第75話
イーサンが浴びた電撃は思いの外、強力だった。
外傷こそ無かったが、痙攣は残り、患っていた腰にも大きな負担が掛かった。
とても午後の回診が出来る様な容態では無い。
店主は近所から何人か人を呼び、イーサンを担架で教会まで運ぶ様に依頼した。
冒険者街の中でも人徳のあるイーサンの一大事と聞いて直ぐに予定以上の人数の冒険者が集まった。
「大袈裟にされるのは好まない。それに私自身、医者だ。自分の体の具合は自分が一番良く知っている」
イーサンは担架で運ばれる事を拒み自分で立とうとした。
しかしイーサンは動けない。
結局、イーサンは折れ、有志により担架で教会に戻る事となった。
恐らく教会では彼の容態を見た司祭が仰天するに違いない。
一方、食堂に残されたマグナは運ばれる間際のイーサンにある仕事を頼まれていた。
その為、店の中に暫く居残る事となった。
店の看板はまだ日の高い中、既に降ろされていた。
店の中は片付けられ、営業も中止となった。
客の姿もなく居るのは店主とメリーナとマグナの三人だけだ。
「じゃあ、メリーナ。今日はもう店じまいにするから、お帰り……」
あんな酷い目にあったメリーナをこの後、とても働かせられない。
そう思った店主とイーサンはメリーナを家に帰らせる事にした。
しかし外はまだ明るく先ほどの三人組が彼女を待ち伏せしているかもしれない。
そこでイーサンはここを離れる前、マグナにメリーナを家まで送る様に命じた。
「じゃあ、マスター。明日も来ますから……」
「ああ、無理しないでいいからね……」
年老いた店主は覇気の無い声で二人を見送った。
マグナはメリーナを連れ、店を出た。
既に通りでの騒ぎは治まっていた。
何故ならここは冒険者街だ。喧嘩沙汰は日常茶飯事で、今はマグナの顔を見ても誰も気にも留めない。
「そんな事よりもお客さん、怪我はない? 電撃を受けたんでしょ?」
歩きながらメリーナが心配気にマグナに訊ねる。
しかし相手からの攻撃が全く通用しなかったマグナの体に怪我の痕はない。
「大丈夫。全然、痛くないよ」
マグナは試しにウィッツの剣を弾いた左掌をメリーナに見せる。
掌には斬られた痕も見当たらない。
「すごい、あなた本当に強いのね……」
マグナの身体の強靭さにメリーナが驚嘆の声を上げる。
「ありがとう。助けられたのは二回目ね」
メリーナが何度も感謝の言葉を送る。
その声にマグナの胸の奥が熱くなる。
褒められている事は素直に嬉しい。
「私はメリーナ。メリーナ・マイセン。あなたは?」
「マグナ・グライプ」
遅ればせながら互いが自己紹介をした。
「そう、マグナさんだったわよね。先生もそう呼んでたし。また店に来てよね。今度は奢るから」
それはマグナとメリーナの縁が繋がった証でもあった。
同時にマグナの中の世界がまた広がった事を意味する。
冒険者街を抜けてもイーサン達が危惧する様な事態が起きる様な事はなかった。
周りを見ても三人組が仕返しに現れる様子はない。
代わりに教会の前の小さな橋の方から別の三人組がこちらに向かって走ってきた。
「ねぇ~ちゃ~ん!」
先頭を走るひとりがメリーナに向かって叫ぶ。
三人とも牛筋亭で暴れた連中と比べたら明らかに小さく幼い。
三人組の正体は先日、マグナにパチンコで小石を当てようとして失敗したハッシャムー遊撃隊だった。
「げっ!」
メリーナの横に居るマグナを見るなりバンダが顔を青ざめさせた。
だがそれにメリーナは気付かない。
「どうしたの、バンダ? そんなに慌てて?」
「さ、さっき、担架で運ばれてきたイーサン先生の話を聞いたんだ! 牛筋亭で喧嘩があったって……」
メリーナの問いにバンダが慌てて取り繕う。
