第63話
それはマグナ自身の気持ちだ。
確かにエリッサはメンバーの前でマグナを仲間に入れたいという自分の意志を表明した。
しかし肝心のマグナに冒険者になるかどうかの意志をまだ確かめてはいない。
聞いて居ない事には理由があった。
ひとつはマグナに記憶が無い事。そのせいで世の中の仕組みがほとんど判らないでいた。
恐らく彼に冒険とは何かという事を教えても正確には理解できないはずだ。
流石にどんなに強くても冒険そのものの理解が欠けているのであれば、連れて行く訳にはいかない。パーティ全体が危険に曝される可能性がある。
じれったいが彼の常識的な知識の蓄積と理解力の成熟を待つ必要がある。
それでもエリッサはこの一ヶ月間、マグナの冒険に対する理解度を確かめようとした。
しかしマグナの横には常にスフィーリアが居た。彼女はこちらが教育に参加している最中は決してマグナから離れようとはしない。
お陰で、冒険話をしようにも直ぐにスフィーリアが遮ってしまう。
だが今はどうだ。
幸い、スフィーリアは司祭に冒険の報告をしている最中でここには自分とマグナしかいない。
それにマグナがここに来て一ヶ月。その間の彼の理解度は目まぐるしく成長している。
「これはチャンスだわ! 冒険者心得、チャンスは最大限活用すべし!」
エリッサはほくそ笑む。
この時こそ、マグナの冒険への理解度を知る。否、彼を冒険の世界へと誘う絶交の機会のはずだ。
「どこか……痛い?」
ベンチに座ったままのエリッサにマグナが心配そうに訊ねた
彼の中には既に相手を気遣うといった労わり心が出来上がっていた。
無論、それもここでの教育の成果だ。
一方、エリッサは逸る気持ちを押さえる。
「焦っちゃ駄目……。それとなく聞くのよ」
ここで大仰に振舞えば流石にマグナも不自然に感じるかもしれない。
「別に大した事ないわ。ちょっと肩がこっただけ……」
エリッサが自然な感じを心がける。
するとマグナがエリッサが思いもしなかった言葉を口にした。
「じゃあ、マッサージするよ」
「マッサージですって? マグナが?」
マグナの一言にエリッサが驚いた。
「ハリカ先生、言ってた……痛い所、マッサージすると良くなる」
「それは、そうだけど……あなたに出来るの?」
話を聞きながらエリッサは半信半疑だ。
「今日、司祭様の腰をマッサージした……。司祭様、喜んだ。だから出来る!」
一方、マグナの語気にはどこかしら自信に満ち溢れていた。
「へぇ~。じゃあ頼んでみようかな?」
興味本位にエリッサはマグナの提案を受け入れた。
それにこれは互いの距離をより親密する機会かもしれない。
マグナは座ったままのスフィーリアの背後に回った。
「肩で良いんだね?」
マグナが念のために確かめるとエリッサは全身を弛緩させた。
「そうよ。ゆっくりやさしくお願いね……」
「うん……」
エリッサが返すと、それを合図にマグナの腕が伸びた。
だがマグナの掌がエリッサの肩に届く事はなかった。
それどころか何故か両腕を腕を脇の隙間に回すと、脇腹を擦り抜け、そのまま前に出してしまったっていた。
マグナの指先が辿り着いたのは何とエリッサのふくよかな胸元だった。
「じゃあ、いくよ」
マグナの合図と共にエリッサのたわわな乳房が両掌にゆっくりと包み込でいく。
ふわりとした柔かな二つのふくらみが、ごつごつした指先によって突然、服の上から揉み解された。
モミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミ……。
「!!」
その瞬間、双丘から伝わる痺れる様な感覚にエリッサの脳天が突き上げられた。
絶句! 乳首の先から沸き起こる電撃の様な衝撃にエリッサは一瞬、言葉を失う。
ただ脳内から引き摺り出される羞恥心のみが事態を把握し現状を拒絶した。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
エリッサが思わず悲鳴を上げた。
驚いたマグナが彼女の胸から慌てて両手を放す。
「どうしたの? 痛かった?」
「ーー!!」
だが驚愕の余りエリッサは自分の気持ちを正しく言語化出来ない。
代わりに両手で胸元を隠しながらベンチの上から飛び退いた。
焦燥に駆られた彼女の面差しは茹で上がった様に耳まで真っ赤に変わっていた。
「ちょ! ちょっと、マグナ! どこ触ってんのよ!」
やっとエリッサがマグナにでも判る言葉で叫んだ。
「どこって……肩を……」
「そこは肩じゃないわ! そこはむぅ、ねぇ! 肩はここ!」
エリッサは自分の肩を大袈裟に叩きながらマグナの間違いを正した。
だがマグナはきょとんとしたまま棒立ちになっていた。
何という事はない。マグナは胸と肩の位置を逆に覚えていた。
そして思ったままエリッサの柔かな胸を揉み解した。
しかしその間違いが致命的だった。
突然、襲い掛かった刺激に乙女心は動転したままだ。
無論、男に胸を揉まれた事など生まれて初めての経験だ。
それも二度や三度ではない。何度も何度も繰り返し揉まれ続けたのだ。
お陰でエリッサの揉まれた胸の奥からは、今も激しく鼓動が聞こえる。
「もう、マグナったら! こんな間違いは金輪際、無しだからね!」
「え? うん……」
エリッサは何とか冷静さを取り戻すと、マグナを強く窘めた。
そんなマグナはバツが悪そうに小さく頷いた。
しかしたかだか肩と胸を間違えただけだ。なのにエリッサが何故、そこまで怒ったのかがマグナには判らない。
一方でエリッサの計画も一瞬で頭の中から吹き飛んでしまっていた。
あんな事をされた後ではとてもマグナを説得する気分にはなれない。




