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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第四章 ガギーマ
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第61話

スフィーリアを狙ったシシリー達の汚らわしい陰謀はこうして潰えた。

 被害を受けたスフィーリアに怪我は無く、乙女の純潔も保たれたままだった。

 しかし災厄が去った礼拝堂の中ではスフィーリアがベニズの骸の前で悲嘆に暮れていた。

「嗚呼、何てことでしょう……」

 スフィーリアの瞳から悲しみに涙が止めどなく流れる。

 そんな尼僧の姿を前にマグナはただ茫然と立ち尽くしていた。

 燃える様な黄金の髪は元の黒髪に戻り、先ほどまで手にしていた光の槍も霧散していた。

 マグナはここに来る前、掃夫小屋で就寝していた。

 しかし寝ている最中、不意に喉が乾いた。

 マグナは水を飲もうと起き上がり教会の水飲み場の方へと向かった。

 だが礼拝堂の方で異様な会話のやり取りが聞こえてきた。

 それに気付いたマグナはそのまま声の方へと歩いていく。

 すると倒れていたスフィーリアと彼女を囲む二人のガギーマの姿を発見したのだ。

 ガギーマの様子は明らかに異常だった。

 倒れたスフィーリアを羽交い絞めにし、衣服を下から剥ぎ取ろうとしていた。

 その光景は先日、目の当たりにした教会前での暴挙をマグナに思い起こさせた。

 スフィーリアが危ない! 

 マグナは本能的に彼女の危険を察知した。

 同時に心の中でまたあの憤怒が湧き上がる。

 気付いた時には一番近くに居たベニズに向かって光の槍を投げていた。

 槍はベニズを背中から貫き、スフィーリアは窮地を救われた。

 たがシシリーは取り逃がした。

 追い掛けようとした時、スフィーリアが止めたからだ。

 後で奴がどうなったかはマグナには判らない。

 そしてスフィーリアが止めた理由も……。

「マグナ、こちらに来て……」

 沈んだ声でスフィーリアがマグナを呼び寄せた。

 マグナは言われるがままスフィーリアの下に歩み寄る。

 乱れていた衣服は既に直されていた。

「ここに座りなさい」

 スフィーリアが自分の目の前の床を撫でると、それにマグナが素直に従った。

 腰を下ろしたマグナの視線がスフィーリアと重なる。

 スフィーリアは体を少し起こした。

 そしてそのままマグナの頭を自分の胸の奥に抱き寄せた。

「ああ主よ、この罪深き者にお慈悲を……」

 スフィーリアは浅葱色の瞳を濡らしながらマグナの為に祈った。

 その一方でマグナはスフィーリアの胸に抱かれる事で単純な喜びを感じていた。

 顔いっぱいに広がる今まで感じた事の無かった心地よい感触。

 大きく柔らかな肉感の間に押し込まれ幸せな気分。

 そしてほのかに漂う甘い胸の匂い……。

 こんな事をされてマグナは嬉しくてたまらない。

 反面、泣き続けるスフィーリアの横顔にマグナは困惑していた。

 殺したガギーマは敵だったはずだった。

 なのにスフィーリアは敵を倒しても全く誉めてくれない。

 それどころか泣きながらマグナの行いを否定した。

 なぜスフィーリアが悲しまなけれなならないのか?

 なぜ自分は戦ってはいけないのか?

