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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第五章 フラム騒動記
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第81話

日が変わり、今日のマグナはスフィーリアと組んで昨日の冒険者街での回診の続きをする事となった。

「じゃあ、準備はよろしくて?」

 スフィーリアの隣で昨日と同じ木箱を背負ったマグナが頷いてみせる。

 だが昨晩、牛筋亭の騒動の顛末を聞かされたスフィーリアは怒り心頭だった。

「イーサン先生! これはどういう事ですか?!」

 怪我の心配もそこそこにスフィーリアはベッドの上のイーサンを激しく非難した。

「まあ、そんなに怒りなさんな、スフィーリア……。昼間の電撃よりもお前さんの怒鳴り声の方で心の臓が止まりそうだよ」

「そうですよ。イーサン先生は今は重症の身、労わって上げなければ……」

 横に居た司祭も懸命にスフィーリアを宥める。

「はぐらかさないで下さいまし! これは大切な事ですわ!」

 だがスフィーリアの怒りは収まらない。

 相手が親子ほど年の離れた先輩僧侶で、更に屠龍と呼ばれる冒険者の極みであった男であってもスフィーリアの叱咤は容赦ない。

 だが司祭もイーサンもマグナの外出に大事は無いと言ったその日に喧嘩沙汰を起こされてはこの若い尼僧の怒りも当然だ。

「やはりマグナの外出は時期早々でしたわ!」

 スフィーリアは自分の持論を半ば二人に押し付ける様に独白する。

「しかし何時までも引き込ませておく訳にも行きませんよ。外に出さなければそれだけ彼の社会復帰が遅れる訳ですから」

「かといって今のまま外出させては彼に悪影響です!」

「なら当分、彼の外出時にはもうひとり人を付けて三人で外出させる事にしましょう。流石に二人かがりなら彼に対する目も行き届くでしょうしね。勿論、外出時の付き添いの一人はあなたですよ、スフィーリア」

