第80話
だがそんなイーサン先生の思いも知らず、ハッタを除いたウィッツ、コルダのレッド・タイタンの面々は深夜、冒険者街の外れにある小さな屋台の前で管を巻いていた。
「クソっ垂れぇ! あの野郎め!」
ウィッツが屋外に置かれたテーブル替わりの樽の上で中味が空になった陶器のジョッキを乱暴に置いた。
「今度、見つけたら、今度こそ……今度こそとっちめてやる!」
その横ではコルダが無言のまま手にしていたナイフをもう一つの樽に投げつけた。
二人ともむしゃくしゃしていた。
マグナへの仕返しのつもりでガーズに襲わせたのだが何の成果も得られなかった。
それどころか大損だ。手に入れていたガーズは失い、ハッタはそのガーズの一匹に太ももを噛まれ大怪我を負ってしまった。
そのハッタを今は宿屋で休ませている。
だがハッタは医者には診せられない。
教会に連れて行けば診察してもらえるが、そこの僧医と喧嘩してこの有様なのだ。
結局、冒険者街にある薬屋から高い薬を買う羽目になった。
「全く、今日は何もかも付いて無ぇ……」
ウィッツが酒を飲みながらぼやく。
だがそんな二人を冷ややかに見詰める視線があった。
「頂けないな……。こんなに派手に動かれたんじゃ計画に支障が出る……」
ナイフの刺さった樽の傍から男の声が聞こえた。
男は顔を覆面で覆っていた。そこに夜の影が射し容姿を更に判らなくする。
「それにガーズを集めるのもタダじゃないんだ。それを下らない理由で勝手に使われてはこちらが困るんだよ」
男は樽の上で肘を突きながら二人を窘めた。
だがウィッツは苦し紛れに言い訳する。
「あれは練習だよ。いきなり本番でやれって言われても上手くいくとは限らないだろ?」
「そんな事より、そっちは予定通りなんだろうな?」
コルダが男の傍の樽に近寄ると、刺さったナイフを抜いて男に詰め寄る。
「ああ、間違いない。この前みたいに地縛竜でも攻めてこない限りはな」
男は覆面の下で冷然と答えた。
「それでどれくらいになる?」
再びウィッツが訊ねる。
「恐らく今回だけで一億五千万って所だ」
「いちおく……」
「ごせんまん……」
数字を聞いた途端、二人が揃って息を呑んだ。
「それだけ有りゃあ、俺達ゃ億万長者だ。なあ、ウィッツ」
「全くだ……。こんな貧乏生活ともオサラバさ」
コルダとウィッツがクククッと喉の奥で厭らしい笑みを浮かべ合う。
「だが何事も用心に越した事はない。特に仕事前はな」
「ふん、そんな事、判ってるさ!」
「本当にそうか? 悪いが昼間の騒動を遠巻きに見せてもらったぜ」
昼間の事とは無論、牛筋亭での喧嘩沙汰の事だ。
「アンタ、アレを見てたのか?」
「ああ、あんな騒ぎを起こされたんじゃ目立って仕方がない。一層、この仕事は無かった事にしようかと……」
「ちょっと、待ってくれ! ここまで来てそれは無いぜ!」
覆面の声をウィッツは慌てて遮った。
「だったらもっと慎重に動いてくれ。誰からも目立たない様にな」
「判ったよ。自重すれば良いんだろ! それよりもアンタの言ってたブツは手に入りそうなのか?」
「ああ、そっちは任せてくれ。上手い手を考えてあるからな」
「なら後はその日までおとなしくしてりゃあ良いんだな?」
「ああ、静かにしてりゃ主の御加護って奴が自ずと訪れるって寸法さ……」
そう言って男は覆面の下で笑った。