まさか石を当てようとして逆襲された相手が傍に居ると言える訳もない。
それに牛筋亭で働く彼女の事が心配で駆けて来たのは本当だ。
「メリーナ?」
横に居たマグナがメリーナに訊ねた。
マグナは三人組の事は知っているが彼等とメリーナとの関係が判らない。
メリーナはマグナが何を聞きたいのかを察した。
「ああ、ウチの弟よ。バンダっていうクソガキ。あんまり気にしないで」
「弟、姉ちゃん。二人は姉弟。同じ親……同じマイセン……ふむ」
マグナは言葉を噛み締めながら二人の関係を理解した。
マグナもこの一ヶ月の間に血縁関係の絆の深さはしっかりと勉強していた。
こうしてまた、外の世界を拡げていく。
「それで? なんで、アンタ達がここに居るの?」
「居るのって、心配だから来てやったんじゃないか!」
「もしかして迎えに来てくれた?」
「まあ、姉ちゃんは女だからな……」
姉の質問に弟は胸を叩きながら答える。
姉を守るのは自分の仕事だと言わんばかりだ。
「何よ、生意気言っちゃって」
それを聞いて姉は弟の額を軽く小突いた。
しかしメリーナの顔は嬉しそうだ。
もうそこには三人組のゴロツキの前で脅えていた彼女の姿はない。
「そんな事より……。アンタ達、学校は? まだ終わる様な時間じゃ無いでしょ」
「そんな、姉ちゃんがあぶないってのに勉強どころじゃないよ!」
「そのゴロツキってのがまた襲って来るかもしれないからさ」
「だから抜け出てきたんだ。それにハリカ先生は今日は出張で自習だしさ」
そう言って残りの二人がバンダの説明を補足する。
「だったら今すぐ教室に戻りなさい!」
だが三人の理由を聞いてメリーナはにべもなく言い返した。
「そしてしっかり勉強するの。こんな時にまでハリカ先生に迷惑かけてどうすんのよ?」
「こんな時って、だからまたその喧嘩を起こした奴等が姉ちゃんの前に出やがったら……」
そうバンダは再び姉に訴える。
しかしメリーナは三人の前で首を横に振ると代わりに横に立っていたマグナの肩に両手を置いた。
「そんな心配ないわ。ここに居るマグナさんが守ってくれるから」
「守るって、この木偶の棒のドモリ野郎がか?」
「コラッ! このバカバンダ! アンタ、マグナさんに失礼でしょ! 今すぐ謝りなさい!」
「だって姉ちゃん! こいつは……」
弟が口答えする。
しかし姉は逆に礼儀知らずの弟を叱り飛ばす。
「マグナさんは喧嘩の時に先生と一緒に私を守ってくれたのよ! その恩人に向かって何て言葉を使うの!」
「こいつが恩人だって?」
「いいから謝んなさい! そして学校に戻って勉強するの! 判った?」
「けど、姉ちゃん……」
だが弟の気持ちは釈然としない。
「返事は?!」
姉は弟に一切の口答えを許さなかった。
弟は抗う事も出来ず、逆に叱られた事にしょげかえる。
「はい……。ごめんなさい……」
バンダは渋々、マグナに向かって頭を下げた。
そんな弟の姿を前に姉も安堵する。
「それに姉ちゃんはもう大丈夫だから。今日はもう、このまま家に帰るから……」
そして最後に弟の頭を撫でながらこう付け加えた。
「ありがとうね、心配してくれて……ヤンマとクベッチもね」
メリーナの言葉に三人組は黙って姉達の前を後にすると教会の方へと戻っていった。
「ごめんなさいね、マグナさん。気を悪くしたでしょ? 後で充分に言い聞かせるから」
姉は非礼を詫びた。
「大丈夫。気にしてない。それにバンダも謝ったし」
だがマグナは真面目な顔をして首を軽く横に振った。
「そう、いい人ね。マグナさんて……」
「マグナでいい……」
「本当?」
「皆、そう呼んでる」
マグナがメリーナに笑顔を見せると彼女も安堵した。




