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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第五章 フラム騒動記
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第74話

「へっ?」

 不意に湧き上がった浮遊現象に鶏冠頭は思わず声を上げた。

 そして目の前の光景が流れる様にぐるぐると変化する。

 背中から釣り上げられる凄まじい力と体を振り回す異様な感覚。

 鶏冠頭の体が宙を舞い、そのまま店の外に向かって飛んでいった。

「ぎゃあああああ!」

 店の前の往来の中で鶏冠頭が悶絶しながら悲鳴を上げた。

 彼の背中を打撲による激痛が襲い掛かる。

 一方、先ほどまで鶏冠頭の立っていた場所にはマグナ・グライプが直立していた。

 鶏冠頭の背後を捕ったマグナが、相手の後ろ襟を片手で摘まみ上げると、怪力を使って、そのまま外に向かって放り投げたのだ。

「手前ぇ、何者だぁ!」

 突然、割って入ったマグナに向かって弓使いが威嚇の声を上げた。

 だがマグナは無言のまま弓使いの胸倉を掴むと先ほどの戦士と同じ様に店の外に向かって投げ飛ばした。

「ひいいいいいいいいいい!」

 悲鳴と共に弓使いも店先で転げ落ちる。

「ああ~、みんなぁ~」

 投げ飛ばされた仲間二人を見て残った回復師が腕輪のある右手を延ばした。

 腕輪は使用者が危機に陥った際、自動で発動する護身用魔法具だ。

 安物だが、もう一回分位の霊力は残っている。

「あぁ、危ない!」

「駄目!」

 もう見てられないと店主とメリーナが同時に目をつむった。

 同時に腕輪から雷の魔法がマグナの体へと流れていく。

 その証拠にマグナの体は電流の洗礼に曝され、その勢いで髪の毛が逆立った。

 マグナの痩身の体が電撃でよろける。

 だがそれまでだった。

 暫くすると、何事も無かった様に立ち上がり再び回復師の前に立った。 

 マグナの肉体は地縛竜とも戦えるほど強靭だ。

 初手では面食らったが、結局、電撃がマグナの体の芯にまで届く事はなかった。

「へ……」

 必殺の一撃が不発に終わった事に回復師は茫然とする。

 そして次の瞬間にはマグナの左掌が太っちょな胸板を強く突き飛ばした。

「ぎゃあ~!」

 回復師までも悲鳴を上げながら店の外へと押し出され、まだ倒れたままの弓使いの小さな体の上へと重なった。

「ぐえっ!」

 ぶつかり合う二人の冒険者が圧し潰されたカエルの様な悲鳴を上げた。

 マグナは店の外に出ると、そのまま店先の通りに立った。

 騒ぎに気付いた、冒険者街の住人達が牛筋亭の周囲を囲んでいた。

 冒険者街での喧嘩沙汰。その動向を周囲が見守っている。

 マグナが通りに立ち尽くすと、最初に放り出された鶏冠頭の戦士と相対した。

 戦士は立ち上がるとマグナに向かって言い放つ。

「手前ぇ、俺が誰だか判ってんのか! あのロンバ・グゥさん率いる「シャルジーマ探査隊」の流れを組む「レッド・タイタン」のリーダー、ウィッツ・ハバート様だぞ!」

 ここに至って鶏冠頭の戦士は名乗り上げた。

 そして自分達が与するパーティの名を出して虚勢を張った。

 要するに自分達にこれ以上歯向かうとシャルジーマ探査隊から報復を受けると言いたい訳だった。

 だがウィッツの大見得の後、群衆からドッと笑い声がした。

 そしてその後、野次が飛ぶ。

「嘘付けー! シャルジーマ系列の下部パーティに貴様等みたいなクソが居るもんか!」

「お前等みたいな弱っちいチンピラを何処の誰が仲間に入れるって言うんだい?!」

「吐くんなら、もっとマシな嘘付けよ、へっぴりタイタン!」

 野次馬達の嘲笑が鳴り止む事は無い。

 それ位、三人組の吐いた嘘は惨めなものだった。

「ウィッツ、今すぐここから離れよう……」

「もう、勝てっこ無いよ……」

 一方、鶏冠頭の戦士の背後から仲間達の情けない声が聞こえた。

 回復士と弓使いは既にウィッツと呼ばれた鶏冠頭の背後で逃げ腰になっている。

