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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第四章 ガギーマ
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第58話

その日の夜になった。

 教会の寺務室にはスフィーリアが居た。

 今晩は彼女が一人で当直だった。

 彼女は机の上で小さな燭台の明かりを頼りに教典を読みふけっていた。

 教典は教会の備え付けの物だった。

 過去に何度もこの教会の僧に読み回されてきたのか、植物紙で出来たページは擦り切れ、書物と、この教会の両方の歴史の深さが感じられる。

 夜になっても司祭は不在だった。

 合同葬を終えた後、そのまま砦の守備隊と今後の事を話し合う為、帰りは遅くなるとの事だった。

 ミキシイナは今日の業務を終え、既に眠りに就いている。

 マグナも掃夫小屋で休んでいるはずだった。

 そんな時、寺務室に備え付けられた小さな鐘が鳴った。

 礼拝堂の玄関に備え付けられている呼び鈴の音た。

「誰でしょう? こんな夜更けに……」

 スフィーリアは訪問者を出迎える為、礼拝堂の玄関へと向かった。

 礼拝堂の中は既に明かりが落とされており暗かった。

 スフィーリアが左手に持った燭台の明かりを頼りに玄関の扉を開ける。

 すると暗闇から二人分の人影が現れた。

 人影は二人ともガギーマの男だった。

「お晩でやす、シスター。リデル・リンジャで御座いやす」

 ガギーマの一人が深々と頭を下げながら名乗った。

 だが彼はリデルではない。

 リデルを装ったシシリー本人で、目の前の尼僧を毒牙に掛ける為、森の漁師に扮して体よく教会に入り込もうとしていたのだ。

 何も知らないスフィーリアは何の警戒心も抱かないまま生真面目に訊ねる。

「まあ、リデルさん。こんな夜更けに何の御用でしょう?」

「あのお頼み申したい事が……」

 リデルの偽物が慇懃に申し出ると燭台の薄明りの中で、当人の額の中央に腫れ上がった瘤が見える。

「もしかして頭の怪我の治療でしょうか? それならば病院の方に……」

 スフィーリアが僧医としての勘を働かせた。

 だがシシリーは尼僧の前で大仰に首を横に振る。

「いいえ、こっちの方はお構いなく。腫れも引き始めてるんで……。それよりも実は横に居るベニズの事なんですが……」

 そう言いながらシシリーは後ろに立つベニズをスフィーリアの前に押し出した。

 ベニズはスフィーリアと面と向かうとシシリーと同じ様に「お晩でやす」と挨拶しながら頭を下げた。

 それを見計らってシシリーが嘘で固めた説明を口にする。

「実はベニズは私の友人でございまして、旅の行商人をやっております。ですが急用でこれから隣町のミシルまでひとっ走りしなければならぬ用事が出来まして……」

「まあ、こんな夜更けに?」

「へえ、ですがこの前、地縛竜の襲来があったばかりでござんしょ。ですのでオラとしましては、この親友に安全祈願の加護をと思いまして……夜分失礼なのは承知で訪れた次第でございます」

「それは大変で御座いますわね。判りましたわ。さあ、どうぞ。お入りくださいませ」

 スフィーリアはシシリーの嘘を容易く信じてしまった。

 だが話の内容に特に矛盾点が無いのなら疑いようもない。

「では失礼致しやす」

 二人は一度、軽く頭を垂れ、ザイーナに敬意を示す。

 そしてゆっくりと教会の中へと入っていった。

 スフィーリアが案内の為、彼等の前を歩くと後ろに立つシシリーの視線が自然と下に落ちる。

 そこには尼僧の丸く大きな尻が歩く度に左右に揺れていた。

 シシリーは官能的な光景を前に欲情をたぎらせる。

「きししし……。まだ若けぇのに熟れた桃をぶら下げてやがる……」

 それだけにスフィーリアの若い身体は法衣の上から見ても魅力的だった。

 しかし今しばらく我慢だ。こう見えてもこの尼僧は神聖魔法が使える。

 油断ならない。ならもう少し様子を見て万全な状況で奇襲を仕掛けるのが吉だ。

 一方、何も知らないスフィーリアは横を歩くもう一人のガギーマに語りかけた。

「ベニズさんはご出身はミシルで?」

「へ、へい。ミシルの町で、冒険者から預かった荷物をこの村まで運ぶ仕事をやっております。ですが今度は村からミシルに向かって、朝までにどうしても、っていう急な仕事を頼まれまして……」

 ベニズは予め決めておいた嘘でそれらしく答えた。

「まあ、それは大変でございますわね」

 スフィーリアはその嘘を何の疑いも無く受け入れる。

「よしよし、計画通りだ。ベニズの野郎も中々、様になってんじゃねぇか……」

 相棒の演技にシシリーも満足げだ。

 スフィーリアは迫り来る危険に対して全く警戒感がない。

 彼女は本気でこの深夜の訪問者をシシリーとその友達の行商人だと思い込んでいた。

 人間にとって見慣れないガギーマの容姿はどれも同じに見える。

 砦の門番がそうであった様にスフィーリアも同じ失敗を犯していた。

 更に夜の闇と、シシリーの頭の瘤の二つの要因がスフィーリアの記憶の中のリデルとの容姿の差を更に曖昧にさせた。

「ゲヘヘヘ……。ちょろいもんだぜ」

 シシリーは心の中でほくそ笑む。

 計画は面白いほど順調に進んでいた。しかし可笑しかったのはこちらの顔を見た早々、この尼僧が頭の瘤の治療を申し出た事だ。

 この頭の瘤は正真正銘、教会を襲撃したあの日、目の前の尼僧が投げた杖の宝珠が命中して出来た物だ。

 なのに何も知らないこの尼僧はそれを治療すると言い出したのだ。

「へへ……。こいつが因果応報って奴か……」

 シシリーが嘲笑する。

 しかし本当の報いを受けるのはこれからだ。

 ここで受けた借りは全部この場で返させてもらう。

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