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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第1章 迷宮から来た少年
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第7話

 パーティは夜通しで歩くと午後には冒険の活動拠点としている村に帰着した。

 村の名はフラム村。

 古大陸オールデン中央、ハルトーネの森の出入口にあるオルデン人と呼ばれる人類の集落だった。

 村の周囲には高さ7mほどの版築による土塀の上に森から切り出された丸太が無数に並べられ強固な城壁を築ていた。

 無論、外敵である地縛竜や眷属の侵入を防ぐためだ。

 その城塞の中央に石造りの砦があり、二人の門番が立っていた。

「止まれ! 許可なくここを通る事はまかりならぬ!」

 門番は駆けこんで来たエリッサ達を止めようとした。

 だがエリッサはすぐに金属プレート製のギルドの会員証を彼等の前にかざすと早口で叫んだ。

「私達はワイルドキャット団、急患よ! 事態は一刻を争うわ。悪いけど通して頂戴!」

 すると門番たちは急に態度を和らげる。

「ああ、エリッサ・ブンダドールか……。アンタ達なら構わないよ。通ってくれ」

 門番が二つ返事で道を開けた。

 四人は砦の門を潜り抜けるとそのまま村の中へと入っていった。


 村の中は中央を流れる小川によって西と東に分かれていた。

 東側は街道に接した、昔からあるごく普通の田舎の集落だったが、戸数は二百件を超え村と言うより小さな町に近い。

 そして西側はハルトーネの森に隣接した通称、冒険者街と言われる冒険者達が集う街で東の村と同じぐらいの規模があった。

 村は眷属が闊歩する森林地帯に近い事からエリッサ達の様な冒険者達の本拠地として昔から利用されていた。

 特に最近では徘徊する眷属や魔獣の活動が活発化して来た為、その分、冒険者の出入りも激しくなり、取引を見込んで商人達も集まり、村は好景気に沸いていた。

「道を開けて! 怪我人よ!」

 板壁で出来た商店が幾つも建ち並び、賑わう冒険者街の大通りの中を、エリッサを先頭にパーティは駆けていく。

 周囲の人々が何事かと商店から顔を覗かせると人狼の肩に担がれた包帯姿の少年が自然と目に入った。

「どうしたエリッサ? 迷宮で王様のミイラでも見つけたかい?」

 周囲に居た冒険者達が面白がって三人を冷やかしてみせた。

 冒険中の怪我人や死人は特に珍しい事ではない。

 それよりも包帯で巻かれた人間がまるでミイラの様に見えて、それが可笑しかった。

 しかしエリッサはその嘲笑を無視したまま目的地へと急いだ。

 エリッサ達は村の冒険者街を抜け、幅5mほどの小川に掛けられた石橋を渡った。

 橋を超えた先には堤防の土手があり、土手の上には短いながら桜並木があった。

 桜は淡いピンク色の花びらを開き、満開の花吹雪でハルトーネに春を知らせていた。

 その桜の花びらのシャワーを過ぎると白亜に磨かれた美しい建屋が姿を現す。

 それは周囲の壁を白いしっくいで塗り固めた一件の教会だった。

 教会の名はワリカット教会、ブルザイ教のと呼ばれる宗教の末寺だった。

 ブルザイ教は光と闇の一神二元、唯一神ザイーナを崇拝する大宗教だ。

 解放、博愛、平等を信条としその理想達成の為に教団の僧侶達は神聖魔法を駆使し、日夜、神の使徒としての職務に励んでいた。

 だがこのブルザイ教は元々、この古大陸オーディアにあった訳ではない。

 ここより東方にあるブルガ新大陸が発祥の異国の宗教で、百年以上前に海を渡り古大陸に伝来した。

 そして今ではここ古大陸の中でも広く信仰される様になり、世界宗教となった。

 エリッサは教会の表玄関には向かわず隣に建つ別棟へと向かった。

 別棟は教会が経営する病院になっていた。

エリッサは病院の玄関で叫ぶ。

「スフィーリアー! スフィーリアは居る?」

「エリッサ? エリッサなのですね?」

 エリッサの呼び掛けに品のある年若い女の声が直ぐに返ってきた。

 出迎えたのは僧医用の装束を纏った尼僧だった。

 尼僧は目が覚めるほど美しかった。

 砂色のフワリとした長い髪、切れ長の眉に浅葱色の流麗な瞳と真っ直ぐに通った鼻筋、

体の肉付きは良く、胸元も腰回りも豊満で若いながら母性を感じる。

 その身体の全てが端整で、まるで失われた太古の女神像の彫刻の様に美しかった。

 彼女の名はスフィーリア・ルシエッタ。

 エリッサと同じ十七歳でこのワリカット教会に勤める尼僧であり医療を執り行う僧医でもあった。

「どうかなさったの? 予定では帰りは明後日のはずですわよね。……もしかして誰か怪我をしましたの?」

 スフィーリアが丁寧な言葉でエリッサに訊ねる。

