第57話
ベニズは期待を込めて訊ねる。
「もしかして、オラを助けに来てくれたのか?」
「んな訳、無ぇだろ!」
シシリーはにべもなくベニズに言い放った。
「やっぱりな……。そうだと思った……」
その冷たい言い回しにベニズは落胆の溜息を吐く。
「それよりベニズ、お前、今、暇か?」
「へ? まあ、暇って言えば暇だけど……」
「なら今からオラがこれからやる事を手伝え」
「手伝え?」
ベニズが頭を捻る。今すぐにでも逃げの算段を考えねばならない時に、この男は一体、何をしようというのか?
するとシシリーがおもむろに答える。
「この村の教会には若い尼っ子がひとり居るだろ? あの砂色の髪の……」
「あ、うん……。居たねぇ」
ベニズは小川の土手で見掛けた美しい尼僧の顔を思い出す。
「あいつを襲って、この前の仕返しをする!」
「えええええええええ!」
シシリーの私怨にベニズが声を上げた。
「な、何を今更ぁ?!」
「だって悔しいだろ! あんな上玉が目の前にして、手も足も出せなかったんだぜ!」
「そんな事、もう、どうだっていいだろ!」
シシリーの復讐心にベニズが呆れ返る。
「んな事より、さっさとコモラ様の所に帰ろうぜ! それにオラにはもう一匹の虫も残って無ぇんだ!」
「だったら尚の事だ! どうせ、お前、一人で逃げられねえから、ここに隠れてたんだろ?」
「それは……」
「図星だよな。だったら俺に付き合え! 逃げるのはその後だ」
「そんなぁ~」
シシリーの強引な物言いにベニズは茫然する。
この吹き矢のガギーマは自分の欲望の為にこちらを巻き込もうとしているのだ。
「まあ、心配するなって。策はちゃんと考えてある」
「策ぅ?」
「その前にこれに着替えろ」
そう言ってシシリーは手に持っていた鞄を投げた。
鞄の中には分捕ったリデルの服が入っていた。
服は川から上がった時に着替えられた為、濡れたままになっている。
「ひゃ、冷たい。これ、なんか濡れてるぜ……」
「贅沢言うな! 着たまま乾かせ!」
「うげぇ~、気持ち悪い……」
ベニズは嫌々ながら濡れたリデルの服に着替えた。
「それで、オラは何をすればいい?」
「別に何もしなくていい。その代わり、お前はこれから旅の行商人のベニズだ。よーく覚えておけ」
「行商人?」
「あとはオラに話を合わせてりゃあ良い。なーに、上手くいく。それにさっき言ったろ? 策はちゃんと考えてあるってな!」
そう言ってシシリーは困惑気味のベニズの背中を叩いてみせた。