「うるせい、ここまで来といて舐められたまま逃げられるかってよ!」

 ウィッツは仲間二人を一喝すると自分はマグナに向かって腰の剣を抜いた。

「テェエエエエエエ!」

 そして声を上げながら力いっぱい振り下ろした。

 マグナも切っ先を避けようと左の上腕を前に突き出す。

 骨と金属がぶつかり合う音が一瞬、牛筋亭の前で鳴り響いた。

 ウィッツの目論み通りなら次の瞬間、マグナの左腕はこの一振りで斬り落とされるはずだった。

 しかしウィッツの放った乾坤一擲の切っ先は届かない。

 逆にマグナが振った左掌によって刀身の横っ面を叩き落とされてしまう。

 ウィッツ手首に骨の髄まで響く様な激痛が走る。

「いでえええええぇ~!」

 堪らず、ウィッツが泣き叫んだ。

 一方、素手で剣を叩き落としたマグナの左掌には切り傷どころか薄皮一枚裂かれた形跡すらない。

 それを目の当たりにした群衆が再びに笑い転げた。

「がははははは! こいつぁ、飛んだナマクラだぁ~」

「こんなんじゃあ、こんにゃくだって斬れやしねえぜ」

 辺り一面、爆笑の渦の中、仲間達はすぐにウェッツの元に駆け寄る。

「う、ウィッツ!」

「だ、大丈夫かよ……」

「痛ぇ! 痛ぇよ……」

 しかしウィッツは痛みが続いたせいで周囲の反応に応える様な状態ではない。

 そんな彼等の元に、いつの間にか立ち上がっていたマグナが歩み寄った。

 今度はマグナが拳を掲げ、三人に狙いを定めた。

 回復士と弓使いがマグナの表情を注視した瞬間、顔面を蒼白に変えた。

 憤怒に満ちた鬼の形相。そこには相手を完膚なきまでに打ちのめそうとする意志がまざまざと見えた。

「ひぇええええええええええええええ……」

 二人が絶望的な悲鳴を上げる。

 だが、牛筋亭の奥から男の声が聞こえた。

「止めろ、マグナ・グライプ! もう勝負はついた!」

 それはイーサンの声だった。

「お前の拳は振ってはならん! 人には振ってはならんのだ!」

 イーサンが尚もマグナに向かって叫ぶ。

 イーサンはマグナの戦闘力の話を司祭やスフィーリアから何度も聞かされていた。

 眷属達を素手で屠る尋常ならざる力。

 それを人に振るえば、たちどころに取り返しのつかない事態に陥る。

「……」

 イーサンの声が届いたのかマグナは振り上げた拳を何事も無かった様に易々と降ろした。

 先ほど露わにした憤怒の形相も今は消えていた。

「ひ、ひぎゃあああああああああああああああ!」

 今度は三人組から揃って大きな悲鳴を上がった。

 目の前の痩身の男に殺される。

 そう思って、慌てて店の前から離れていった。

 三人組は周囲を囲んでいた群衆を掻き分けながら通りから姿を消していく。

 そんな哀れな姿を眺めながらやじ馬達はいつまでも笑い転げていた。

 笑い声を背に受けながらマグナは店の中へと戻っていった。

 店の中ではイーサンがメリーナと店主の手を借りて椅子の上に座っていた。

 マグナがイーサンの前で膝間付く。

 雷撃を浴びた僧医の額には水滴の様な脂汗が溜まっていた。

「先生……、大丈夫?」

 マグナが心配気にイーサンの容態を問い質す。

 しかしイーサンは自分の事は何も言わなかった。

 代わりにマグナに向かって一言、漏らす。

「よく、あそこで我慢したな……」

 それはイーサンからの誉め言葉だった。

 マグナが我慢したお陰であの三人組がそれ以上、傷付く事は無かった。

 彼が本気を出せば間違いなく唯では済まないはずだ。

 その事にイーサンは安堵し胸を撫で下ろしていた。

「……」

 しかしマグナには一つだけ納得できない事があった。

 あの三人組の扱いだ。

 彼等は明らかに悪い事をした。メリーナと店長を脅し、店内で暴れ、止めに入ったイーサン先生を傷付けた。

 マグナにとって彼等は明確な「悪」だった。

 なのにそんな彼等への攻撃をイーサンに止められた。

 その理由が判らないのだ。


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