第64話
暫くして二人の前にスフィーリアが現れた。
「エリッサ、司祭様への報告は済みましたわ」
「ああ、そう。ご苦労様」
疲れ果てた声でエリッサは親友の呼び掛けに応じる。
スフィーリアは両隣に二人の少女達を連れ立っていた。
尼僧に手を牽かれながら歩く二人はまだ幼く、そっくりな目鼻立ちで一見して双子の姉妹だと判る。
「お帰りなさい、エリッサお姉ちゃん」
「ただいま。レイジー、スイミー」
エリッサが改まって姉妹に挨拶した。
姉の名はレイジー、妹の名をスイミー、教会付属の学校の生徒達であり、ハリカ先生の娘達だった。
そして狐の特徴を持つ人孤族の幼子でもあった。
二人は年の離れたフィーリア達を姉の様に慕い、新参者のマグナとも最初に仲良しになってくれたやさしい子達だった。
「それよりどうかしましたの、顔を真っ赤にして? それにさっき聞こえて来た悲鳴。あれってあなたですわよね?」
エリッサに向かってスフィーリアが聞く。
「別に大した事ないわ。それに関してはもう解決済みよ。そうよねマグナ」
「うん……」
そう言ってエリッサは誤魔化してみせた。
まさかマグナに胸を揉まれたなんて子供達が居る前で言える訳が無い。
「それよりちょっと、そっちにも私の声が聞こえたの?」
「ええ、聞こえましたわ。ねえ、レイジー、スイミー」
「うん、すっごい大きな声だったね」
「びっくりしたよね」
「それで何も感じなかったの? 教会の中よ」
エリッサは冒険者としての自覚が無いと言っている。
悲鳴が聞こえればそれは危険の合図だと理解すべきだ。
だがそんなエリッサに向かってスフィーリアは冷淡に答える。
「でもどうせあなたの事でしょうから大した事も無いと思って放って置く事にしましたわ。生憎、私も暇ではありませんから」
「あら、そう」
冷たいスフィーリアの態度にエリッサも素っ気なく答えた。
だがその態度にエリッサは安堵した。
真実を知れれば生真面目な性格の尼僧がどんな態度に出るのか想像するだけで恐ろしい。
三人は改めてエリッサと同じベンチの上に座った。
マグナだけは立ったままベンチ横の教会の白壁に体を預ける。
「そうだわ。お土産があるのよ」
エリッサはそう言うと背中から下ろしたザックの中から紙袋を取り出し姉妹に渡した。
「なに?」
「なんなの?」
「開けてみなさい。でもあまり期待しないでね」
エリッサに言われるまま姉妹は紙袋を開けた。
すると中から揚げたての香ばしい匂いが漂って来る。
「わぁ、シャクペーだ!」
袋の中を覗いていた姉妹の表情が咲いた花の様に広がる。
シャクペーとは古大陸伝統の揚げ菓子だ。作り方は簡単で、水で練った小麦粉の生地を棒状に延ばしながらねじった後、油で揚げ、その上に砂糖や蜜を絡ませる。
実際、ここの冒険者街の菓子屋や屋台でも普通に売られ、大人から子供まで幅広い人気があった。
しかし同じ食べるなら揚げたてが美味い。
「ありがとう、エリッサお姉ちゃん」
「どういたしまして。みんなの分もあるはずだからマグナにも回して上げて。ああ、それと意地悪なスフィーリアには上げなくて良いわよ」
「まあ、意地悪はどっちですの? それに学校の中でお菓子を上げるだなんて」
「野暮な事は言いっこなし。さあ、二人とも遠慮なく食べて」
「はーい、いただきまーす」
姉妹は袋から一本づつ、シャクペーを取り出すと、そのまま頬張った。
口の中で香ばしい焼いた小麦粉と甘い蜜の味が口の中で広がる。
「うん、おいしい!」
シャクペーの味に二人ともご満悦だ。
その横でスフィーリアも姉妹から受け取った紙袋からシャクペーを二本取り出し一本を立っていたマグナに渡した。
「どうぞ、マグナ」
「ありがとう、スフィーリア」
「どういたしまして」
「マグナ、こういう時にお礼を言う相手は間違えちゃ駄目よ」
紙袋を突き返されたエリッサがマグナを窘める。
「うん、ありがとうエリッサ」
マグナは状況を正確に理解し最後にエリッサに礼を言った。




