第72話
メリーナと話していると、店に新しい客が入ってきた。
食堂に入って来たのは冒険者と思われる三人組の男達だった。
「ああ、いらっしゃいませ……」
だが出迎えた途端、メリーナの先ほどまで明るかった笑顔は固くなり声のトーンが下がっていった。
「よう、メリーナ。元気だったか? また来てやったぜ」
入店と同時にひとりの男がメリーナの肩を触りながら気安く声を掛けた。
男達はそれぞれ鶏の鶏冠の様な髪型の戦士、小柄で二の腕に花模様の入れ墨を入れた弓使い、そして大柄で太っちょの回復士で構成されていた。
だがその装備はどれもが極彩色の派手な装飾と奇抜な化粧や髪型で身を固めており、凡そ実戦向きではない。
逆に人目を引く為の旅回りの興行師だと言えば誰もが信じるはずだ。
そんな彼等が入って来た途端、店の中の雰囲気ががらりと変わる。
一見、常連を装っているが明らかに歓迎されていない。特にメリーナの表情は息が詰まりそうな位、強張って見える。
三人はメリーナの案内も待たず店の奥の一番いい場所に勝手に陣取った。
「どうぞ、メニューです」
グラスを人数分配ったメリーナが型通りにメニューを渡そうとした。
しかし最初に声を掛けた鶏冠頭の男は受けっとったメニューを早速、投げ捨てるとメリーナにまくし立てる様に言った。
「そんな物より酒だ、酒!」
その声はまるで野良犬の吠え声だ。
「は、はい!」
メリーナは慌てて三人から離れると、店のカウンターの方へと走っていった。
女給が居なくなった奥の席ではリーダーと弓使いの小男が大声を上げながら笑い合っていた。
他の客の迷惑も顧みず我が物顔で騒ぎ立てる。
マグナはそれを観察しながらランチの残りを頬張っていた。
武器は手にしているがとても冒険者とは思えない。
かといって正体が皆目見当もつかない、理解し難い存在。
しかしマグナでも理解できた事がある。
彼等の騒ぎ立てるという行為が迷惑行為である事だ。
“迷惑な行為とは何か?”
この一ヶ月間、マグナはその事をハリカ先生とスフィーリアによって膨大な凡例を用いて教えられてきた。
なのにあの三人組はそれを平然とやってのける。
「そんな、物珍しそうに見てるんじゃない!」
イーサンが観察中のマグナを小声で叱った。
マグナの視線が目の前の僧医に移る。
イーサンの表情は苦々しく歪んでいた。
マグナは言われた通り三人組から目を離す。
「メリーナ、すまんがこれを奥のお客さんの所に持って行っておくれ……」
一方、店のカウンターでは老店主が酒瓶と小さな三つのグラスをメリーナに渡した。
それをメリーナが愛用の盆に乗せて運び出す。
店はあの三人組に迷惑を被っているはずだった。
冒険者を相手する様な店なら、相手が誰であろうと巌と一言、窘めるべきだが、その覇気を示すには店主は歳を摂り過ぎていた様で、それどころか最初から逃げ腰で、相手の心変わりを期待する様な有様だった。
酒瓶を持ったメリーナが三人の前に立つ。
「あ、どうも……メリーナさん」
仲間の回復師が気を利かせてメリーナから酒瓶を受け取ろうとする。
店に入ってきてから彼だけが大きな体を猫背に縮こませて席の端で丸くするばかりで無闇に騒ぎ立てたりしない。
ひとりでルールを守ろうとする。
しかし残りの二人は店主が待ち望んだ良心を発揮する事はなかった。
鶏冠頭が酒を運んできたメリーナの手を掴むとそのままグイッと引き寄せた。
男の顔が女給の眼前に迫る。
「なあ、メリーナ。ここで注いでくれよ。一緒に飲もうぜ」
「そんな困ります! ここではお酌のサービスはしていません!」
「良いじゃねぇか。せっかく常連様が来てるってのによ」
メリーナは掴まれた腕を引き離そうとする。
しかし鶏冠頭は放すどころか、逆に抱き抱え、自分の膝の上にメリーナの腰を無理やり乗せようとする。
「いやああああああ!」
メリーナが思わず悲鳴を上げた。
「ああ……ウィッツ」
回復師が何かを訴えかけようとして途中で止めた。
「けへへへへへへへ……やっちまえよ、ウィッツ」
一方、二人を眺めながら弓使いの男が煽り立てる。
「お客様、なにとぞ、うちの子を放して下さいまし……」
流石にここまでされされては見過ごす訳にはいかない。
鶏冠頭の傍若無人を止めようと店主が三人の前に駆け寄ってきた。
「うるせぇ、爺ぃ!」
両腕に入れ墨を入れた弓使いが立ちはだかり店主を突き飛ばす。
「うわぁ!」
「マスター!」
メリーナが思わず叫んだ。
店主は転倒し、他のテーブルの角で膝を打つ。
「うっ……」
店主のうめき声だけが聞こえた。
だが弓使いは店主を助け起こす所か、嘲りながら罵倒する。
「ふん、弱ぇくせに出っ張りやがって。手前は大人しく酒でも運んりゃ良いんだよ!」
結局、老いた店主は捕らわれたメリーナを助ける事も出来ない。
「さあ、メリーナ。これから楽しもうぜ……」
「いやぁ……」
メリーナを膝の上に置いた戦士が再び彼女の顔を自分の目の前にまで抱き寄せた。
「かわいい、唇だな。キスしようぜ……」
鶏冠頭の邪悪な笑みがメリーナの眼前にゆっくりと迫る。
「いい加減にしたまえ! 大馬鹿者!」
だが二人の男女の唇が重なる直前、店内で三人組を叱りつける声が響いた。
全員が声がした方を一斉に見た。
そこには席から立ち上がったイーサン・マウレが厳しく睨みつけていた。