 彼女は教会の尼僧であると同時に冒険者でもあった。

 そしてワイルドキャット団の専属回復師であり今回の冒険の欠席者だった。

「怪我をしたのは彼よ。今すぐ診て上げて」

 エリッサの手がロウディに背負われた少年を指差した。

「まあ、大変!」

 包帯でぐるぐる巻きにされた怪我人を前にスフィーリアが思わず声を上げる。

「かなりの重症の様ですわね。応急処置は? 何時からこの状態?」

「昨日からよ。こっちの精霊魔法で出来るだけの事はしたわ。でも地縛竜の炎を浴びてたから火傷が酷いの……」

「地縛竜にですって?」

 エリッサの地縛竜という一言にスフィーリアの美しい眉が歪む。

 地縛竜の炎は人類の使う火焔魔法や他の魔獣の火焔と比べても段違いに高温だ。

 普通ならば一瞬で焼死。運良く生き残っても、どれだけ高度な治療を施しても完治は不可能とされている。

「判りましたわ。処置室に運ん下さいまし。私は司祭様を呼んできますわ」

「頼むわよ」

尼僧はエリッサ達の前から去ると、病院の奥へと姿を消した。

 一方、エリッサ達は少年を病院の処置室に運び込むと、シーツに包まれた処置台の上に少年を寝かせた。

 その後、すぐにエリッサの後にメガネを掛けた背の高い僧医姿の青年が処置室に入って来た。

「エリッサ!」

「司祭様! 彼です! 診てあげて下さい」

 青年の呼びかけにエリッサは応える。

 青年の名はカーマス・サフラン。齢若いが彼こそがこの教会の司祭であり病院の院長でもあった。

 司祭が眼鏡越しに処置室の上で動かない少年を見渡す。

 その惨状に司祭は思わず声を漏らした。

「これは酷い……予断なりませんね。彼はあなた達のパーティメンバーですか?」

「違います。知らない冒険者です」

「成程、良く運んでくれました。後は我々にまかせて。スフィーリアは処置の準備を。エリッサはここに居て、彼の容態と発見された状況を出来るだけ詳しく教えて下さい」

 皆が司祭の指示に従って動く中、エリッサが司祭の質問に答える。

「昨日、コモラ迷宮の最下層で発見しました。性別は男、身長は約190cm、年齢は恐らく10代後半です」

「ならあなた達と同い年位ですね」

「多分……」

 エリッサは付け加えた。年齢は直接、確かめた訳ではないので不確定な情報だからだ。

「全身に地縛竜による重度の全身火傷と爪と牙による切創、咬傷、岩壁に殴打された痕が見受けられ、発見時には瀕死の重体でした。その為、私が一般的な薬草とセルロス系の治癒魔法で応急治療を行いました。それと風魔法で包帯を巻いています」

「適切です。それなら瀕死の患者でも命だけは救えるでしょう」

 早速、治療が始められた。

「風の精よ!」

 エリッサが呪文を唱えると瞬く間に包帯が解かれていく。

 だが包帯の中から現れた少年を見た途端、その場に居た全員が目を見張った。

「え?! なに、これ?」

「どういう事?」

 エリッサとスフィーリアが思わずつぶやいた。

 少年の体にあるはずの、無数の傷痕がきれいさっぱり消えていたからだ。

 少年の体には火焔竜の爪や牙によって刻まれた無惨な傷や、炎で焼かれた火傷の痕があるはずだった。

 しかしそれ等の傷が全て完治し、その痕も見受けられない。

 全く意味が判らない。司祭は寝かされた少年の前でエリッサに訊ねる。

「どういう事ですか、エリッサ?」

「いいえ、私にもさっぱり……」

 しかしエリッサも困惑したまま首を横に振る。

「ですが彼の体からは怪我らしい怪我は見当たりません。それに呼吸も脈拍も落ち着いています」

 少年の体を入念に調べながらも司祭も頭を捻る。

「でも、本当です! 私が診た時はもう瀕死の重体でした!」

「落ち着いて、レイミア。別にこちらはあなたを疑っている訳ではありませんわ」

 スフィーリアがエリッサを落ち着かせようとする

 だが実際に彼の体からは一片の傷も見当たらず、それ所か安らかに寝息まで立てていた。

「ふむ……」

 司祭が顎を触りながら溜息を漏らす。

「恐らく魔法によるブースト効果かもしれません」

「ブースト効果?」

「聞いた事ありませんか?」

「あります。ごく稀に魔法が想定以上の効果をもたらすっていう、アレですよね」

「そうです。特に受ける側との相性が良かったりすると属性とは関係無しに効果も上がったりします。神聖魔法でも同様の事例が幾つかありますしね。恐らくあなたの精霊魔法と彼との相性が良かったのでしょう。最も、これほどの効果をもたらした事例は聞いた事がありませんが」

 とにかく少年に治療が処置室で施される事は無かった。

 元々、怪我が無いのなら治しようもない。

「彼を一般の個室に移します。以後は経過観察で。スフィーリア、後をお願いしますよ」

「判りました、司祭様」

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