 マグナにはスフィーリアの気持ちが判らない。

 やがてマグナの為の祈りが終わると、スフィーリアは床の上で転がったままのベニズの死体に祈りを捧げた。

「彼の御霊が主の下へ無事着かん事を……」

 しかしスフィーリアの悲しみが癒える事はない。

 恐れていた事が起きてしまった。

 マグナが人を殺してしまった。

 最悪の間違い。恐らく無垢で無知故に二人のガギーマを眷属と勘違いして攻撃してしまったのだ。

 それは人として決してやってはならない過ちだ。

 だがそれを彼はしてしまった。

 教育はまだ始まったばかりなのに、こんな初手で取り返しの付かない重大な失敗を犯してしまった。

「ああ、私がもっとしっかりと注意していれば……」

 自責の念と己の不甲斐なさにスフィーリアが悶える。

 だがそれよりもこれからのマグナの事だ。

 マグナが人を殺してしまったのは事実だ。

 この先、マグナに待っているのは法による裁きだ。

 なのに彼は自分が起こしてしまった事の重大さに気付いていないはずだ。

 それを判らせるには時間が足りなすぎる。

 そして殺されてしまったベニズをどうするか。

 死んでしまった者はもう生き返らない。

 彼や彼の遺族にどうマグナに償わせるか。

 この先の事を考えれば考えるほど気持ちが重く暗くなっていく。


 暫くして礼拝堂の扉が開いた。

「誰か居るのか?!」

 声を上げたのは昼間、安全祈願の為、ここに来たスレンブルの蹄団のリーダー、マコリ・イラーグの声だった。

 彼に続いてドカドカと蹄団のメンバーも入って来る。

 その中に戦士に背負われたリデルの姿があった。

「スフィーリア様! 大丈夫ですか?!」

 胸に包帯を巻かれたリデルが尼僧に向かって叫んだ。

「ああ、リデルさん……、よくご無事で。ですがお友達が……」

 スフィーリアが悲しみに暮れながらベニズの死体を見詰める。

「なんとお詫びして良いものか……」

「違うんです! これは違うんですよ!」

 リデルはベニズの死体を見た途端、大仰に首を横に振った。

 そして先ほど教会から出て来たガギーマが殺された事を打ち明けた。

「多分、こいつ等、前に教会を襲おうとした眷属ですよ」

 そこでスフィーリアは先ほど出会ったガギーマが偽物のリデルである事を初めて知った。

「そんな……まさか……」

 その事実にスフィーリアは茫然とする。

 更にリデルは自分がスレンブルの蹄団と一緒に居る理由を打ち明けた。

シシリーの吹き矢を受けたリデルはそのまま崖下へと落ち、谷底で動けなくなっていた。

 この時のリデルはまだ息はあり、落下による怪我も無かった。

 だが吹き矢に塗られた毒のせいで手足はほとんど動かない。

 このままではいずれ全身に毒が回って死ぬ。

 その前に谷底から脱出して助けを呼ばなけれなならない。

 しかしここは森の中の寂しい崖下だ。とても誰かが通り掛かるとは思えない。

 それに体が動かないリデルにとって目の前の崖の絶壁はあまりにも高い。

 だがそんな絶望的な状況の中、ひとつの奇跡が起きた。

 頭の上から大量の水と自分の捕まえたはずの魚たちが落ちて来たのだ。

 それはシシリーがリデルから奪った樽を空にする為に捨てた中味だった。

 リデルは必死の思いで胸板から毒矢を抜くとその僅かな水で傷口を洗った。

 そして今度は何を思ったのか、落ちて来たハミラの一匹を掴むとそれを貪り食った。

 ハミラは悪食で川に落ちた毒蛇や毒虫も平気で餌にする事で有名だ。その肉には毒消しの効果があると言われている。

 なぜハミラに耐毒の効果があるかは不明だが、一説にはハミラが渓流を泳ぐことで、地の精霊から得た耐毒の霊力を蓄積しているからだと言われている。

 とにかくリデルはハミラの肉を食べる事で毒消しを計った。

 するとハミラの毒消しの効果は発動し、リデルは一命を取り留め、何とか崖上へと這い上がると夜には林道まで出る事に成功した。

 そこで偶然、出会った索敵中のスレンブルの蹄団に救出され村へと帰還したのだ。


 リデルの話を聞きながらスフィーリアの肩が軽くなっていく。

「まあ、そうでしたのですね……」

 胸を撫で下ろし安堵の溜息を吐く。

 まさか自分が知らぬ間に眷属の謀略に陥れられようとしていたとは……。

 その危うい所をマグナに救われた。

 もう何も思い悩む事はない。

 マグナは人を殺したのではない。

 眷属を殺しただけだ。

 もう一度言う。

「マグナは人を殺したのではない。眷属を殺しただけだ」

 その一言を心の奥で噛み締めた瞬間、スフィーリアの深い悲しみは消え、安堵感に包まれる。

 スフィーリアは再びマグナの頭を抱き締めた。

 しかし今度の抱擁は先ほどの悲しみを紛らわすものとは違う、喜びを分かち合う抱擁だ。

「良かった。本当に良かったですわ、マグナ、私はあなたに救われたのですわ。本当にありがとう」

 スフィーリアはマグナの耳元でつぶやいた。

 これでマグナが法で裁かれる事はなくなった。

 だがこれでマグナを取り巻く問題が消えたわけではない。

 彼はまだ自分が敵と判断した相手は短絡的に攻撃する。

 そんな直情的な思考を改めさせねばならない。

 その為にも彼を出来るだけ戦いから遠ざけねば……。

「でも、もう、今日は疲れましたわ……」

 正直辛い。今日あった事だけを思い返しでも目が回りそうだ……。

「これからの事は明日にしましょうね、マグナ……」

 そうつぶやいた途端、スフィーリアはマグナの頬に軽くキスをした。

 そんなスフィーリアの接吻を受けた途端、マグナの表情にも笑顔が戻る。

 そしてマグナは思った。

 ああ良かった。あのガギーマは……。あの嫌な気を放っていたガギーマはやはり悪いガギーマだった。

 あれが眷属。あれは殺して良かった人なのだ。

 だから殺した後、スフィーリアは今の自分を誉めてくれている。

 誉めてくれたのならそれは正しい殺しなのだ。

 そうだ。自分のした殺しは正しかったのだ。

 これで良いのだ。 

 それに抱き締めてくれるスフィーリアの胸の感触が心地よい。

 先ほどの強い感触とは違う、優しいふわりとした抱き締め方。

 そしてあの頬をくすぐる甘い蕩ける様な感触……。

 マグナは初めて幸せの意味を知った様な気がした。

第四章完結です

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