疑問だけが残った。

 だがそんなマグナの前でスフィーリアのスフィーリアの診察は続く。

 そのスフィーリアの態度もマグナは不思議でならない。

 教会を襲った敵が目の前に居るのになぜ冷静にいられるのか?

 そんな中、先ほど角の生えた少女の事が頭に浮かぶ。

 同時に彼女への違和感の正体も理解し始める。

 あの女の子も間違いなくブロタウロだ!

 あの牛の角が証拠だ!

 だから自分はあの少女の中にブロタウロの存在を察知した。

しかし外見が彼の知っている人牛とはかけ離れていた為、明確に断定出来なかった。それがあの違和感の正体だった。

 やがて診察が終わった。

 その間、患者と僧医の間では変わったことなど何も無かった。

「では、おだいじに」

 そう最後に一言スフィーリアは言い残し二人は人牛族の親子を別れた。

 借家を後にし、通りに出た途端、エリッサが聞いた。

「何事も無かった様ね」

「少し冷っとしましたが、マグナがすぐにこちらの言う事を聞いてくれましたわ」

「ならテストは及第点って事かしら?」

「そうですわね。マグナはよく頑張ってくれましたわ」

 エリッサの問い掛けにスフィーリアは笑った。

 一方のマグナはまだ複雑な表情を浮かべていた。

 マグナは釈然としない。

 なぜ敵が出て来たのに戦いを止めたのか。

 それどころか部屋の中で何の疑問もなくスフィーリアは往診を行っていた。

 それが今も不思議でならない。

 マグナがつぶやく。

「ブロタウロが出てきた……」

「そうですわね、ブロタウロでしたわね」

 スフィーリアが言う。

「スフィーリアは驚かないの?」

「全然、普通の事ですわ」

「エリッサも」

「勿論、おかしい事なんて何も無いわ。けどその様子じゃあ、かなり驚いたみたいね」

 二人は顔を合わせながら安堵の笑みを浮かべる。

「人間以外のヒトを見るのは初めて?」

 エリッサが聞く。

「そんな事はないよ。あのエリッサの仲間の……」

「ロウディとミャールもそうよね」

「それにハリカ先生も学校の子供達も東の村の人の中にも、教会にお祈りに来る人の中にも……」

「なら判りますでしょ? 私達の言いたい事」

「……」

「先入観があると混乱しますわよね……」

「それに今、この村でブロタウロって言ったら、確かエンデークさんの一家だけよね。見慣れてないってのもあるかも」

「確かにあの方達は人牛族ですわ。けど安心して。この村の中に住んでいるブロタウロは皆、私達の味方ですわ」

「味方?」

「一ヶ月前に襲ってきた地縛竜の眷属ではないという事です」

「そうなの?」

「そうですわ。あそこに住んでいたエンデークさんはこちら側の冒険者。でも今は前の冒険の怪我で休業中。そして先ほど傍に居たのは娘さんですわ」

「……」

「ブロタウロは本来、私達、人間と共存するはずの同じ人類。でもその中から闇落ちして地縛竜の下に付いた者も居ます。それが眷属ですわ。そしてこの前、あなたが倒したブロタウロの狂戦士もそんな眷属の一人」

「なら人牛族は二種類いるって事?」

「人牛族だけではありませんわ。人間だってガギーマだって人狼だって人猫だって何だって眷属に成り下がった者達は幾らでもいますわ。ですがその逆も真なり。だからその辺り、充分に気を付けなさい。でないとあなたは味方を傷付けたり、逆に敵に出し抜かれたりする可能性があります。そうなれば取返しの付かない失敗に繋がりますわ」

 そう言ってスフィーリアは念を押した。

 同時にそれがここに来た時、スフィーリアがマグナに何があっても驚くなと釘を刺した言葉の真意であり、今日、ここで教えようとした事もそれだった。

 世界には二種類の人間が居る。

 それは種族や民族や人種ではない。

 味方か眷属か、そう言う意味での二種類だ。

 この村の人達は皆、味方だ。

 眷属の様な危険は無い。

 だがそれをマグナはこの一ヶ月の間に教会で丹念に学ばされたはずだった。

 なのに実際はエンデークを目の前にした時、体が敵と反応してしまった。

 反応してしまったのは教会での教えを完全には理解していない、マグナ自身が未熟な証拠だった。

 マグナは何か嫌な気分になる。

 そんな中、エリッサはスフィーリアに聞いた。

「ところでエンデークさんって冒険中、何で怪我したの?」

「御本人はこの前、眷属の掃討中に不意打ちを浴びたっておっしゃってました」

「掃討中に不意打ち? 多いわね、最近」

「でも本当は冒険の帰り際、森の中で持っていた気付け用のお酒を飲んだんですって。その際、酔っぱらって油断して転んだらしいですわ」

「転んだぁ?」

「ええ、その時に道を間違えて村の東側の畑の方へとほろ酔い気分で出たのですけど、畑の中に開いていた穴に足を取られて転倒し怪我したと、後で娘さんがこっそり教えて下さいましたわ」

「何それ、かっこつけて。全然、戦闘と関係ないじゃない」

「でも娘さん、お父さんの言った通りにしてくれと仰いましたわ。優しい人ですわ」

 なお、マグナは後で知ったのだが、ブロタウロ族の中でマグナが倒した大型の人牛族はボーロック亜族、エンデーク一家はヒタノ亜族と呼ばれる。両者が同じ人牛族にも関わらず体格が全く異なるのはその為だった。

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