「それにマグナは聞き分けは良い。私が一声掛けたら振り上げた拳を寸前で止めた。大丈夫、彼は我々が考えているよりも賢いよ」

 そう言って二人はスフィーリアを納得させた。


 二人が教会から出発しようとした時、そのもうひとりの付添人が現れた。

「ハァイ! マグナ、元気してた?」

 エリッサ・ブンダドールだった。

「こんにちは、エリッサ」

 エリッサの明るい声にマグナも笑顔で返す。

 反面、スフィーリアは浮かない顔だ。

「やっぱり貴女でしたのね」

「何よ。文句ある? 私だって正式に教会から依頼されたマグナの教育係なのよ」

「別に文句はありませんわ。ただ邪魔だけはしないでくださいましね。私達は仕事で街に行くのですから」

「言われなくたって判ってるわよ。なにさ、さっきからひとりで棘々して」

「それと……」

「それとってまだ何かあるの?」

「今日はマグナにとって大切な試験がありますから!」

「試験ですって? 何の?」

「とにかく邪魔しない事。それをよ~く理解して下さいまし」

 そう言うとスフィーリアは二人の先頭に立ちながら冒険者街の方へと歩いていった。

 エリッサもマグナも尼僧の後に付いて行く。

 再び訪れた冒険者街の様子は昨日と変わりなかった。

 牛筋亭から三人組を追い出したマグナを見ても誰も何とも思わない。

 ここでは喧嘩沙汰は日常茶飯事、当たり前の様に行われる騒動をいちいち覚えている者など当事者達以外、居ない。

 大通りを進むうちに三人は最初の患者の家へと辿り着いた。

 そこは借家の一軒家で患者の住居だった。

「ああ……なるほど。試験ってそういう事ね」

 借家の表札を見た途端、エリッサが何かに気付いた。

「でも大丈夫? いきなりここで……」

 同時に訝し気につぶやく。

 だがスフィーリアは動じない。

「今のマグナなら大丈夫のはずですわ。その為にこの一ヶ月間、ハリカ先生と一緒に充分に教え込んだんですもの。それに何かあった時は私の方で対処します」

「左様で。じゃあ、スフィーリア大先生のご鞭撻とマグナの勉強の成果を遠くから拝見させて貰いますか」

 自信にあふれたスフィーリアの態度にエリッサも小さく笑った。

 三人は借家へと足を踏み込んでいく。

 借家の玄関先には壁に細長いレンガの花壇があり、住人が植えたと思われる紫色のアジサイが列を為していた。

 並び咲くアジサイ達を前にマグナの頬が綻んだ。

 荒事だらけの雑然とした冒険者街でここだけがオアシスの様に輝いてみえる。

 自分が教会で世話をしている花壇の花たちもこの様な大輪の花を咲かせてくれるのだろうか……。

 そんな事を思っていると、小さな花園の横から少女の鼻歌が聞こえて来た。

 マグナが鼻歌のする方に視線を向ける。

 すると花壇の前でしゃがみ込む日除け用の麦わら帽を被ったひとりの少女を見つけた。

 やさしい黒い瞳と短く整えられた黒髪のかわいらしい少女だ。

 少女は腰を低くしたままアジサイの隙間に手を伸ばすと花壇に蔓延る細かな雑草を懸命に抜いていた。

 恐らくこの花壇の持ち主でこのアジサイの花園の製作者だ。

「こんにちは、レミット・エンデーク」

 花壇の前に立ったスフィーリアが少女の名を呼んだ。

 鼻歌が止み、少女はその場から立ち上がった。

「あ、スフィーリア先生。いらっしゃい」

 そして僧医の方を見て帽子を脱ぎながら挨拶した。

 一方、マグナは少女の容姿を見て、少しばかり違和感を覚える。

 身長はスフィーリアやエリッサと変わらないが体格は明らかに良かった。

 だがそれ以上に少女は彼女達と根本的な部分で違っていた、

 帽子を脱いだ黒いショートヘアの頭部から牛の様な二本の角が生えていたのだ。

 それがマグナの目には奇異に映った。

 マグナは角が気になって緊張が解けない。

 そんなマグナの傍らではスフィーリアとエリッサは何も無かった様に平然としている。

 角の生えた少女を見ても何とも思わない。

 スフィーリアが要件を伝える。

「教会からイーサン先生の代理として寄せさせて頂きましたわ。連絡は届いていますわよね?」

「はい。昨日、牛筋亭から使いの人が来て、そう聞いてます」

「お父様のエンデークさんは?」

「中で寝ています。案内します」

 少女がスフィーリアの前を歩き玄関の扉を開けた。

 彼女を先頭にスフィーリア達は借家の奥へと入っていく。

 借家は木造の平屋だった。東の旧村の民家よりも簡素な造りだが建屋はしっかりしており家族持ちの上級冒険者が住みこむ典型的な一戸建てだった。

 室内は外の明かりが差し込み充分、明るかった。

 だがマグナは初めて入る借家の内装よりもスフィーリアと並んで歩く角の少女に気持ちが集中していた。

 半獣半人、人間の体の一部に他の動物の要素が混在する存在、しかしこの世界では珍しくもない人として生きる、人間の同胞だ。

 事実、この一ヶ月の間にマグナは同じ様な人々を、特に教会の来訪者の中から幾度となく目の当たりにした。

 初めは戸惑いもしたがそれも一ヶ月間も見続ければ慣れが生まれ何とも思わなくなる。

 そもそも彼の先生の一人である学僧のハリカ・エレが狐の耳と尻尾を持つ人孤族なのだ。

 奇異に映る方がむしろおかしい。

「けど……」

 と、マグナは短くつぶやく。

 前を歩く彼女も間違いなく一ヶ月間、見続けて来た半獣半人と変わりない。

 だが何か違和感がある。何かが見落とせない。

 それが気になって仕方ない。

 ではこの少女が他と何が違うのか?

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